魔法の講師をお願いしたら、国で一番の魔道師が来てしまいました②
更新:2022.9.17
結局、クルス様のお誘いを受けた私は、今、人生で最大の問題にぶち当たっていた。
着て行く服がない!!
実際にはあるのだが、何を着たら良いのか分からないのだ。
「うーん…」
「どうしたのアリシア。そんな難しい顔して。」
「ルーシア姉様!今日はこちらに帰っていらしたのですか?」
「ええ、結婚の準備も落ち着いてきたから、たまにはこちらでゆっくりと思ってね。そしたら、アリシアが夕食にも顔を出さないんだもの。どうしたのかと思って、心配したのよ。」
「ご、ごめんなさい。ちょっと、悩み事が…」
「悩み事!?アリシアが?なになに、どうしたの?」
何だかとても楽しそうなルーシア姉様を見て、私は何だかホッとする。彼女は結婚の準備に追われて、日々を忙しくしていた。だから、ほとんど婚約者の家におり、こちらには戻っていなかったのだ。
だから、久しぶりに顔を見て何だか安心する。
「…明日、出掛けるのだけど、その服を…」
「デートね!相手はイルシュ?なんだかんだ言っても、仲が良いのね。」
「ち、違うの。」
私の言葉にルーシア姉様は、一瞬驚くが、すぐに楽しそうにニヤニヤと笑う。
「じゃあ、だぁれ?」
「クルス様。」
「クルス様?って、ランドール家の?」
コクンと私が頷くと、ルーシア姉様は何だか嬉しそうな顔をした。
「なら、私が服を選んであげるわ。任せて頂戴。」
そう言って、ルーシア姉様は数刻かけて、私を着せかえ人形にして遊んだのだった。
次の日、私の心は朝からそわそわしていた。何だか落ち着かず、部屋でうろうろと歩き回っている。
「お嬢様。…どうされたのですか?」
「い、いえ、落ち着かなくて…それよりどうしたの?」
答えるとメイドは、微笑んで私を見る。
「クルス様がお見えになりました。」
「ありがとう。今向かうわ。」
返事をすると、私は急いでエントランスへと向かった。
「ごきげんよう、アイリス様。」
「ご、ごきげんよう、クルス様。」
エントランスで待っていたクルス様は、眩しい笑顔で私を出迎える。今日は普段着ている王宮用の制服ではなく、私服姿でいつもと違う雰囲気だった。何だか、余計に落ち着かなくなる。
「では、行きましょうか。」
そんな私とは違い、クルス様は慣れた様子で私の手を取りエスコートしてくれる。私の緊張なんてお見通しなのだろう。余裕な雰囲気に私は自分が子どものように思えてくる。
「今日は楽しみましょうね。」
ニコリと微笑まれたら例え恋人でなくてもときめいてしまう。そんな私の心の葛藤なんて気づいてもいないのだろう。クルスは馬車に私を乗せると、向かいに自分も座った。
目の前に座られて、その姿を見れば見るほど、私の心は早鐘を打って落ち着かない。
「どうしましたか?私の顔に何かついてます?」
はて?と、首をかしげるクルス様を見た。
「い、いえ」
私は思い切り首を左右に振って否定した。
「綺麗なお顔だなぁ…と…」
私は思ったことをそのまま口にしてしまって、失言だったとハッとなった。
「私の顔がですか?」
「ご、ごめんなさいっ…」
私は何を言ってるんだ!?本人目の前にして、綺麗だなんて、女性ならともかく、男性に向けて使う言葉ではなかったと謝罪する。
「良いんですよ。誉めてくださったのでしょう?」
問われて私が頷くと、クルス様は優しく笑った。本来、男性に対して綺麗な顔とはあまり言わない。綺麗という単語は男性に喜ばれないのだ。
「ありがとうございます。」
「へ?」
「普段、この顔をからかわれることはあっても、誉めてもらうことはなかったので何だか新鮮です。」
「え?誉められない?女性の方が放って置かないですよっ。こんな美形っ!」
私はハッとなり、また口を滑らせたと手で口を覆い隠すが、もう遅い。恐る恐るクルス様を見ると、クスリと笑われてしまう。
「貴方のような素直な方は、初めてです。」
「ご、ごめんなさい。」
「いえ、私は嬉しいのですよ。こんな風に話せる方は、王宮にいませんから。」
「そうなのですか?」
「ええ、皆、腹の探り合いです。」
確かに王宮では権力争いが絶えず、大変だと父からよく話をされた。だけどクルス様は国王直属の魔道師だから、そんな悩みとは無縁なのかと思っていたのだが、どうやら違うようだった。
「まぁ、そんな話は止めて、今日はデートを楽しみましょう。」
「で、デートっ!?」
「冗談ですよ。」
クスクスと笑うクルス様が私をからかったのだと分かり、私は頬を膨らませたのだった。
街は人々であふれて賑わっている。どうやら今日は街のお祭りのようだった。
「すごいですね。」
「祭りなのは知っていたのですが、ここまでとは…はぐれないようにしないといけませんね。」
ニコリと笑って手が差し出される。私は訳が分からず首をかしげると、クルス様は私の手を握った。
「これで迷子になりません。」
「えっ、クルス様!?」
「ほら、行きますよ。」
引かれて歩く大通りには、たくさんの屋台が並んでいて食べ物から雑貨に服と、色々なものが売られていた。また、売り物だけではなくて、サーカスのような集団も来ていて芸を披露している。
「すごい!こんなに色々なものがあるんですね!」
「お祭りは初めてですか?」
「ええ!危ないからと許可が下りなくて…一度来てみたかったの…あっ、来てみたかったんです。」
興奮して私は口調が崩れてしまったことに、慌てて訂正した。するとクルス様は気分を害するどころか、楽しそうに笑ったのだ。
「そのままで、構いませんよ。」
「ま、まさか、そんな訳にはいきません。クルス様が丁寧な言葉なのに私だけ崩せませんよ。」
私が正直に言えば、クルス様は困ったように笑う。
「私のは癖のようなものなので、気にしないでください。…と、言っても難しいですかね。」
クルス様の言葉に私が頷けば、彼は何か考えているようだった。
「なら、これでどうかな?アリシア。」
「えっ、へ?は、はい。」
驚きで変な返事になってしまえば、クルス様は楽しそうに笑うのだ。
「クルス様、からかわないでくださいっ。」
「からかってないよ。ほら、私がこうすればアリシアも口調を崩してくれるのでしょ?」
「そ、そんな約束はしてませんよっ!」
慌てて答えれば、クルス様はとても残念そうな顔をした。それは小動物のように弱々しくて可哀想になってくる。
「わ、分かったわよ…これで良いでしょ!」
「名前は?呼んでもらえないの?」
「あーもう、クルスは頑固ね!」
半分自棄になって声をあげれば、クルスはとびきりの笑顔を見せたのだった。それは周りの女性たちを虜にするのに十分すぎる程、魅力的で可愛らしかった。
そんな友達のようなやり取りをしながら町を散策していたら、私は一つの店に目が止まる。アクセサリーの店のようだが、普段見ないような少し変わったデザインのものが売られているのが気になったのだ。
「あれは魔具だよ。」
「魔具?アクセサリーじゃなくて?」
「まぁ、アクセサリーのようなもので間違ってないよ。身に付け使用するからね。それに、アリシアが知らないのも仕方ないよ。貴族は魔力量が十分備わっているから、使わない人が多いんだ。魔具の存在自体知らない人もいるんじゃないかな。」
「そうなの?」
「ええ、基本的に皇族や貴族は、魔力に長けている血筋が多く、ああ言うものに頼る必要がないんだ。」
「魔具とはどんなものなの?」
「その種類は様々。魔力を増強するものから、制御するもの。また、自分の属性とは違う魔法が使えるものもあると言われてる。もちろん、無限に使えるわけではないけどね。ただ、闇市でも売られることが多いから、国ではかなり厳しく取り締まりをしているんだよ。」
「へぇ…」
「…ところで、お腹すかない?」
クルスに言われ、私は頷く。昼も過ぎた頃で、朝は緊張であまり食べていなかったせいか、丁度良くお腹がなってしまった。私が恥ずかしさで頬を染めると、クルスは楽しそうに笑う。
「何か買ってくるよ。」
祭りの賑わいから少し離れた広場までくると、そこにあった椅子へ私を座らせてから、クルスは大通りへと一人行ってしまう。
広場では子供たちが走り回り、楽しそうな声が聞こえる。風も気持ち良く、お昼寝したら気持ち良さそうだなぁ…なんて思う。
昔はよくイルシュと街に来て遊んでいたのだが、今はもうほとんど来ることがなかったので、久しぶりの街はとても楽かった。
「はい、どうぞ。」
少しして戻ってきたクルス様は、両手にいっぱいの食事と飲み物を持っていた。
「ありがとう。」
そう言って受け取ったのは、小麦粉で練り上げた生地に、野菜や肉を巻いたもので、歩きながらでも食べられる用に工夫されている料理だった。祭り用なのだろう。
一口頬張ると、少しピリ辛のソースが口の中に広がる。蒸した肉はさっぱりとしていて、ソースとよく合っていた。
「これ、美味しいっ。」
「フフ…付いてるよ。」
言われて私はクルスに指で頬を拭われる。子供みたいにはしゃいでいる自分が急に恥ずかしくなり、頬が熱くなる。
「私、子供みたいよね…」
「そんなこと気にしてるの?可愛らしくて、私は好きだよ。」
「好き!?へ?嘘でしょ?か、可愛い?私が?」
突然の言葉に、私は驚きで何も言えなくなってしまった。
「ええ、とても。それに先程は言いそびれてしまったけど、今日の服もとても素敵です。」
「へ?」
「講義の時の服も似合っているけど、こちらも可愛らしい。」
一瞬、クルスが何を言っているのか、理解できずキョトンとしていると、クスリと笑われてしまう。
「やっぱり、アイリスは魅力的な人だ。」
言われなさ過ぎて私は反応が遅くなる。一気に頬が熱くなり、手で頬を隠した。
それを見ていたクルスはそう言って、とても楽しそうに笑うのだった。
「あ、そうだ。…はい、これ。」
思い出したように、クルスはポケットから何かを取り出した。差し出されたのは赤い花の髪飾りだった。
「綺麗。」
「アイリスの魔法に役立つアイテムだよ。」
「さっきの魔具ってことですか?」
「効果があるかはアイリス次第かな。」
私は髪飾りを受け取り、眺める。それは、とても繊細な作りをしていて、何だか着けるのがもったいない気がしてしまうが、クルスに着けるよう促されて、私は髪飾りを着けてみる。特に変わったことは起こらなかった。私に似合っているか分からず、おどおどとしていたら
「大丈夫、とても似合っているよ。貴方のブラウンの髪と瞳の色に合ってるね。」
と、言ってくれた。
心でも読めるのかと思ってしまうくらい、欲しい言葉をくれるクルス。その言葉一つ一つに、何でこんなに胸が苦しくなり頬が熱くなるのか、この時の私には分からなかった。
恥ずかしさでうつ向いているところに、大きな音が耳に届いた。まるで何かが爆発したような音。驚いて音の方を見ると、煙が上がっているのが見える。慌てて隣を見ると、クルスは立ち上がりそちらを見ていた。
「街の中心からのようです。魔具の暴走かもしれません。」
「えっ」
「行ってみましょう。」
私の手を引いて走るクルスはかなり早い。私は足が縺れて、転びそうになる。そこに、風が後押しするように吹いた。おそらくはクルスの魔法だろう。私の身体は風でふわりと持ち上がる。それをクルスが抱き止めると、そのまま肩に抱き抱えられる。
「ちょ、ちょっと、クルス!?」
「少し辛抱してね。」
どこにそんな力があるのかと驚くぐらい、軽々と私を持ち上げるクルスは、スピードを落とすことなく走り続けた。
「あれだね。」
「あれは…?」
やっと解放されて言われた先を見ると、何かが白く輝いていた。
「雷の魔力を付与された魔具のようだ。やはり暴走してる。」
「暴走?」
「ええ、どうやら質の悪い魔具だったみたいだね。」
「質の悪いって…ど、どうすれば…」
「うーん、方法はいくらでもあるんだけど…アイリスはここで待ってて。」
「えっ?ちょ、ちょっと!」
戸惑う私を置いて、クルスは暴走した魔具の方に行ってしまった。
仕方なく私は言われたとおりに、大人しく待つことにして遠くから様子を伺う。
さすがに慣れたもので、クルスは兵士へと指示を出し、人々の避難をさせながら周りに風の結界を張っていく。周りの避難が済むと、何やら呪文を唱え始めた。その間にも雷が落ちるが、全て風の壁に阻まれている。
「『闇よ。』」
力ある言葉に反応するように、魔具の目の前に真っ黒な玉が生まれる。それを魔具に向かって放つ。魔具にぶつかると、暴走していた魔具はパンッと飛び散って塵となった。さすが、宮廷魔道師。汗一つかいていない。
終わったとクルスがこちらを見て、その顔色を変えたのが分かった。何かと後ろを振り向こうとして、眩しい光に目を細める。
ザンッ!
光に目が馴れ視界が戻ると、私は頭が真っ白になった。目の前にクルスが倒れているのだ。
雷に打たれたように所々焦げている。意識はあるようだが、すぐには動けそうもない様子。
「やったか?」
「一撃で仕留めろって言っただろうが!!」
「で、でも、相手は宮廷魔道師だから、俺たちの魔法じゃ…」
「バカやろう!だから、魔具を使ってんじゃねーかよ!」
私と少し離れた所に、二人の男が立っていた。一人は小柄で、おそらくは雷撃を放った人物。もう一人は、氷の槍を手に準備して、こちらを警戒している。
私がクルスの様子を見たくて動こうとした時、男は私に向けて氷の槍を投げた。
「っ!」
槍は私の真横を通り過ぎたが、頬をかすったようで痛みが走る。
「お嬢さん悪いが動かないでもらおうか。俺たちはそこの宮廷魔道師様に用があるんだよ。」
「何が目的ですか!?」
「そいつらのせいで、俺たちの商売上がったりで。だから死んでもらうのさ。」
「なっ…」
「巻き添えになりたくなきゃ、さっさと逃げな。」
そう言って男は再び氷の槍を出現させた。それは、クルスに狙いを定めている。私は咄嗟に倒れている彼に覆い被さった。
「悪いが俺たちも本気なんでな。逃げないなら二人であの世に行ってもらうぜ!」
言って男は氷の槍をこちらに向けて放つ。だが、それは私に届く前に、風で吹き飛ばされた。
「く、クルス!?」
ゆらりと起き上がる彼は、男たちの方を見据える。
「次、彼女に指1本でも触れたら、消し炭にします。」
ゾッとするくらい冷たい声。恐る恐る顔を上げクルスの顔を見て、私の背筋は凍った。いつものような微笑みは消え、殺気のような怒りの感情が露になっている。
「『ら、雷撃』」
余程怖かったのだろう、小柄な男が涙目になりながらも、雷撃をこちらに向けて放った。だが、直撃する寸前で、目の前に強風が吹いて、あっさりと雷撃を払い除ける。そこに続けて、水の矢が襲いかかるが、今度は一瞬で蒸発してそれは消えた。
「ど、どうなってんだよ!なんで、水が火に負けるんだよっ!」
「『炎よ』」
クルスの静かな声に反応して、彼の目の前に火の玉を出現する。だが、それは先程までの比ではなく、飛んでもない魔力を帯びているようだった。
「く、クルス!」
「…。」
「私なら大丈夫!だから、止めて!」
「…。」
聞こえていないのか、彼は魔法を二人の男に放った。男たちは慌てて逃げるが間に合わない。火の玉は二人を飲み込むと、体に火をつけ轟々と燃える。二人の悲痛な叫び声が耳に届いた。
「クルス!!」
その声でやっと我に返ったのか、クルスは燃える男たちを見てハッとしたようだった。慌てて風の魔法で、炎を吹き飛ばそうとするが、より一層火の威力を増すだけ。
「…また私は…」
どうしようもないことに、全てに絶望しような顔をするクルス。そんな彼を私は見ていられなかった。
「『…水よ!』」
私は魔力が暴走しないようにと願いながら、唱えた水の魔法を二人めがけて解き放つ。先程は簡単に風を吹き払った炎が、私の水魔法の前ではあっという間に、その威力を弱めて消えていく。
全てが消えた時には、焼け焦げた塊が二つ転がった。
ダメだったかと諦めかけて、その指先がわずかに動くのを捉えた。
「『光よ!』」
私の言葉に二人を光が包み込む。それは、彼らを癒し、焼け焦げた跡も全てを消し去る程の魔力を帯びていた。どうやらコントロールできたらしい。私はそれを見てホッと安堵の息をつく。
だけど、徐々に視界が霞み、そのまま意識が遠退いた。
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