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8/5(金) 月見里蛍②

 ほたるの病室に美原さんが駆けつけてくれたのを見届けて、部屋を出た。


 病室のすぐ前にほたると年端も変わらないくらいの女の子が立っていて、危うくぶつかりそうになる。

 友だちかな?と思いながら通り過ぎようとすると、



「なっちゃん!」



 名前を呼ばれて立ち止まる。少女の顔を改めて見つめてみると……。



「うお、誰かと思った! 私服だとぜんぜん違うね、エミちゃん」



 Tシャツワンピのラフな姿の佐倉エミは、白衣のときよりももっと幼く見えた。



「帰るところだったんだけど、ほたるちゃんが倒れたって聞いたから……」


「少し熱があるみたいで」


「そう。……やっぱり限界なのかな」



 エミちゃんの顔が曇る。



「どういうこと?」


「聞いてない? ほたるちゃん、ホスピス行きが早まったんですよ」



 首を振る。

 言葉を失うって、こういうことか……。



『本当は、今月末まで……だった』



 あれは、8月いっぱいはこっちにいるってことだったのか。そんなに身体がボロボロになってたのも、気づかなかった。



あちら(ホスピス)側の空きが出たこともだけど、やっぱりこの前のアレでほたるちゃん結構ダメージ受けていて。立つことも辛いみたい……」


「知らなかった……」



 なんだよ、それ。

 さっきは普通っぽく振舞っていたのに、無理していたっていうのかよ。

 なんだよ、それ……!



「ごめん。俺、行くわ……」


「なっちゃん……」



 エミちゃんの脇をよろよろと抜けて、自分の部屋がある階を目指し、階段を降りる。



 彼女の気持ちをいちばん共有できるのは、他の誰でもなく俺のはずだった。だから彼女は俺になついた。


 そのはずだったのに、結局はなにも分かっていないじゃないか。

 せめて、俺の前で無理していることくらい気づけただろ!?


 一緒に死ぬという提案を飲むこと以外に、彼女にしてあげられることはないのだろうか。

 お互い、残された時間はそう長くない。


 そのあと少しを、心を曇らせたまま過ごすことを、“生きる”と言えるのか。

 そんな思いのまま過ごさせたくない……!



 小走りで公衆電話の前につくと、受話器を取った。


 前回、音和から聞いたメモを見ながら何度も何度も番号をプッシュし、何度も何度も押し間違えて、その度に受話器を置いた。

 ちゃりんという音。戻ってきた100円を拾う手がどうしても震える。


 ……よし。


 刮目し、ダイヤルボタンに再び指を置く。

 そして深呼吸する。


 何度も失敗したその番号を、今度は間違うことなく押して、コール音までこぎつけた。

 心臓がバクバクと音を立てている。


 今頃、相手のスマホのディスプレイには、“公衆電話”か“非通知”で表示されてるだろうけど、出てくれるだろうか……。


 その間はとても長い時間に感じられたけど、実際には数秒だったんだと思う。



『……もしもし』



 怪訝そうな声が耳元で聞こえた。

 心臓がさらに大きくうねる。



「……野中……小鳥遊だけど」


『なっちゃん?』



 相手の声が和らいだ。


 約2週間ぶりの野中の声は、懐かしくてたまらなくて、目頭がかっと熱くなる。



「……久しぶり」


『じゃねーよ、なにやってんだよ公衆電話からって! メッセ既読つかんし』


「ははは。つかお前、なんか食ってんな」


『あ、バレた? アイス食ってたんよ。最近暑くね!? 地球死ぬんじゃね!?』



 数日連絡取らなかったのに、こうやって変わらず慕ってくれるのはうれしいな。


 ガチャン、と耳元でコインが落ちる音がした。

 携帯にかけるとやっぱ100円でもあっという間なんだな。そしたら余計に早く、用件を伝えないと……。


 だけどそれを意識すると、電話をかける前のように身体が硬直してしまう。



 もういっかい。ゆっくり、深呼吸しよう。


 それから一粒涙を落として、終わりにした。


 大丈夫、覚悟は決めたんだから。



「あのさあ、話、があるんだよね」


『なんだよ、改まって』


「悪いんだけど隣町の…………そ、総合病院に来てくれないかな」



 息が切れる。病院、という言葉を発するのにどれだけカロリー使ってんだ俺。



『は? なに? あはは、なっちゃん怪我してたの(笑)?』



 電話の向こう側で無邪気に笑う野中に、拍子抜けして肩の力が抜けた。



『んじゃ、15分待っててよ。今から行くわ」


「お、おう。いいけど、えっらい早いな?』


『だって、ピンチなんだろ? そんなの飛んで行くに決まってるじゃん。じゃあ切るな』


「!?」



 驚いて言葉を失っているうちに電話は切れた。


 なんだよ。

 テキトーにしゃべってるかと思えばなんで確信ついてくるんだよ。



「……っうう……」



 脚がガクガク震えてる。そのまま腰が抜けて座り込んでしまった。


 だっさ。マジだっさあー。

 なんでこんなに涙が、止まらないんだよ。


 ごめんな、野中。

 野中は約束通りこっちに向かっているだろう。もう後戻りはできない。

 ……病気を打ち明ける決心は、したはずなのになあ。



『お兄ちゃんて、病気と向き合ってないんだね』



 ほたるの言葉に動揺したのは図星だったからだろうか。

 彼女には軽蔑されたかもしれない。

 だから、打ち明けるのを決めたってわけでもないけど。

 いや、だからなのかな。


 ああ、自分がわからない。

 ただもう、ひとりでは限界だった。


 助けてもらう相手に、俺は野中を選んだ。この気持ちを一緒に背負ってもらう相手にと。

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