悪役令嬢だって心変わりできるんです!①
気が強くて周りが見れない生粋のお嬢様育ちのルイスは、婚約者-トールの友人-シルフィーナに嫉妬し強く当たってしまう。
それが続いたある日、とうとうトールから婚約破棄を言い渡されてしまう。
あまりのショックに涙しているところに現れたのは、謎の少年リュカだった。
彼は泣いている彼女をあろうことか笑ったのだ。
そんなリュカだが、なぜ婚約破棄されたのか分からないルイスに、人とのつきあい方を教えてくれる。
我が儘で自己中心的なルイスは、変わることが出来るのか?
全4話の短編です。
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更新:2022.4.17
「あなた、いい加減になさいっ!!他人の婚約者に手を出すなんて令嬢として恥を知りなさい!!」
時刻はちょうど昼。ここは学校の食堂で、たくさんの人がランチのために利用していた。皆、それぞれの食事を楽しんでいたのだが、一人の女生徒の怒鳴り声にほぼ全員が食事の手を止めてそちらを見ている。
見世物ではないのだから、自分達の食事に専念して欲しいとその女生徒は思うのだが、人というものは得てして非日常を好む。見世物にされることが不可避だと彼女は悟り諦めた。
彼女の名はルイス・シュヴァリエ。正真正銘、伯爵家の令嬢だ。金髪に碧色の瞳が印象的な少女は、きつい性格なのだろう。可愛らしい顔立ちなのに、気が強そうな顔をしている。
そんな彼女が怒鳴り付けた令嬢は目に涙を溜めたまま、黙っている。だがその瞳には不満の色が顕著に出ていて、それがより彼女の癇に障った。
だからルイスは、目の前の泥棒猫をひっぱたこうと手を上げたのだ。だけどその手は後ろから掴まれて、止められてしまう。
腸が煮えくり返っていたルイスは振り返りつつ、その手を払い除けた。邪魔する相手を睨み付けようとして、目に映った人物を認識して、その動きを止めた。そこには婚約者のトール様が立っていたのだ。
癖のある栗毛に少し赤みがかった茶色の瞳は、綺麗で飲み込まれてしまいそうだと、ルイスはいつ見ても思う。精悍な顔立ちは、いつまでも見ていられるほどだ。だけど今は何だか様子が違っていて、少し怖いとルイスは感じたのだ。
上手く言えないが何かを諦めたような、とにかくいつもの優しい顔ではなかった。
「ルイス。この前約束したよね?」
「ええ、しましたわ。私の都合で人を振り回さない。自分の我が儘を通さない。人を虐めない。この3つでしたわね。」
「なら、これはどういことだい?」
「これですか?これは、シルフィーナがトール様に色目を使うからですわっ。」
ルイスは自信を持って答える。自分は約束を破っていないし、悪いことなどしていないのだから、何も恥じることはないのだ、と。
このシルフィーナという女は、最近になってこの国にやって来た男爵令嬢で、身分も低ければマナーも酷かった。婚約者のいる男性に不必要に話しかけ、ボディタッチまでするというルール違反なことを平気で行っていた。
そしてルイスの婚約者であるトールにも、ことあるごとに声をかけ、しまいには腕を組み歩いているのを見たと、他の令嬢から聞いたのだ。
だからルイスは、貴族社会のルールを彼女に教えた。ただそれだけ。少しきつい言い方になったかもしれないが、婚約者を盗られたと思ったのだ。嫉妬に荒れてやったことだと大目に見て欲しいと、ルイスは思う。
そんな思いをしてまでシルフィーナに忠告をしたのに、彼女は何も理解しようとしてくれなかった。今日だって、トールに刺繍したハンカチをプレゼントするのだと耳にして、ルイスは居ても立ってもいられず、こんな望まない見世物にされてでも彼女に忠告をしに来たのだ。
この国で異性に贈り物をすると言う行為は、相手に好きだと告白をしているのと同義なのだ。だから、彼女はそれを止めたかっただけ。それなのに…
「いい加減にしなさい。貴女の行き過ぎた行為で、周りは迷惑しているんだよ。」
「迷惑?わ、私はただ、シルフィーナに貴族社会のルールを…」
「それが、自分都合だと言っているんだ。」
「そ、そんなこと…」
「周りを見なさい。」
トールの言葉にルイスは周りを見る。すると、皆が彼女の方を冷たい視線で見ていた。いつも彼女を姉と慕っていた令嬢ですら、庇ってくれそうにない。
「わ、私は…」
言葉が出て来なかった。他の令嬢のため、トールのためにと彼女なりに考えて、色々してきたつもりだったのに、全てが迷惑だと言われてしまったのだ。
呆然と立ち尽くすルイスの前で、トールは彼女が床に投げつけたハンカチに目を落とす。それはシルフィーナが彼に渡そうとしていたハンカチ。それを拾うと、ルイスを押し退けてシルフィーナに向かう。
「これは君の物だよね。」
「は、はい。トール様にお渡ししようとしていたのですが、そんな汚れてしまっては…」
落ち込むシルフィーナにトールは、優しい微笑みを見せた。それは以前まで、ルイスに向けられていたものだった。
「いや、その気持ちだけで嬉しいよ。ありがとう。」
「と、とんでもありません。う、受け取って頂けて…嬉しい。」
シルフィーナの目から涙が溢れ、彼女は手で顔を覆って隠す。それを慰めるように、トールはシルフィーナの肩を抱いた。
そんな様子を見せつけられて、周りからはクスクスと笑われてルイスは惨めな気持ちになった。
「ルイス・シュヴァリエ。貴女との婚約はなかったことにする。」
「え?」
「再三私が忠告したにも関わらず、貴女は変わろうとしなかった。それどころか、貴女は私の友であるシルフィーナに手を上げようとした。…これ以上、貴女を庇うことはできない。」
ルイスは頭が真っ白になった。
“婚約を解消?どうしてそうなったの?”
混乱してルイスを目眩が襲う。
クラクラして気持ち悪いと思うルイスは、ただ立ち尽くすしかできなかった。そんな彼女を放って、トールはシルフィーナと共に仲良さげに立ち去ってしまう。
ルイスはその場から動けず、彼らを見送った。野次馬たちも、しばらくはルイスを見て嘲笑していたけど、それに飽きると自分達の食事に戻る。
「小っ酷くフラれたねぇ。」
働かない頭にケラケラと笑い転げるような声が届き、ルイスはそちらをゆっくりと向いた。
「あーあ、これは酷い顔だ。」
「あなた、失礼ですわよ。」
何とかそれだけ口にすると、笑っていた青年はごめんと笑いながら謝る。本当に謝る気があるのかと、ルイスは青年を睨み付けた。
「ねぇ、君…」
「ルイスですわっ。」
「じゃあ、ルイス。」
初対面で呼び捨てって、マナー違反では?と、思いながらも反論する気力がルイスにはなかった。黙ったまま楽しそうに笑う青年を見る。
「何でフラれたか、分かる?」
「え?」
“唐突に何ですの?何でフラれたかって?そんなの、トール様がシルフィーナのことを好きになったから…
うーん、何か違うような…”
ルイスが答えを見つけられずに黙っていると、青年は愉快そうな笑みを浮かべて彼女の答えを待っている。それがルイスには無性に腹立たしかった。
「分からなかったからと言って、何だと言うの?」
「分からないと、君、このままだよ?」
「なにか問題でも?」
「あらら、これはまた重症だね。」
「さっきから何ですの?名乗りもせずに、失礼ではなくて?」
ああ。と、青年は納得したようにルイスの目の前まで来ると、膝をついて彼女の手を取る。
「これは失礼しました、レディ。私のことはどうかリュカとお呼びください。」
そう言ってリュカはルイスの手の甲に軽くキスをする。これは、この国の正式な挨拶だ。だが、ルイスは慣れない挨拶に戸惑いを隠せなかった。
「婚約者がいたのに、こう言うことは慣れていないんだね。」
「そ、そんなことないわ。ちょっと、驚いただけよっ。」
本来であれば婚約者がいるのだから、成人していなくても婚約者の付き添いで社交場に行くものなのだが、ルイスはトールと社交場に行くことなどほとんどなかった。
それどころかトールに触れられることも、全くと言って良い程なかったのだ。トールはルイスにそう言うことは求めて来なかった。女の子は美しく気品がなければいけない。おしとやかさが必要なのだと教えられてきた。ルイス自身それが正しいと思っていたし、大切なことなのだと感じている。
だけど、そんな気品のある令嬢を演じるのは大変で、彼が向けてくれる優しい笑顔だけがルイスの励みだった。
トールはルイスの初恋だった。
だけど、それはこんなにも簡単に終わってしまったのだ。あの、シルフィーナが現れたせいだ。ルイスはそう考えていた。
「ねぇ、ルイスは変わりたいと思わないの?」
「変わりたい?なぜ?」
今回のことでシルフィーナを恨みこそすれ、自分を変えようなどと一つも思っていない。
「ふむ…聞き方を変えようかな。今日の出来事で、なんで誰も君の味方にならなかったか、分かるかい?」
「分からないわ。」
それが分かれば苦労しない。と、ルイスは思う。
「それは、君の味方になろうと思わなかったからだよ。」
「それってどういう…」
「つまり…そうだなぁ…君の性格が悪くて、心の中では皆が君のことを好きではなかった。と言うことだよ。」
「あなた、ハッキリ言うわね。」
「そうでもしないと、ルイスには伝わりそうになかったから。」
ルイスはここで初めて、この遠慮なしに言葉を発するリュカという青年をちゃんと見た。彼は身長が高くてスラリとして、トールとは違った雰囲気の人だった。少し青みがかった黒髪に空のような青い瞳が、美しいと感じさせている。
そんなことを思って、ルイスは邪念を払うように頭を左右に振った。今はそんな悠長なことを、考えている場合ではないのだ。
「私、間違ったことはしていなくてよ。」
「本当に?」
「ええ。」
「じゃあ、聞くけどルイスは、マナーを守れない人をどう思ってる?」
「貴族社会に不要な人間。」
ルイスの答えにリュカはやれやれとため息をついた。
「そう言う人に君は何をしてきたかい?」
「マナーを教えたわ。」
「その時に何か言わなかった?」
「…こんなことも習わなかったのか、と聞きましたわ。」
再びため息をつかれてしまう。
“何か変なことを言ったかしら?”
ルイスにとってはリュカがなぜそんな反応をするのか、疑問でしかなかった。
「あと、爵位についてだけど、爵位が下の者から話しかけてはいけないと、思ってない?」
「ええ、もちろんよ。どんなことがあっても、下の者が上の者に挨拶以外で声をかけてはダメよ。」
「婚約者とルイスは爵位が違うよね?ルイスから声をかけないってこと?」
「当たり前でしょ。」
ルイスは伯爵家で、トールは侯爵家。名前を呼ぶのも本当であれば敬意を払う必要がある。だから、ルイスはトール様と呼んでいるのだ。
「ルイス、それ、もう古いから。」
「古いですって?」
「そう、その考え方が古いんだよ。」
“古い?妃教育で習ったことなのに?”
「それは一昔前の貴族社会だよ。今は、差別を失くすために、爵位は職務上のみのもので、普段は平等なんだ。」
「だからって、なぜ私が変わらなければいけないのよ?」
「シュヴァリエ家は確か、爵位の剥奪の危機にさらされているよね?」
「どこでそれを…」
「それは教えられません。」
口許に指を当てて教えられないと言うリュカは、何だかキザっぽく見えた。
確かにルイスの家は、爵位の剥奪の危機に貧していた。そんな中、トールは珍しく、婿入りを承諾してくれたのだ。これで家は安泰だと思っていたのだけど、シルフィーナという邪魔物のせいで、それも危うくなっていた。
「とにかく、貴女は婿入りを取り消されてしまうと、困る訳ですよね。」
「そ、そうよ。そのこと…」
「誰にも言いませんよ。その代わり、僕の言うことを聞いてもらいますよ。」
そう言うことかと、ルイスはリュカを睨み付ける。
「そんなに怒らないでください。可愛い顔が台無しですよ。」
「よ、余計なお世話よっ。」
可愛いなんて言われたの何年ぶりかしら、と、ルイスは心の中で動揺した。お父様やお母様にメイドたちはよくそう言ってくれるけど、それ以外で言われるのは初めてだったのだ。トールもそういう言葉はくれなかったから。
そんなことを考えていると、リュカはニコリと微笑む。その笑顔は素敵なのだけれど、今のルイスには恐怖を与えた。
「これは、ルイスのためにもなると思うけど。」
「何をさせる気?」
「なに、簡単なことだよ。親友と呼べる人を一人作ること。」
「はい?」
「今のあなたに取り巻きはいるけど、親友はいないでしょう?」
「勝手に決めつけないでっ!私にだって親友の一人や二人…」
と考えて、誰も思い付かずルイスは言葉が続かない。確かに、彼女について来る者はいたけど、家や婚約者の影響が大きい。つい先程、誰も彼女の味方になる人はいなかったし、それが何よりの証拠…。
「いないですよね?」
「でも、そんな簡単に出来るものなの?」
「はい、貴女が変われば…」
そう言って、リュカはルイスにいくつかの約束をさせた。一つは、爵位など気にしないで人と接すること。二つ目は、困っている人は助けること。三つ目はどんなに嫌なことがあっても、手は上げないこと。
この中で一番難しそうなのは、一つ目だった。両親からいつも候爵であることに誇りを持つこと、他の貴族に蔑まれないようにすることを言われてきた。それに、トールからも皆の見本となるようなレディになるようにと、日々言い聞かせられてきたのだ。
「爵位を気にしないで話すって、どうすれば良いの?」
「簡単ですよ。今、私と話しているみたいにしていれば良いのです。」
「これは、貴方だからできるのよ。簡単に言わないで欲しいわ。」
何故かルイスの言葉に、少し嬉しそうな表情を見せるリュカ。
「そう言えば、リュカの家名は?」
「それは、お答えできません。」
「何それ?」
「だって、爵位を知ったらこんな話し方、しなくなってしまうでしょうから。」
“つまり、私より上か下ってことかしら?”
と、ルイスは思うが口にはしなかった。リュカの言う通り、彼には素の自分で話ができていたので、何だかそれを壊したくないと思ったのだ。
とりあえずは、困っている人を助けるところから始めると良いよと言われて、ルイスは次の日から実践に移した。今日は普段歩かない校舎を歩いてみることにした。昨日の事件からルイスの印象は最悪のようで、教室に居ればヒソヒソと噂された。そんな教室にいるのも辛かったので、丁度よい気分転換になりそうだと校舎を歩く。
「ただ、リュカの言う困った人なんてそんな簡単に…って…いたわ。」
ルイスが呟いていると、茂みの奥で何か探し物をしている少女を発見した。ショートカットの赤毛が印象的な少女は、何かを一生懸命に探している様子だった。
「何か落とし物ですか?」
「ひっ!」
ルイスの声に少女は驚き飛び上がる。後ろから突然声をかけたのは悪いと思ったが、そんなに驚かなくても良いのではとルイスも驚いて胸に手を当てた。
「あ、侯爵にフラられた…」
ハッと口を手で押さえる少女は、申し訳なさそうな顔をしている。つい口をついて出てしまったのだろう。だから、ルイスは小さくため息をついて、今のを聞かなかったことにした。
「何か探し物かしら?」
「えっ?あ、はい。参考書を落としてしまって。」
「それなら、落とし物案内をしてくれる部署に行けば…」
『ルイス、それじゃダメだよ。』
「えっ!?」
「ど、どうかしましたか?」
“いや、どうもなにも…これ何?頭にリュカの声が聞こえて…”
『魔法でルイスの頭に直接話しかけていますよ。』
聞くよりも先に答えをくれるリュカ。
これは基本的な通信魔法の応用で、届けたい相手に直接頭の中に声を届けるというものだ。応用と言ったが、本来であれば、話した内容を伝えるだけの機能で、イメージは手紙を頭の中に直接送り込む感じ。
だけどリュカはそれを応用して、会話まで出来るようにしていたのだ。それならと、ルイスも呪文を急ぎ唱えて魔法を発動させる。少女には気づかれないように。
『魔法って、あなたね…勝手にかけないでちょうだい。』
『さすが首席。もう対応して魔法をかけたんだね。素晴らしい。』
『こ、こんなの普通よ。それより何よ急に。』
『せっかくのチャンスですよ。落とし物案内に行けば良いんじゃない?なんて、それで終わりじゃないか。なら、一緒に探すよくらい言ったらどうです?』
何だかリュカにそれを言われるのはしゃくだったが、それもそうかと考え直す。目の前の少女はルイスが何も言わないので不安そうにこちらを見ていた。
「ごめんなさい。ここで探しているということは、ここで落としたのかしら?」
「いえ、どこに捨てられたか分からなくて…」
「捨てられた?」
「あ、いえ…」
「何か事情がありそうね。話してごらんなさい。」
ルイスは腰に手を当てて、高飛車に出るのだった。
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