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8/10(水) 月見里 蛍②

  ◆◇◆◇◆◇




 駅でタクシーを降り、切符を買うと、電車のボックス席に横並びに座った。窓側にほたる、通路側に俺だ。



「まぶしかったら変わるよ」


「ん。外、見たい……」



 ほたるはそのまま、外の景色に見入っていた。


 17時か。結構いい時間になってるな。

 外が明るいからって、ゆっくりしすぎないようにしないと。ほたるを病室に帰すまでが遠足だし。



「仲良しね。ご兄妹かしら?」



 俺たちの前に座っていたおばあさんが、ニコニコと話しかけてきた。



「お嬢ちゃん。優しいお兄ちゃんとお出かけ、いいわね」


「……」



 ほたるは一瞬おばあさんのほうを見るが、ふいと、また外を向いてしまった。



「す、すみません、彼女人見知りで……」


「いいのよいいのよ。良かったらおやつにどうぞ」



 おばあさんは巾着から小分けの小さなお菓子を取り出した。

 数個受け取って頭を下げると、満足そうに笑って次の駅で降りて行った。



「お菓子もらった」


「……良かったね」


「食う?」


「そういうの、食べられない」


「まあそうだな」



 相変わらず外を見ているほたるにそれ以上話しかけられず、俺はひとり、スマホを眺めて過ごした。


 乗り換えた電車は夏休みだというのに、車内はスカスカだった。かなり田舎まで来た証拠だ。



「ごめんなさい……」



 空いてる席をゆうゆうと陣取っていると、ほたるがぼそっとつぶやいた。



「さっき、おばあちゃんと喋らなくて。緊張してたの。ほんとは、昨日あんまり寝てなくて」



 下を向いてもじもじとつぶやく隣の少女の表情は見えない。

 なんだ、そっか。俺だけじゃなくてよかった。



「初、デートだし……」


「ああ、そういえば俺もだな。初デート」



 詩織と図書館に行ったのは勉強のためだったしね。計画たてて、遊びに行くっていうのは初めてかも。



「? お兄ちゃんって彼女……いないか」


「ちょっと、なんで断定!?」


「だって、お見舞い来てないもん」


「あっ……まあね。それに、いないしね……」



 見てるな……。何気によく見てるな、この子!



「……デートだから、ね」


「デートだよ」


「うん、だから今日だけ……」



 ほたるが俺の腕をぐっと引いた。お互いの顔が近づいて、どきどきと、鼓動が高鳴る。




「名前で、呼んでいい?」

「えっ……あ、うん」



 今までも『お兄ちゃんと呼んでね☆』とも言ってなかったし、別にいいんだけど。


 名前、ねえ……。

 ……っ!? 名前!!?



 脳裏に浮かんだのは、いちごが初めてうちに来た日の光景。


 女みたいな名前を呼ばれて嫌だけど、つっこめないあの状況が、再び……だと?!


 いやまずい。そ、それはちょっと、困っ……!!



「……小鳥遊くん」


「苗字かい!!!」


「え?」


「いや、何でもっ!」



 びっくりした、さすがJC。苗字でいいのか。まあ、俺的にはありがたいんだけど。



「えへ。これで兄妹って、言われないね」



 手を離してきちんと座り直しながら、ほたるはふっと笑みをこぼした。



「お……おう」



 なんだか柄になく気恥ずかしさを覚える。



「本当は」



 ほたるは膝の上にのせた小さなバッグをぎゅっと握って、また、下を向いた。



「妹って言われたの、嫌だった」


「ずっと愛想悪かったのはいつものことだと思ってたけど、そっか……」



 さっきのおばあさんの言葉に、彼女は傷ついていたらしい。



「でもそんなに俺の妹が嫌だったのか……」


「嫌だよ」



 そんなハッキリ……。ちょっと傷つく。

 いつもまとわりついてきて、お兄ちゃんって呼んでくれるくらいだし。てっきり、懐いてくれてると思ってたけどなあ。

 染みるわあ……。



「小鳥遊くん」



ほたるのぶらぶら揺れていた脚が止まった。



「の……彼女が、いいもん」



 ぱっとほたるが顔を上げてこっちを見た瞬間、電車がトンネルに入った。

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