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5/17(火) 穂積音和②

┛┛┛



 自動販売機前は、ホームルーム前ということもあって人がいなかった。ベンチに座らせてりんごジュースのパックを2つ買い、ひとつを渡す。音和は受け取ると夢中でストローを差し込み、足をぶらぶらさせて飲みはじめた。


 ひとまずは落ち着いた……か? つか子どもかよ。


 ベンチの正面に立って柱にもたれかかり、一口飲んでから俺は意を決して口を開いた。



「勝手に先行くなよ。ばか」


「!」



 ビクッと肩をふるわせて、音和の動きが止まった。



「いや、俺が悪いんだけど。ただ……」



 自分の気持ちを言葉にするのは恥ずかしいし不安すぎる。でも話さないと。こんなところで俺たちの関係を終わらせたくない。



「びっくりしたっていうか……ちょっとさみしかったし……」



 ストローから口を離して音和が顔を上げた。やっぱり泣きそうな顔するんだな。



「知……ちゃんはっ」



 ジュースのパックを握りしめた小さな手が震えている。



「あんなこと言ったあたしなんかと、一緒にいられない……」



 弱々しい声に戸惑う。こいつのこんな顔、ずっと見てなかった。それだけ悩んで苦しめていたのか。


 ちく、ちく、と心音に合わせて胸が痛い。落ち着こうとゆっくり深呼吸をしてみた。



「今も隣に来てくれないことだって、間違ったことしちゃったなってすごく不安なんだよ」



 彼女の溜まっていた涙がとうとう決壊する。

 でもちょっと待って、それは誤解ーー!!



「あのう。こんなときに隣に座れるほど、俺も冷静じゃないよ」



 うわああああああああ、死ぬほど恥ずかしい。



「告白、は、初めてだったんだからさ」



 っ、言ってしまったーー!! 普段偉そうにしてるのにまじ情けない。なんだこのこっぱずかしさ。まるで裸を見せるような気分! 今すぐ埋められたい。



「え……?」


「だから俺が答えに困ってたのは、どうふるまえばいいか分からなかったから! 告白が迷惑とかじゃない! お前のことはすっごい大事だし、だからこそ、きちんとしたいから……」



 カッコ悪い。なに言ってるのか自分でもわからん。目も合わせられない。でも、カッコつけてる余裕なんて全然ない。



「今好きな子がいるわけじゃないけど、今までそういう風に見たことなかったからびっくりして……」



 予鈴が鳴る。音和は立ち上がろうとしなかった。



「お前の気持ちがどうであろうと、俺がお前を邪険にするわけねーだろバカ。バカ。バーカ!!」



 予鈴にかぶせて一気にまくしあげながら、音和の両頬を引っ張った。

 ああっダセー! 小学生かよ! 超ダセー俺ー! ごめんー! キャーー!!

 ……。



「……そういえば、今まで知ちゃんの好きな人の話聞いたことない。誰?」



 …………へっ?



「いや、いないって……」



 まずい展開になってないか。音和の接近に目をそらしてごまかす。



「でも今までひとりぐらいはいるよね? 誰?」


「え……」


「それ教えてくれたら、とりあえずは許す」


「——!?」



 なにその地獄のような取引き!

 いや、ここは適当にこいつの知らない人の名を……。



「嘘ついたら一生知ちゃんのこと信用しないからね。あと、知ちゃんが視認している人のことは大体把握しているんで」



 ……こえええええ!?!? 視認ってどこまで!? こええよ!!

 ああ、音和の顔はまじまじのまじだ。


 うあああああああ。

 いやいや、でもおおおおうあああああああ。


 もごもごと葛藤していると、お尻を割と強めにつねられる。

 ワカッタ。つくづく、女の子の尻に敷かれる男だわ、俺は。

 ええい……ままよ!



「……子」


「えっ」



 音和の顔が引きつる。



「あ……、いや。でも5年くらい前のことだから! 今は全然だし、相手も俺のこと眼中になかったし、なんなら俺のこと、顔も見たくないって言われてたし……。はは」


「……でも今は……」


「うん、今はもうなんでもないよ。部田凛々子はただの委員会の会長。それだけだ」



 涼しい顔を見せているが、黒歴史が心の中で暴れていた。

 音和にはこんな思いをさせたくないな、うん……。



「あたし……あんなタイプじゃない……どうしよう……」



 物騒なことをブツブツとつぶやいているが。



「いや、彼女だから好きになったわけで、あのタイプだから好きになったってわけじゃないから。お前はあれにならんでいい!! お前はお前のままでいてくれ」



 肩を揺するとハッと意識を取り戻した。



「あたしはあたしでいいの……?」


「うん」


「かいちょのことは……」


「終わってるよ」


「……っ」



 ぽすん。と、音和が胸にすっぽりとおさまった。

 本当は学校でこういうのはまずいんだけど。今だけは、仕方ない。好きにさせてやるか。


 ……と、俺の背中にぽんぽんと優しい衝撃を感じた。

 こいつなりに、気を使ってくれたのかもしれない。



「告白されるの初めて、って言ったよね」


「っ! なんだよ」


「ごめんね、あたしはあるうー!」


「自慢かよ、泣くなよ! 俺が泣きたいわ!」


「でも、誰とも付き合ってなかったよ」


「っそれは……知ってる……」


「うん。あたしのこと知ってくれてるのも、知ちゃんだけだから」



 音和が離れた。

 一歩下がって、俺の腕を掴んだまま、意を決したように顔を上げる。



「あたしのこと、人としてでいいから、好き?」


「う、うんそれはもちろん。好きだし大事だよ」



 慌てて即答する。



「……それが聞けてよかったっ」



 彼女は無邪気な笑顔を見せた。

 それを見て、俺は心を決める。



「あのさ、返事だけど。文化祭終わるまで待ってもらえないかな」


「……!」


「全部終わったら、ちゃんと考えるから」


「……っぜんぜん、それでいいっ。いいよぉ」


「ん。そしたらもう教室行け」


「はいっ」



 いつものランチ後のように軽い口調で、違うのはちょっと涙をためていて。音和は教室へと上がって行った。



「……」



 ひとり残された俺はベンチにどっかり座って、りんごジュースを最後まで飲みきった。



「うう……これから普通に接するの、頑張らねば……」



 きっと真っ赤になっている頬を叩いてそのままのけぞる。

 初夏にもなっていない5月の朝だっていうのに。なんだか無性に暑かった。

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