第一章4 抑えきれない憤怒
雪見時雨の登場に、白スーツ吸血鬼は動揺する。
「またお前か」
「また私さ。お前ほどの吸血鬼を狩れるのは私だけだからな」
雪見時雨の刀には冷気が纏われている。
白スーツの斬られた腕の断面はやはり凍りついており、再生できない腕に苛立ちを覚えていた。
「また冷気か」
「私の能力で沈めてやる。冬眠するか?吸血鬼」
刀を向けられ、震える白スーツ。
「シルバー、生き残っている吸血鬼を連れてこの場から逃げろ」
「了解」
クールなシルバーは白スーツ吸血鬼の心配もせず、他の吸血鬼を率いて空へ逃げる。しかし雪見時雨の刀のひと振りで、シルバーを除く吸血鬼は皆全身が凍りついた。
「逃げられると思ったか」
唯一全身が凍りつかなかったシルバーであったが、両足が凍りついていた。
「プロローグ様、彼女を相手に一人で立ち向かうつもりですか」
「ああ。だからとっとと去れ。どうせ私は死なないでしょうから」
プロローグ、そう呼ばれた白スーツの吸血鬼はシルバーへそう言った。シルバーは振り返らず、空へ空へと逃げ出した。
雪見時雨は冷気をシルバーへ放とうとするも、蹴りを刀を握る右腕に受ける。
「行かせませんよ」
「私に気安く触るな」
雪見時雨の腕に触れた足の部分が、徐々に凍りついていく。
プロローグは咄嗟に距離を取ったが、足は膝まで凍りついていた。
「私の前では再生など無意味だ。我が刀に沈め」
刀を振り上げた雪見時雨。その瞬間に駆け抜ける冷気に氷結され、プロローグの額から腹部にかけて氷漬けにされた。身動きもとれず、意識も喪失している。
「弱いな」
プロローグを圧倒する雪見時雨の姿を見て、雷雷は口を開けて固まっていた。
(この人、凄い……)
能力だけじゃない。
刀を振るう速さや技の一つ一つが洗練されている。
雪見時雨は刀を握り直し、今にも首を跳ねるかのように刀を構えていた。
「もう少し情報を聞き出したかったが、さらばだ。プロローグ」
プロローグの首を跳ねるように、雪見時雨は刀を横一線に振るった。しかし、プロローグの首へ刀が当たる寸前に雪見時雨の動きは止まったーーいや、止められた。
動こうにも動けない状態に、雪見時雨は驚いていた。
とそこへ、一人の吸血鬼がプロローグの頭の上に降りた。
「お前は、」
そこに現れた彼女の顔を見た瞬間、今までに無い憤怒を雪見時雨はさらけ出していた。
「久し振りだね。雪見時雨」
「レベル=ファイブ、ようやく見つけたぞ」
雪見時雨は、突如現れた謎の吸血鬼ーーレベル=ファイブと知り合いのように話していた。
「お前だけはぁぁ」
動けない状態であったが、それを破り、レベル=ファイブへと刀を振るう。それを飛んで交わすと、プロローグへと手を伸ばす。プロローグはレベルの手元まで浮いた。
「相変わらずの超能力」
「雪見時雨、君は私が創った中でも最高傑作だったんだけどな。君は私に歯向かうんだね」
「お前にされた恨み、忘れちゃいないぞ」
「じゃあいつか私を殺しに来なよ。その時は今度こそ、君を私の言いなりにしてあげるから」
「されるか」
雪見時雨は刀を振るって冷気を飛ばすも、レベルが手をかざすとともに発生した突風に冷気は飛散する。
「じゃあまたね、雪見時雨」
レベルは、氷漬けにされたプロローグを奪還して逃げていく。
「逃がしてたまるか」
「すぐに再生しないように、粉々に折ってあげるよ」
走って追いかけようとする雪見時雨の右足は、あり得ない方向にねじれ、骨は粉々に砕けた。歩くこともままならず、その場に座り込んだ。
「レベル=ファイブ、私は必ずお前を殺す」
雪見時雨は呟いた。逃げるレベルを、白銀の眼光で睨みつけながら。
溢れるばかりの憤怒を露にしている。
マンションにて待機していたヒーロー部隊は一時マンションから撤退し、雷雷らの援護に向かっていたが、その時既に戦いは終わっていた。
レッドテイルは重傷を負い、ブラックアサシン、雷雷は負傷した。そして雪見時雨も足を骨折し、ヒーロー派遣会社直属の病院へ入院することとなった。
後日、吸血鬼が隠れていたであろうマンションへヒーローが突入するも、そこには吸血鬼の影はなかった。
しかし、多くの人の死体が幾つか乱雑に置かれていた。他にも幾つか吸血鬼のと思われるものが発見されたが、レベルらの居場所を示す手がかりはどこにもない。
結局、この戦いでヒーロー派遣会社は犠牲を払い、実質的に吸血鬼に敗北した。もし吸血鬼が逃げていなければ、現場に居合わせたヒーローは全滅していたであろう。
作戦に参加したヒーローたちは、今回の件を重く受け止めていた。
雪見時雨、彼女も今回の敗北を経験し、憂鬱に空を眺める。
病室から見える空は、やけに重たく薄暗い。
「私は負けたのか……。私は……私は弱いままじゃないか。あの時みたいに」
身を丸め、布団の中に身を隠すようにくるまった。瞳から溢れる雫を隠すように。
海中に沈むように、体は重くなっていくばかりだ。体の重さに比例するように、心も重たくなっていく。
今回の敗北を期に、雪見時雨は眠れない夜を過ごした。
抱いていた憤怒すらも弾け飛ぶほどの。