プロローグ
三日月の形をした巨大な島。
その島に囲まれるように、星の形をした島があった。その島には吸血鬼が生息しており、度々その島から吸血鬼が人を襲いに三日月型の島へ現れる。
それに対抗すべく、ヒーロー派遣会社が設立された。
ーー午後十一時
多くの住人が寝静まっているであろう現時刻に、マンションが立ち並ぶ住宅街で白スーツの男がワイングラスを片手にし、夜道を歩いていた。
彼が持つワイングラスに入っていたのはワインではない赤い液体、彼の歩いてきた道では、数名が干からびた様子で倒れていた。
「今宵はなかなかに美味しい血を飲めそうだ」
口に微笑を見せてそう呟く男。
彼の前に、男が二人現れた。
「おや、私への客人ですか」
「吸血鬼、これ以上お前に殺させるわけにはいかない」
「そうですか。ではどうするおつもりですか」
「ここで殺す」
男は舌を噛み、口の中に血を滲ませた。すると腰から赤い尻尾が生える。
もう一人の男は全身に黒いもやのようなものを纏い、夜に姿をくらまし、見えなくなった。
「私と戦うつもりですか。良いでしょう。相手をしてあげましょう」
吸血鬼はワイングラスを左手に持ち変え、右手にはめていた白手袋を口で噛んで脱いだ。
「久しぶりの戦いですので、どうかお手柔らかにお願いします」
とその時、吸血鬼の左側から闇に紛れた男が足を振り下ろす。その蹴りを左腕で防いだものの、ワイングラスは手から落ち、白スーツにこぼれた。
「あらあら。私のせっかくの衣装が、台無しではないですか」
吸血鬼の目は赤く染まり、歯が牙のように鋭く尖る。
「吸血鬼の特性をご存じですか」
「血を摂取すると力が増す」
「生憎、私は先ほどから十人ほどの血を頂いたので、充分な力を身に宿しております。つまり、あなた方に負けるシナリオは万が一にも考えられない」
吸血鬼は先ほど蹴りを入れた男へと走りかかる。
しかし男は闇に紛れ、姿をくらます。
「逃がしましたか」
尻尾を生やす男は飛び、回転しながら尻尾で吸血鬼へ打撃をお見舞いする。しかし吸血鬼の腕に容易く阻まれ、腕のひと振りで吹き飛んだ。
「無駄ですよ。あなた方には勝ち目はない」
獰猛になり、口調も強くなる吸血鬼。
その背後から迫る男は吸血鬼へ拳を振るった。だが吸血鬼はそれをかわすと、闇に紛れる男へ顎を目掛けて拳を振り上げた。
男はその一撃に意識を朦朧とさせ、千鳥足になる。そこへ追い討ちをかけるように、吸血鬼は華麗に男の側頭部へ蹴りを入れた。
「これで終わりですか。実に呆気ないですね」
尻尾を生やした男も、闇に紛れた男も吸血鬼によって倒された。
吸血鬼はこの程度かと言わんばかりにため息を吐いた。
ーーが、しかし、そこへ足音が響く。
その足音は徐々に吸血鬼のもとへと向かっていた。街灯で胴体だけが見える頃、その者は足を止めた。
「また客人ですか」
吸血鬼は余裕をかまし、その者へ警戒をすることもなくそう言った。
しかし次の瞬間、その者は目の前から姿を消していた。
「いない……?」
そんなことを呟いた時、背後で気配を感じた。振り向いたその時、左腕が血を噴き出しながら斬り飛ばされた。
「何が……」
その者は消えていたのではなかった。ただ背後に移動しただけであった。
その者は腰に鞘を下げており、その鞘から抜いたであろう刀を上に振り上げていた。
咄嗟のことに驚いた吸血鬼は、考えも定まらないまま動揺していた。
「雪剃り」
その者は白い息を吐きながら、そう呟いた。
その後、斬られた腕の断面は凍てついた。
「再生が……」
吸血鬼は腕が斬られようとも、血がある限りは再生する。しかし腕が氷漬けにされたことで、腕を再生することができなくなっていた。
「お前、一体何者なんだ」
「私は雪見時雨、ヒーローさ」
雲に隠れていた月が徐々に晴れていくなり、その者の姿が明らかとなっていく。
水色と青色と白色の混じった長髪色をしており、握っているのは純白に輝く白刃の刀、瞳は世にも珍しい白銀で、肌は透き通るように白い。その肌を隠すように、銀色の薄い鎧を腕や胴体、足などに武装している。
「私は冷気を纏う。故に、誰も私から逃れられない」
吸血鬼が逃げようとするも、足が凍りついており逃げられない。
「終わりだ、吸血鬼」
雪見時雨は吸血鬼の首目掛け、横一線に刀を振るった。
刀は空を切る。そこには凍りついた足だけが残っている。
「足を捨てて逃げたか。なかなかに良い判断をするな。あの吸血鬼は」
その頃、羽を広げて空を飛び、斬られた腕を押さえながら吸血鬼は雪見時雨のことを思い出していた。
「雪見時雨、次会った時はお前を殺す。それまではーー」
吸血鬼とヒーロー。
その戦いは始まったばかり。