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8/2(火) 月見里 蛍③

「あんた……なにしてんの!?」



 美原さんが叫ぶ。


 そこに何があるのか、真実を知るのが怖い。


 だけど見ないわけにはいかない。決心して、そっと扉の向こう側を覗く。



 薄暗いその部屋は虎蛇よりも少し小さな作りだった。


 真正面の奥と左側の奥にソファがそれぞれ置いてあり、中央に椅子がいくつか置かれていた。そのひとつに上半身裸の大きな白い人形が座らされている。


 部屋の右側にはローテーブルと大きなチェストが寄せられている。その奥に、背中をこちらに向けてうずくまる人影があった。



「ザキさん?」



 俺が呼ぶと、それはピクリと肩をふるわせた。


 美原さんは構わずに、室内に飛び込んだ。



「月見里っ」



 え……?


 室内に入って、美原さんが駆け寄った人形を観察する。


 人形だと思っていたものが微かに動いたのを見て、それがほたるなのだとやっと気づいた。



「……先生と、お兄ちゃん」



 うつろだが、意識はあるようだった。


 上半身裸のほたるに美原さんが自分の白衣を着せて、肩を抱く。


 相変わらずザキさんは、部屋の片隅でぶるぶると震えていた。



 ほたるは泣きもせず、じっと、その背中を見つめている。


 その対照的な姿が印象的だった。


 嫌悪感が込み上げてくる。怒鳴りつけたい気持ちをこらえて、俺は再び声をかけた。



「ザキさん。どうし……」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいいい!!」



 俺の声をかき消すように、ザキさんが叫ぶ。ぎゅっと守るように美原さんがほたるを抱きしめた。


 ぜーぜーと音を鳴らし、ザキさんは呼吸を漏らす。



「お、お前ばっかりな、女の子と仲良くして、ずるいんだよ!」



 相変わらず背中を向けて頭を抱え、地面に這いつくばった格好でザキさんは叫んだ。



「どーせお前ら死ぬんだろ!? だったら別に、い、一回くらい俺にいい思いさせてくれたっていいじゃねええかあああ!!」



 頭の中でなにかがプチンとはじける音がした。こんなにも他人に、どす黒い気持ちを持ったのは初めてだ。



「あんたって、最低下衆野郎ね……」



 そう言って、美原さんは歯を食いしばった。



「言っておくけど、何もしてないからな!! くそっ、なんでだよおお!!」



 握りこぶしで床を思いっきり叩き始める。


 なんと自分勝手なんだろう。どこまでも自分のことしか考えてなくて、それが滑稽で気持ち悪くて反吐が出そうだ。



「てめえ、いい加減にしろよ!!」



 チェストを倒し、無防備になったその背中に思いっきり飛び蹴りを入れた。逃げようとして転んだザキさんに馬乗りになる。



「なんだよ! 俺は何もしていないって言ったろ!! どけ!」


「してんじゃねーか! お前、ほたるをどれだけ怖がらせたと思ってんだよ!」



 ガードする腕も構わず殴りつける。



「小鳥遊!」



 美原さんが止める声も無視して殴り続ける。



「マジでふざけんなよ! 大人なんだから、性癖は妄想だけにしてろ!!」


「ぐっ!!」



 腕を押さえて頭突きを入れると、ザキさんは大人しくなった。



「謝ることもなく、自分の保身だけ考えてるところも気にいらねえんだよ!!」



 もう一度、さっきより強く頭を狙う。



「ひいいああああああっ!!」



 叫び声を上げてじたばたするザキさんを押さえつける。



「友だちはいらないってな! ずっと自分の殻に閉じこもっていたほたるが、どういう気持ちであんたについて行ったのか、考えなかったのかよ!!」



 彼女の気持ちを踏みにじったコイツを、俺は絶対に許さない!!!



「ありがと」



 その声にぴたりと振り上げた腕が止まった。ほたるが隣に立っていた。


 頬を赤く腫らしながらも無表情で、羽織った大きな白衣は、純白のマントのようにも見えた。



「頭、割れてる」


「っ!?」



 慌てて額を触ると、血がべっとり手のひらについた。


 俺の下でもがいていたザキさんも大人しくなっていた。


 いや違う。ほたるを見て怯えていたんだ。



「……そうだよ。私は死ぬよ。でも……あんたみたいな、変態の、おもちゃになるために生まれてきたわけじゃ、ない」



 小さな足が、ザキさんの頭を踏みつけた。



「ぐあっ!?」


「そんなくだらないことに、身体を使われるくらいなら、死んだほうがマシ……!! 変態! 変態! 変態! 変態!」


「がっ!! ぐっあ!!」


「変態! 変態ッ! 変態ッ! 変態ッ!! ……なんでっ、お前みたいな変態が死なないで、私が死ぬの! お前が死ねばいいのに!!」


「や、やめ! がふっ!」



 まるで心を持たない機械のように躊躇なく、渾身の力で踏みつける。



「も、もうやめなさい月見里。こんな男、あんたの手を汚す価値はないわ!」



 美原さんがほたるの腕を強く引いてザキさんと引き離した。


 ほたるはなにも言わずに、素直に下がった。ただ、底なし沼のような暗い瞳で、じっと目の前の血溜まりを見つめていた。


 抵抗する力をなくし、鼻血まみれでぐったりしているザキさんの上から俺もゆっくりと退く。



 その後、ほたるは美原さんに肩を抱えられて部屋を出て行った。


 白衣の裾からチラリと見えた白い小さな足は、真っ赤に染まっていた。

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