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7/29(金) 月見里 蛍

 やっと今朝、治療していた部屋からもといた大部屋に戻れることになった。


 まだ少しふらふらするけど、これはきっと寝続けたせいだろう。


 ほたるも同じ日程で、自室で治療を受けていたらしく、夕方くらいには面会ができると美原さんに聞いた。



 自分の部屋に戻って、落ち着いてから行こうかね。


 お見舞いらしく、下の売店で花でも買ってこようじゃないか。



………………


…………


……



 ほたるの病室の前につき、一応ドアをノックする。



「……はい」



 今日はちゃんと返事したな。



「ほたるー! 俺俺俺ーー!」



 ようしここは思いっきりテンション高く、元気さをアピールするがごとくの特攻だ!☆



「ああ、久しぶり……」



 って、引いてる!?


 久しぶりすぎて、つかみを間違えたらしい。恥ずかしい。



「よ、よお。体調はどうだい」


「うん、だいぶ、よいよ」



 そうは言うものの、顔はげっそりしていた。


 俺も気を抜くと、まだ少しだけふらつく。


 いくら慣れているといってもこの小さな身体だ。きっと俺以上、体力的にキているんじゃなかろうか。


 ふと、机の上の新しい花に目が行った。



「誰かお見舞いきてたの?」



 コクリと、ゆっくりほたるは頷く。



「おかあさん」


「そうかあ。俺もさっきそこで買った。お疲れ」



 持っていた小さな花は、すでに飾ってある生け花に比べると劣るというどころではないくらい、ショボい。


 でも。ほたるは手を伸ばして受け取ってくれた。



「ありがと……」



 やっぱり無表情だったけど。目をつむって花の香りを堪能していた。


 受け取ってもらえてよかった。


 いつものように小さな来客用の椅子に腰かけると、ほたるは起き上がってベッドに座った。



「最近どう? 会話スキルちゃんと上げてる?」


「……看護師さんと、話した」


「そうか、やるじゃん」


「うん」


「どんな話をしたの?」


「え……」



 じっとほたるが見つめてくる。



「お兄ちゃんの話」


「は、俺?!」



 看護師どもめ。いたいけな少女に下世話なことを吹き込んではいないだろうな!?



「なにか変なこと言われてない!?」



 不安だ。この子を守らなければ! あと自分の沽券もね!



「……ヒミツ?」



 ふっとほたるの口の端がつり上がった。


 あっ……。これはもう、遅かった……のかな?



「まあ、なんか楽しそうでよかったよ……」



 ちょっとだけ、娘を取られた父親の心境がわかった気がする。



「それ生けとくな」


「うん」



 ほたるに渡した花をもらって、すでに花瓶に飾ってあった立派な花のたもとにまとめてさしておいた。


 やっぱショボい……。


 まあ、いいか。こういうのは気持ちだしな。


 ふと、机の上に少女漫画の新刊を見つけた。



「そういえば、これも持ってきてもらってるの?」


「……うん」



 目が顔の半分まである女の子が、表紙いっぱいにどでかく描かれている。



「少女漫画好きなんだ」



 ベッドに半分腰掛けて、パラパラとページをめくってみる。


 ポップな絵柄の漫画は、俺がいつも読んでいるような漫画とタイプが違って新鮮だ。



「嫌い」


「お?」



 背中から聞こえた意外な返答に振り返る。


 少女は漫画のほうを見ないようにしていた。


 全開の窓から、ぬるい空気が吹き込んでくる。


 布団に、ゆれる花の影が映った。


 それを手で撫でながら、ほたるは言った。



「友だちいらないって言ったけど、おじいちゃんやお兄ちゃんが友だちになってくれて、今はたのしい」


「よかった。俺もだ」


「でも、それは、嫌い……」



 花の影ごと布団を握りしめる。



「私には、まぶしすぎるよ」



 ほたるは片方の手にもう片方の手を重ねた。



「恋愛も……してみたかった。でも、こんな身体じゃ、無理だし」



 歯を食いしばっていたけれど、ぽろりと、ひと粒涙が頬を伝った。



「ほたる……」



 ぱたりと雑誌を閉じて立ち尽くす。


 中学生って子どもだと思ってたけど、やっぱり男と女の子は違うんだろうな。


 もしかしたら俺なんかよりもほたるのほうが、恋愛への精神年齢は高いのかもしれない……。



「お兄ちゃん」



 小さな声に呼ばれる。



「私はお兄ちゃんのこと好きだけど。これは恋なのかな……」


「と、唐突な告白だね」



 どぎまぎしてしまう。



「たぶん違うから、恥ずかしくないし、言えるんだと思う」


「そうかよ」



 なんだろう。この、なんとも言えないもの悲しい感じは。



「ねえ。お兄ちゃんは、恋、したことある?」



 どきりと心臓が跳ねる。


 今はそんなの考えてる場合じゃないけど、初恋は……あった。



「中学生のときに」



 考えるだけで胸が痛い。



「その人は、どうなった?」


「その人か……」



 それは中学生の俺にとって、とても残酷な終わり方だった。



「初恋だったから、実らなかったなあ。そんなもんだろ」



 今ではこうやって、笑えるのが救いだ。


 ふとほたるから目を外し、テーブルに置いていた雑誌に手を伸ばした。



「まあ、なんだ。えい」



 ぽいっとゴミ箱に捨てる。



「あっ」


「こうすれば、持ってこなくなるだろ。嫌なものは見なくていい」



 少しゴミ箱を見つめてから、ゆっくりほたるは頷いた。



「ほたるはほたるの世界だけを見ていればいいんだよ」


「?」


「俺とか、ジーチャンズとか。それがほたるの世界で全て! そこに色をつけるのは自分自身なんだから」


「うん……」


「不満なら俺が作ってやるよ。むかーしむかし、月見里蛍というかわいい女の子がいました。蛍は病院のアイドルで」


「は、恥ずかし……」


「なんだと。主役は胸を張っておれ!」



 誰かが作る妄想や理想の世界はとても美しいけれど、その世界に手が届かないと分かって苦しむくらいなら、無理に見なくてもいい。


 今、手が届くものを大事にしないと、俺たちにはあまり時間がないのだから。

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