第一章5 師匠、ついていきます
病室で一夜を過ごした雪見時雨の足は、既に歩けるまでに治っていた。そのまま人知れず立ち去ろうとベッドから立ち上がった時、病室の扉が開く。
入ってきたのは、雷雷、あの現場にいたヒーローだ。
「何か用か」
「雪見時雨さん、私、もっと強くなりたいんです。ですので、どうか私を弟子にしてください」
雷雷は深々と頭を下げた。
しかし五秒経っても雪見時雨は応答しない。
不安を煽られ、雷雷は持ってきていたまんじゅうを雪見時雨へ差し出す。
「これ、実家のまんじゅうです。美味しいので是非食べてください」
どこかかしこまった口調で言う雷雷。
雪見時雨は受け取り、しばらく眺める。
弟子などというものをとったことがない雪見時雨は、どうしようかと迷っていた。考えている雪見時雨を、雷雷はつぶらな瞳で見守っている。
そんな視線を送られて、断れるはずがあろうか。雪見時雨の脳内ではそのような答えが出された。
「分かった。だが弟子にするといっても見込みがあればの話だ。見込みがなければ即切り捨てる」
「分かりました、師匠」
不意打ちを受けた雪見時雨は、少し照れる。
「そうだよな。今から私は師匠だからな、師匠と呼ばれるのは普通だよな」
「そうですよ。師匠」
師匠と呼ばれ、まんざらでもないようだ。
雪見時雨は機嫌良く、雷雷とともに病院の屋上へ出てきた。
「名前は?」
「雷雷です」
「そうか。では雷雷、何か能力や得意な武器はあるか?」
「ええありますよ。私は電気を発生する能力を持っています。その能力を駆使し、体術で戦います」
「なるほど。電気か。随分と良い能力を持っているが、能力には必ず代償がある。その能力の代償は何だ?」
「私の能力の代償は、年齢です。私は能力を使う度、これまで生きてきた年齢を奪われるんです。だから私は幼い様に見えるんです」
雷雷は十二歳くらいにしか見えない。
声変わりもしていなく、身長も大人というにはお世辞過ぎである。
「もしかしてだが、私よりも歳上か」
「師匠が何歳か分かんないですけど、そうかもしれませんね。それにもう、とっくに私は忘れてしまったんです。自分が何歳であったのかを」
「そうか……」
「ところで師匠の能力の代償はなんですか?」
「私の能力の代償か」
雪見時雨は服で隠れた左腕を掴みながら、
「内緒」
「ええ。良いじゃないですか。せっかく教えてあげたんですから、師匠も教えてくださいよ」
「秘密だ。そんなことよりもだ、弟子になりたいのであれば実力を見せてくれ」
「分かりましたよ」
頬を膨らませながら、雷雷は返事する。
雪見時雨から距離をとると、雷雷は両手を重ね合わせる。
重ね合わされた手の部分から、ピリピリと電気が放電される。
「そのくらいで良い」
雷雷の手元から電気は消失する。
「能力は使いすぎには気をつけろ。能力を酷使せずに戦う術を身につけているのだろう。ならばそっちをーー」
「こんなところにいましたか。雪見時雨様」
雪見時雨の背後には、彼女も気付かぬ内に一人の女性が立っていた。
「誰だ」
咄嗟に腰に下げていた刀へ手を伸ばし、刀身を少し見せる。
それに脅える様子もなく、彼女は淡々と話し始める。
「ヴァイオ凛、ヒーロー派遣会社にて社長秘書を勤めさせていただいております。雪見時雨様、社長がお呼びです」
「私を?なあ雷雷、こいつは本当にヒーロー派遣会社とやらの秘書なのか?」
「うん。この人は確かに社長秘書のヴァイオ凛さんだよ。それに、気付かれずに背後に回り込めるのはヴァイオ凛さんの証拠だよ」
「そうか。雷雷、お前も一緒に来るか」
「はい、ついていきます。師匠」
雷雷という弟子ができた。
その後社長に呼び出された雪見時雨。
一体何用か、何用なのか。