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8/10(水) 月見里 蛍④

  ◆◇◆◇◆◇




 目的の駅で降りて、またタクシーに乗り、30分ほど走った山の中で降りた。

 田舎道を二人、手をつないで歩く。道はあるが、舗装は適当なものだ。


 ほたるはかわいらしいワンピース姿だが、ちゃんとスニーカーを履いてるあたりえらい。

 ニューバランスのスニーカー。その真新しさに、今までろくに使われていなかったことを感じて、思わずぎゅっとほたるの手を握りしめた。


 ふと俺を見上げるほたるに声をかけた。



「しんどくない?」


「うん」



 穏やかな表情で、しっかりと頷いてくれた。


 初めて会ったときはずっと無表情だった彼女が、こんなにも豊かな表情を見せてくれるとは思わなかった。本当に、うれしい。



 少しだけ空の色がくすんできた。夜が始まる前に着くだろうか。

 スマホを開いて地図を確認する。電波は1本と2本の間を行ったり来たりしている。

 帰りが辛いから、夜がふけないうちに着いておきたいのだが……。



「……しあわせ」



 ぽつりと、隣でほたるがつぶやいた。つないだ手を、親指で何度もなぞっている。



「もう病院から出ることはないと思ってた」


「そうかい」


「ん。彼氏に、なってくれる人も」


「そんなことないよ。ほたるはかわいいし」


「……恋人バカ?」


「そっ! ……うかもー」



 否定しかけてやめた。和やかな空気を壊すようなことでもない。

 幸せな時間をゆっくりと歩くのは気持ちよかった。



「ごめんな、この辺のはずなんだけど……」



 目的地はもうすぐのはずだけど、全然、看板が見えない。

 空が暗くなるにつれて焦りが襲ってくる。



「……こんなところで、何するの?」


「それは着いてからのお楽しみ」


「死ぬ、以外?」


「だよ!」



 これで、ほたるの顔は大マジだから困る。



「……そか。幸せのうちに、死にたかった」


「残念そうな顔するなよ……」


「ん……」



 その足取りが急に重くなる。


 ほたるに喜んで欲しくて、選んだのに。

 ……仕方ないな。



「蛍、見たことある?」


「?」


「ああ、ほたるじゃなくて、虫のほうの、蛍」


「……ううん」


「普通は6月がピークなんだけど、この変わった時期に蛍が見られるところも少しだけあってね」



 ちょうど見つけた看板を指差すと、ほたるの目がそれを追った。

 そして、ぴたりと。彼女の足が止まった。



「ん? どした?」



 手を引くが、かたくなに動かない。



「ほた……」


「私」



 つないでいた手が振りほどかれた。ぽかんと、軽くなった手を見て、ほたるに目線を移した。



「自分の名前、嫌いなの」


「……え?」



 ……予想外すぎた。


 ただ俺は、ほたるを元気づけようと思っていた。



「小鳥遊くんは蛍の、寿命、知ってる?」


「えっ……」


「1週間」



 まずい。



「……皮肉だよね。なんでこんな、短い寿命の虫の名前なのかな? 私」


「……ほたる」


「そのせいで、こんな運命なんじゃないかなぁ!」



 連れ出すべきじゃなかったのか。


 苗字では盛り上がったし、もっと喜んでくれると思ってた。


 いや、喜んでくれることしか考えてなかった。


 どうしよう。


 それがまさか、地雷だったとは……。

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