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星空の約束 ②

 次の日、目が覚めたのは太陽が天に昇った昼頃。普段ならあり得ない寝坊に、私は慌てて屋根裏から階段をかけ降りて、足を踏み外してお尻を強かに打ちつける。


「クックック…そんなに慌てなくとも良い。」

「す、すみません。寝過ごしてしまって…」

「ここでは基本的に自由にして問題ない。朝食を準備するから、身支度を整えて来るとよい。」


 エルヴァに言われて初めて自分の髪がぼさぼさなことや、寝間着のままだったことを思い出して、私は顔から火が出る思いだった。


 朝食を取った後は、エルヴァと一緒に家の掃除を行った。彼の魔法でほとんどは綺麗だったのに、何故かと不思議に思っているとエルヴァが答えてくれる。


「魔法に頼りきりというのも良くないのじゃ。それに、たまに自らの手で掃除をすると、色々な発見もある。」

「発見ですか?」

「そうじゃとも。失くしたと思っていたものが見つかったり、はるか昔に読んだ本が出てきたりして、なかなかに楽しいぞ。」


 本当に楽しそうに話すエルヴァを見ていると、私もなんだか楽しくなってくる。

 掃除はいつも使用人に任せていたので、やり方なんて知らなかったけど、エルヴァが教えてくれる。一緒に作業するのは楽しくてあっという間に時間が過ぎて行った。


「掃除はこんなもんじゃろ。ルネ、昼食を取ったら、魔法を教えようかの?」


 魔法という言葉に、ピンと背筋が伸びる。


「はい!」

「元気があってよろしい。」


 そう言ってエルヴァは愉快そうに笑った。



 昼食後、エルヴァと私は森の中へと向かった。少し広くなった場所を見つけると、エルヴァは私を座らせて講義を始める。


「今日は魔法についての勉強からじゃ。魔法のことを知らなければ扱えるものも使えんからのう。」


「はい。」


「では、ルネ。魔法はどうやって使うか知っておるか?」


「はい、呪文を唱えて体内にある魔力を消費して使います。」


「ふむ、人間界ではそう教わっておるのじゃな。」


 エルヴァの言葉に私は首をかしげる。


「魔族は違うのですか?」


 私の問いにエルヴァは頷いて、どう説明しようかと考えている様子だった。


「簡単に言うとじゃな。魔族は呪文を唱えない。」


 エルヴァの答えに私はぽかんとする。呪文を唱えない?ではどうやって魔法は出現するんだ?と、考えてもどんどん頭が混乱するばかりで答えが見つからない。


「イメージするんじゃよ。火の魔法なら火をイメージする。うーん、見せた方が早いかの。」


 エルヴァはそういうと手を突き出して人差し指を立てた。


「この指を蝋燭だとイメージする。正確にはろうそくの先の火をイメージするんじゃ。同時に魔力をここに集中させる。」


 エルヴァの瞳が少しだけ赤く輝いたと思ったら


 ボッ


 と、指の先に小さな火が灯る。驚いて見ていると、エルヴァが微笑む。


「で、これを大きくするイメージをするとじゃな…」


 火がどんどんと大きくなっていく。そして、エルヴァの頭と同じ大きさまで火は大きく膨れ上がった。


「熱くないのですか?」

「術者は熱くないぞ。でないと、自分の魔法でケガをしてしまうからの。」


 それもそうかと思いながらも、私は指を火に近づける。暖炉を囲むような温かさを感じて、本物の火なのだと実感する。

 思わず触れそうになると、その火は一瞬で消えてしまった。


「黒焦げになるぞ?」

「すみません、つい。」


 まぁ良いと、エルヴァは特に怒った様子もなく話を続ける。


「では、魔力はどうやって授かるか知っておるか?」

「え?それは5歳になったら授かるんじゃないんですか?」


 私の答えにエルヴァが少しだけ驚いた顔をする。


「人間はそんなことも知らんで魔法を使っておるのか。呆れたものじゃな…」


 やれやれと頭を左右に振りながらため息をつくエルヴァ。


「良いか、魔力というのは月日を重ねて育まれた心が生み出すものなのじゃ。そうじゃの…例えば美味しい料理を食べたり、美しい景色を見たりして感動するじゃろう?」


 私は意味が分からず首をかしげると、エルヴァはそういうものなのじゃ。と、押し切って説明を続ける。


「その感情が貯まると魔力になるのじゃ。」

「それだと、魔力の量って人によって変わりませんか?」

「そうじゃとも。」

「でも、人間の魔力は基本的に一定のはずです。」

「それは人間の貯められる魔力量が少ないからじゃ。いくら貯めたくても貯めておく場所がなければ、どんどんあふれ出て行ってしまう。だから、人間の魔力は一定に見えるという訳になる。例えばの話じゃが、魔力を無尽蔵に貯められる者がおっても、感情を押し殺して生きていたら魔力は貯まらないということじゃよ。」


 私は目から鱗が落ちる思いだった。エルヴァの説明はとても分かりやすく、私は彼の講義を楽しんだ。


「そろそろ暗くなるからの。今日は終いじゃ。」


 名残惜しかったが、森が暗くなると怖いのは昨日のことで身に染みて分かっていたので、私は素直に家に戻った。

 夕食の準備を手伝い、同じ食卓に着く。テーブルが狭いので向かい合わせで食事をとる。

 自分の家でこんなことはなかったので、目の前に人がいる中で食事するのがすごく不思議な感覚だった。


「何じゃ?わしの顔に何かついているかの?」

「い、いいえっ。」


 また不躾に見てしまったと、慌てて首を左右に振る。


「こんな風に人と食事するのが初めてだったので、なんだか楽しくてつい。」

「人ではないがな。」


 エルヴァは少しだけ寂しそうな顔をして笑う。


「関係ありません。私にとってはこうやって、エルヴァと食事をとれるのが楽しいって思ったのです。」


「そうかの…そうじゃな。わしも誰かと話しながら食事するのは何百年ぶりじゃから、とても楽しいぞ。」


 エルヴァの言葉に私は手にしていたパンを落としそうになる。


「エルヴァ、今なんて?」


「誰かと話し…」


「そこじゃなくてッ。何年ぶりって?」


「正確には覚えておらん。」


「うーん、エルヴァは何歳?」


「多分200歳は越えておるぞ。」


 私は今度こそ手にしたパンをテーブルの上に落としたのだった。


 話を聞くと、魔族は基本的に寿命という概念がないそうだ。老衰ということがないからだということだが、死なない訳ではないという。

 争いの絶えない種族であるために、戦いの中で死ぬことが多いのだとか。


「エルヴァは、争い事とかしなさそうだけど」


「好きではないのう。」


「そうしたら、天寿を全うしそうだよね。」


「…そうじゃの。そうしたら魔族初じゃぞ。」


 彼に重くのし掛かっていたものが、消えてなくなった。そんなような表現が当てはまりそうな、エルヴァは屈託のない笑顔を見せた。



 それからも私は日々エルヴァに魔法を教えてもらいながら、生活に必要なことも学んだ。

 エルヴァと出会って一月が過ぎた頃には、家事を一通り出来るようになっていた。

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