第一章6 師と姉
ヒーロー派遣会社社長室。
社長に呼ばれた雪見時雨は、弟子の雷雷とともにソファーに腰かけていた。
「社長さん、私に何か用ですか?」
「今我々は人材が不足している。それは吸血鬼が最近になって行動を活発化させているからだ。そこで雪見時雨、君には是非我が会社に入ってもらいたい」
「嫌です」
「そうか。だが入るでなくとも、協力関係ならばどうだ?我々は君に吸血鬼の情報を流す。その代わり、吸血鬼退治に協力してほしい」
「それならば一向に構いません。利害は一致していますし」
そう言い、雪見時雨はソファーから立ち上がる。
「吸血鬼のにおい、もしや社長、あなたーー」
雪見時雨が社長を睨んだ時、突如サイレンの音が響き渡る。その音が鳴り止むと、女性の声でアナウンスが流れる。
「ここヒーロー派遣会社本社の周辺で吸血鬼が出現しました。行動可能なヒーローはただちに対処に移ってください」
「吸血鬼が。最近はやけに物騒ですからね」
「社長、またいつかあなたとはゆっくり話でもしてみたいですね」
「そうですか。丁度私もそう思ったところです」
社長は不敵な笑みを浮かべ、雪見時雨を見つめる。
雪見時雨は刀を抜き、その視線を横目に部屋の外へ駆け出す。
「雷雷、ついてこい」
「了解です、師匠」
雪見時雨と雷雷は社長を後にした。
「凛、雪見時雨を見張れ。奴には何か吸血鬼との関係があるかもしれないからな」
「了解です」
ヴァイオは突如消えた。
社長室で高みの見物を決め込む社長は、見下すように壁のようにつけられた窓から外を眺めた。
「晴れている昼間に現れる吸血鬼ですか。まるであいつのようだな」
外へ出てきた雪見時雨が目にしたのは、圧倒されているヒーローたち。
腕を押さえて荒い呼吸を奏でるヒーロー、頭から血を流すヒーロー、既に倒れているヒーロー。
「その程度か。ヒーロー」
冷淡に、襲撃者は呟いた。
多勢を圧倒する襲撃者は何者なのか。その者へ視線を向けると、そこにいたのは高校生くらいであろう歳の女性。
両手には黄色の刀を握っており、よく見ればその刀には電気がビリビリと流れている。
彼女を見て、雷雷はなぜか驚き、膝をついて呆然とする。
「雷雷、どうした」
雷雷は穴が開くほどに彼女を見た後、小さくか弱い声で呟いた。
「お姉ちゃん……」
「ん?聞き覚えのある声だと思えば、雷雷か。やっぱここにいたんだね」
「雷雷、まさか今ヒーローと戦っているのは……」
「うん……私のお姉ちゃんだよ」
雷雷は混乱している。
雪見時雨も動揺し、刀を抜きはしたものの、戦うかどうか迷っていた。
「お姉ちゃん、どうしてこんなことを」
「雷雷をここから奪還しに来ただけだ。雷雷はこの会社で洗脳されている。だからなりたくもないヒーローになんかなっているんだろ」
「違うよ。私は、私は……」
「それが雷雷の答えだ。だから雷雷、無理矢理にでも私は雷雷を連れていく。この会社の社長の洗脳から引き剥がしてやる」
彼女は少しずつ雷雷へと歩み寄る。その道中で転がっているヒーローを蹴り飛ばして。
その行動を見て、雷雷は今にも泣きそうな表情で下を向いていた。
「雷雷、一緒に」
「まあ待てよ」
雷雷と雷雷の姉の前に、雪見時雨が立ち塞がる。
「何のつもりだ」
「すまんが雷雷は私の弟子でね、私の下で修行が終わるまでは帰せないんだよ」
「師匠!?」
自分をかばう雪見時雨に、雷雷は困惑する。
「私と殺り合うつもりか」
「違えよ。弟子はまだ渡さねえってことだよ」
「なら結局私と殺り合うってことになりますけど、構わないですか。先輩」
「なあお前、そこまでして妹を取り戻そうとするまでの気持ちがありながら、妹の話を少しは聞いてやろうとは思わないのか」
「洗脳されているのだから、話をしても無駄だろ」
「お前、姉貴だったら妹が洗脳されているかどうかぐらい分かるだろ」
「お前ごときが私の妹の何を知っている?知ったような口ぶりをして、お前は私の妹の何をしているというんだ」
感情が溢れ、雷雷の姉は思わず二本の刀を雪見時雨へ振り下ろした。
響く金属音、雪見時雨は一本の刀で二本の刀を受け止めていた。
「なあお前、姉貴のくせに妹の何を見てきたんだ。あいつが今流している涙は、本物じゃねえのかよ」
たった一刀で、雪見時雨は雷雷の姉を吹き飛ばした。
雷雷の姉は宙で身を回転させ、なんとか着地し、威嚇するように雪見時雨を睨みつけた。
「何も知らないくせに。私たちの家族のことをなんにも知らないくせに」
雷雷の姉は刀を強く握りしめ、雪見時雨へ向けて駆け抜ける。
「雷轟」
巨大な電気を纏う刀のひと振りが、雪見時雨へ向けて振り下ろされた。雪見時雨は冷気を放ち、刀で受け止める。
周囲には冷気と電気が錯乱する。
「いい加減そこを退け」
「お前をここから先には行かせない」
ぶつかり合う二人の戦いを、ヒーローは周囲から呆然と眺めていた。
それほどまでに、二人の戦いには立ち入る隙がなかった。
その最中、雷雷の姉は距離をとり、後方へ下がった。
「今日のところは引き返してやる。次こそは雷雷、お前を連れて帰るから」
雷雷の姉は背中に吸血鬼のような羽を生やす。
「まさかお前……」
「冷気女、お前だけは許さない。お前はこの手で私が殺す」
「姉貴なら少しは妹を思えよ」
雷雷の姉は言葉を返すこともなく空へ飛翔し、消える。
雪見時雨は刀をしまい、雷雷の方を向く。その顔はやけに悩んでいる様子であった。
「雷雷……」
雪見時雨は言葉をかけられず、ただ見守ることしかできなかった。
頬をつたう涙を、受け止める者はまだいない。
ヒーローのヒーローはいない。
だから彼女は、涙を流したまま苦悩の中に押し込まれていた。