検疫
日本は未知の天体に瞬間移動し、国同士で人・モノ・カネのやりとりが交わされるようになって以来神経質なまでに気を払っていることがある。日本以外でも程度に差はあれど、科学技術文明や発達した魔法文明でも同様の措置を厳重に行っている。
何に気をつけているかといえば、検疫だ。幸運極まりないことに瞬間移動した天体は、呼吸可能な大気などを有しているものの、人間や地球の生物が免疫を持たない細菌やウィルスがどこに潜んでいるかわからない。
大規模な未知の病原菌によるパンデミックという映画や小説の題材としてとりあつかわれてきた事柄が現実に実現しかねない以上、細心の注意が必要だった。
またこの惑星に飛ばされてきた並行世界の地球や異星に起源を持つ国家にしても、警戒を要する。同じ地球といっても並行世界の存在であり、完全に地球と同一の進化を辿った生物のみが生息しているわけではなく、人間同士にしてもホモ・サピエンスに分類していい生殖が可能な差異にせよ遺伝子レベルで違いが見られる存在だ。
並行世界の地球といえど、未知の細菌やウィルスが存在する可能性があるために油断していい存在ではない。収斂進化の賜物なのか、地球人類と外見が完全に同一の知的生命体が存在しているケースがあるにしても、太陽系外に起源を持つと考えられる地球外惑星から飛ばされてきた国家にはさらなる注意が必要だ。
呼吸可能な酸素大気を持つとはいえ、地球ではない別の惑星なのだから、並行世界の地球以上に危険な細菌やウィルスが潜んでいる可能性があるのだから気をつけねばならない。
誰もH•Gウェルズの宇宙戦争の火星人や小松左京の復活の日のように未知の病原菌のせいで大量の死者が出る事態は避けたかった。
気をつけねばならない対象は、ミクロの病原菌のみならずそれよりも大きな野生動物や植物についてもだ。外国ではありふれた野生動物や植物なその動物や植物の天敵のいない国に持ち込まれたせいで、その国本来の生態系が壊れるというのは地球ですでに起きた現象だ。
並行世界の地球や環境が異なる異星で進化した生物がいるため、持ち込みを許せば地球よりも悲惨な生態系の崩壊をもたらしかねないと野生動物や植物の持ちこみにも気をつけねばならなかった。
病原菌や動植物の持ち込みのなかでとりわけ警戒を要するのは、ポストアポカリプス系とファンタジー系の二つの地域だ。
何らかの原因によって文明が崩壊したポストアポカリプス系の地域には、その世界の戦争で使用された致死性の高い生物兵器が人知れず生き延びている可能性があるためだ。
それだけでなく、遺伝子に変異をもたらし、人間を含む動物の身体能力を強化し、凶暴性を高めるウィルスも存在が確認されているため、格段の警戒を要する。
病原菌のみならず、銃火器を駆使しないと殺害が困難な野生動物も生息しているため、野生動物の持ち込みも絶対に阻止しなければならない。
ファンタジー系の場合は、魔法により医学的な治療が意味を成さない病原菌が潜んでいる恐れがあることと、もう一つは中世程度の文明水準の地域にはペストや狂犬病、天然痘など地球上で根絶されたり、先進国ではまずかからない病原体が存在する可能性があるためだ。
ファンタジー系の世界は大抵は地球外惑星に起源を持っていたが、魔法を中心に文明発達した地球と思われる世界もあり、文明レベルの違いから既知の致死性の高い病原菌が蔓延している可能性があった。
ファンタジー系の野生動物の持ち込みも、凶暴なポストアポカリプス系の野生動物以上に注意を要さねばならなかった。
ポストアポカリプス系の野生動物にもそれらに匹敵する能力を持つものも確認されてはいるが、肉食かつ超音速から亜音速まで到達可能な飛行生物や強大な魔法を用いて地形をかきかえるような破壊力を発揮する生物がいるためだ。
加えて現地では害獣扱いの亜人というヒューマノイド種族のように道具や言語を理解する知性を持った上で略奪や捕食を繰り返す生物もいる。高度な知性を持つ肉食動物など悪夢というほかない。
これらの理由でポストアポカリプス系やファンタジー系の地域の検疫には一層気をつける必要があった。
未知の天体に飛ばされてきた国々との交流が活発になったとしても、検疫の厳しさが緩められることはなかった。
国外からを病原菌を持ち込まないためや国内から他国に病原菌を持ち込まないために日本から外国に向かう人間には、政府が定めた既知の病気へのワクチンを接種しているかや直近に何らかの感染症に感染していないかのチェックが必要になった。日本に入国する場合も病気に罹患していないか、日本人外国人のみならずチェックする。
外国からの物品の持ち込みには厳格な規制がかけられ、空港や港では厳重な物品の持ち込み検査が行われ、海洋に由来する生物を持ち込んだり持ち込ませないために貨物船などのバラスト水の使用にも対策を行った。
今はない地球のハリウッド映画では検疫を安易に怠ったせいで、パンデミックや危険生物の侵入を許すという展開が定番だが、現実はそうではなかった。