スラム
日本と言えば、世界有数の治安の良好さを誇る国であった。
であったと過去形なのは、未知の天体に飛ばされて以来日本の治安は悪化傾向にあるためだ。国内には過激な人命を尊重しない異能者の集団が跳梁跋扈しており、かつての日本では信じ難い無法地帯といえるスラム街が存在しているためだ。
無法地帯と化したスラム街の中で幾つか存在するとりわけ規模の大きいものは、最悪なことに一つの大都市に匹敵する。都市の一ブロックがスラム街となっているのは、地球の途上国や先進国でも珍しくはないが、今や日本にもそれらに引けを取らぬどころか勝るスラム街が出来上がっていた。
並行世界の日本において極端な経済的格差が生んだ社会の最底辺層が集まったものや、大規模な戦争で復興を放棄した都市にアジア系の戦争難民や日本人の貧困層が集まるなど様々な理由で誕生したものだ。
銃火器すら流通し、犯罪の温床であるこれらのスラム街を日本政府としてはできれば制圧したかったが、理論上は実行可能、実際は不可能というのが現実だった。
確かに自衛隊や警察を全面におしだすことによって制圧することは不可能ではないだろうが、それは都市規模の市街戦の実行を意味する。相手が破落戸といえども自動小銃の類で武装している以上はこちらも損害を避けられないため、簡単に制圧を行うというわけにはいかない。
それに万一警察や自衛隊に殉職者が発生した場合は、反戦思想を持つ市民団体や野党などの批判の声が巻き上がるし、スラム街在住とはいえ一般市民を誤射してしまえばその批判の声はますます大きくなるだろう。
様々な並行世界が融合したことで自衛隊や軍事力の行使に肯定的な地域があるとはいえ、反戦思想などが根強い以上制圧の困難さのみならず政治的にも実行するわけにはいかなかった。
故に厄介なスラム街を制圧できない日本政府は、スラム街との間に武装した警察官を配置したゲートを設け、出入りを厳重に規制するという消極的な手を取っただけで、渋々ながら巨大スラム街の存在を黙認せざるをえなかった。
幸いなことに日本政府に目をつけられることを恐れたスラムの顔役によって銃火器や化学合成麻薬、VR技術の応用で脳神経に働きかけ麻薬効果を発揮するサイバードラッグなどの外部への流出は最小限度にとどめられた。
が、それはスラム街外部の話でスラム街内部では依然麻薬が流通し、死体が野晒しになるなどの無法ぶりは変わらず、日本政府にとって頭の痛い問題だった。
その上、政治家や企業家、官僚が利用するということこそないものの、麻薬や非合法の性的サービスを受けたいという理由で善良な日本の一市民が密かにスラム街を訪れており、スラム街に活動資金を与えるのも問題だった<身包みを剥がされた挙句に殺されたり、臓器売買のために臓器を摘出されるなどの自業自得だが悲惨な目に遭うものもいたが。海沿いのスラム街から民間船舶に偽装して海外に臓器をうるという手口だ。>




