表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/301

7/22(金) 月見里 蛍①

 学校ではまったく……とまではいかないけれど、そこまで意識することがなかった。でも、ここでは日常に「死」が隣り合わせで存在している。


 消毒液の匂いだったり、その辺で見かけるチューブや薬の錠剤、泣き出す子どもの声、一日中つきっぱなしのテレビ。生気のない人の顔や、バタバタと走る看護師。


 漠然とした死の恐怖に怯えてみんな神経を削って生きている。あの子だってそうだ。



「暗い。まったく陰気な顔して、診察室にカビが生えそうなんだけど?」


「あ。すみません」



 やべ。美原さんの検診中だった。



「鬱キャラだったか、小鳥遊は」



 特に心配する風でもなく、そう言って脚を組んでいる。あのさ、と俺は思い切って声をかけた。



「ほたるって女の子、知ってる?」



 同じ病気だというなら、もしかしたら知っているかもしれない。



「月見里蛍? 私の患者よ」



 やっぱり。



「彼女ってその、どういう子ですか?」



 髪を肩の後ろにさっとどかしたあと、美原さんは無粋な笑みを浮かべる。



「あんたまさか、ロリコンの気があるとかじゃないでしょうね。看護婦の間でもちょっと噂になってるわよ」


「俺の病気のこと、あんたが話したんだろ?」



 ちょっとムカついて強めに言うと、にやけていた顔も元に戻った。



「ええそうね、教えたわ」


「この病院の個人情報どーなってんすかねー」



 あてつけのように言ってやる。別に本気じゃないけど。



「ひとりきりで病気と戦い不安な日々を送る中学生の少女に、仲間がいることを教えて希望を与えるのはよくなかったかしら?」


「……別にいいですけど」



 そう言われてしまうと……何も言えない。



「でもあんたの許可を取らなかったのはよくなかったわね。ごめんなさい。ただ、ずっとふさいでた彼女がよろこんでたから。許してもらえるとうれしい」


「……だからいいですって」



「ありがとう」と、苦笑して美原さんはカルテを取った。



「んで、月見里がなんだっけ?」


「入院してすぐ仲良くなったんですけど。昨日、ちゃんと話す機会があって」


「それで?」


「強い子なのかと思ってた。病気なんて感じさせない子だったから」


「そう。弱さを見てショックだったのかしら」



 こくりと頷く。前から大きなため息が聞こえてきた。



「あんたね、彼女は13歳なのよ? 弱くて当たり前じゃないの」


「それは分かるけど、なんだか、あの子は見ていて辛い」


「同情している場合じゃないんじゃない? あなたも同じ病気。忘れないで」



 ……。



「あーもう、数値下がってんじゃん……。体調に変わりはないのよね? 近々個室もなんとかするから。んじゃお大事に」



 頭を掻きむしりながら美原さんはデスクのほうを向いてしまった。


 ぽつんと残された俺はしっしっという手の振りをされて、ようやく重い腰を上げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ