表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/301

8/10(水) 月見里 蛍⑤

「どうしたの、小鳥遊くん」



 ほたるの顔を見てぎょっとした。

 恐ろしい(、、、、)なんて思ってはいけないのに。


 辺りは薄暗さのベールをまとい、その薄い笑いが気味の悪さを増長させた。

 ほたるが病院の倉庫で見せた表情とダブる。



「い、いや……」


「悪いと思った? お詫びに、一緒に死ぬ?」


「それは……っ。まだダメだ。納得してない」



 ほたるの肩から、小さなショルダーバッグが地面に落ちた。



「……私を傷つけたのに?」



 強い視線が刺さる。だけど、俺の答えは変わらない。



「……それでも、俺はほたるに生きて欲しいんだよ。ちゃんと寿命を全うして欲しいんだ」



 バカのひとつ覚えのようなことしか言えない、自分の語彙力のなさがここにきて痛かった。



「それは傲慢だよ……。私は、辛い」


「辛くてもっ!」


「だって、生きても! お兄ちゃんはいつもそばにいてくれないんでしょ!」



 山の中で、かなきり声が響く。



「……っ」



 言葉に詰まって立ち尽くす。

 心を見抜いたように、ほたるは嘲笑した。



「ほら、そうなんじゃん」


「……」



 どんどん、彼女と心の距離が離れて行く気がしてあせりが増していく。



「前も言ったけど、お兄ちゃんって全然死ぬことに向き合ってなくてむかつく!」



 そう叫ぶと、ほたるは顔を覆ってしゃがみ込んだ。



「私も、お兄ちゃんも、いなくなるんだよ! それは遠い未来なんかじゃない!」


「……そうだけど」


「じゃあ、なんで分かってくれないの? 私は怖い。明日死ぬかもしれない恐怖に。そのとき、最後の記憶がもしひとりぼっちならって考えると。堪えられないよ。壊れそう……っ!」



 何度も拭うきれいな顔から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちて行くのをただ見ていることしかできない。



「お兄ちゃんは、私が一緒に死にたいっていうのを、本気じゃないと思ってる」


「そんなことない。受け止めてる。だけど死なせたくない」


「じゃあ、ひとりで死なせたいの?」


「違うよ!」


「じゃあどうしてくれるの!」


「それは……っ」



 ああ、なんで何も言葉が出ないんだ。考えろ。ほたるを安心させる言葉を。

 何やってんだよ。入院中、長い時間があったのに。

 どうして……一番欲しがっている言葉がわからないんだ?



「さよなら」



 ほたるはそう言うと、落ちていたバッグの中から手を抜いた。

 そして倒れ込むように前進してきた。

 手には、銀色の光るものを握って。



 彼女はいつでも本気だった。

 そして無関心を装って、寂しがり屋だった。

 ここで、二人で死ぬのが彼女の思い描いていた未来だったのかもしれない。


 だけどその足取りは病気のせいでとてもおぼつかなくて、簡単に避けることができてしまった。



「!?」


「ごめん、ほたるっ!」



 手に持つナイフを叩き落として、そのまま彼女を抱きしめた。



「ごめん、ごめんごめんごめん! それでも死なせられない、ごめん!!」



 もう、人を殺す力さえも残っていない彼女のことが無性に悲しかった。



「……っうう……わああーーーーーーーっ!!」



 彼女を抱きしめたまま、ふたりはその場で泣き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ