星空の約束 ①
5歳になると魔法が使えるようになる。
ルネもそれが待ち遠しくて迎えた誕生日。
今か今かとその時を待ったが、それは訪れなかった。
魔法が使えないルネに、家族までもが彼女を見捨てた。自分がいなければ良いのだと思った彼女は、家を出ることを決意したのだ。
全4話の短編です。
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更新:2022.4.17
この世界では5歳になると魔力が出現する。それは、赤子がいつの間にか立って歩けるようになるのと同じで、どうやってなのかとか理由は分からない。ただ、それが人間にとって当たり前の事だった。
だから私も5歳誕生日を迎えた日、今か今かとその時を待った。こんな魔法を使ってみたいとか、 魔法でこんなことをしてみたいとか、その日だけは普通の子供のようにわくわくしていたのを覚えている。
だけど…
私に魔力が現れることはなかった。
「…ルネ様。魔力がないそうよ。」
「ええっ?まさか。」
「そうなのよ。私も先程そう聞いて、驚いていたところですのよ。」
噂はたちまち広がり、私が学校へ行けば、ひそひそとその話しをする声が聞こえてくる。昨日まで仲良く話していた友人ですら、私を遠ざけた。そんな私が学校に通うことすら出来なくなるのに、そう時間はかからなかった。
だけど、家にいれば顔を合わせる度に父と母が揉め始める。内容はもちろん、私に魔力が出現しなかったことだ。
毎日、母が嘆いて父が頭を抱える。誰が悪いのかと父が言い出し、母はヒステリックになって涙を流す。
きっと、
私がいなければ両親は悩まないのだろう。
10歳になった私はそう考えた。
夜中、皆が寝静まった頃に、まとめていた荷物をベッドの下から取り出すと、私は一人で屋敷を出た。
静まり返った街中を歩いて、門の前にたどり着く。そこを出れば外の世界。獣や魔物などがいる危険な場所だ。だからこそ大きな鉄の扉は、どんな魔物の攻撃にも耐えるように造られていた。
そんな頑丈な扉はもちろん門も閉じられていて、私の力では開きそうにもなかった。魔法が使えれば開けることも出来たのだろうが、生憎と魔力はない。
私は扉から出るのを諦めて街を囲む壁に沿って歩く。少しして壁に沿って木箱が積まれた場所に着いた。その木箱の端にポツンと置かれた大きな壺を退かす。
すると、そこの壁には小さな穴が空いており、私くらいなら通れる大きさがある。まずは背負っていた荷物を下ろして、穴に押し込める。ギリギリだったが、なんとか荷物は通り抜けた。
次は私の番だと、スカートの裾をたくしあげて、腰の位置で縛り付ける。手を掛けてくぐれば、案外すんなりと通り抜けられた。
そうやって私は街の外へと出たのだった。
物語に出てくる森は、風に揺れる木々の音や木漏れ日が心地よく、夜は虫たちの奏でる音色や月明かりに照らされた湖が幻想的だと書かれていることが多い。だけど、実際の森は想像以上に騒がしいと思う。そし虫の声や風の音など、美しいと表現されるそのどれもが不気味に聞こえて、私の背筋を凍らせていた。
月の光が差し込んでいて、夜でもそこまで暗くはなかった。だけど、獣の声が聞こえる度に私は足がすくんで歩けなくなる。物音がすればビクリと心臓が飛び跳ねるのだ。
野宿しようにも暗い森では小枝を探すことが難しくて火を起こせなかった。もっと知識を身に付けて、何が必要かを考えておけば良かったと思う。だけど今更そんな後悔をしても、もう遅いのだ。
カザッ
少し先の茂みが動き、ドキッと心臓が跳ねる。逃げたくても、足がすくんで動けなくなってしまった。すると、今度は獣の唸り声も聞こえてきて、恐怖に足が縺れた。地面にお尻を打ち付けて痛いのだが、そんなことを気にしている場合ではない。一刻も早く逃げなければと、頭では分かっているのに動くことができなかった。
グルルゥ…
涙で視界が霞む。ボヤけてよく見えなかったが、獣のような姿を捉えて、私は恐怖に目を閉じた。
「なんじゃ?人かの?」
「え?」
人の言葉に私は戸惑った。獣と遭遇したと思ったのに聞こえてきたのは、少年のような声だったからだ。私は恐る恐る目を開く。
すると目の前には、暗闇に溶けてしまいそうな黒の塊が映る。ビックリして心臓が止まるかと思ったが、よく目を凝らして見ればそれが黒を基調とした服なのだと分かる。あまり見ないデザインの服だから、一瞬人だと分からなかったのだろう。そんな独特な服を身に纏っているのは、少年で不思議そうに私を見ている。私が動揺してなにも言えず少年を見つめていると、少年が口を開いた。
「どうした?迷子かの?」
「わ、わた、わたし…」
「ふむ…とりあえず落ち着いた方が良さそうじゃの。すまぬが話は後でも良いかの?」
少年はそう言うと、ヒョイと私を軽々持ち上げて横抱きにする。そしてそのまま宙に浮いた。驚きで声を上げそうになるがなんとか手で押さえて叫ぶのを堪えた。
「慣れないうちはしゃべるでないぞ。舌を噛むといかんからな。」
言われて、私は開きかけた口を閉じた。頭だけを動かして下を見れば、真っ暗な闇が広がって見える。こんな所から落ちたら一溜りもない。そんなことを考えたらゾッとして身震いをすれば、少年が腕に力を込めた。
「大丈夫じゃ。落としたりはせん。」
ニッと無邪気な子供のような笑顔を見せる少年は、ほれ。と、上を見るように促した。つられて視線を上に向ければ、そこには無数の星が輝いている。いつも自分の部屋から見上げた星より近く感じて、キラキラと輝いているように見えた。
「美しいじゃろ?」
言われて頷けば満足そうに満面の笑みを向けられた。
美しい景色に激しかった心臓も落ち着きを取り戻せば、今度は色々な疑問が生まれた。
なぜこんな森の中に少年がいるのか?なぜ空を飛べるのか?なぜ、彼の瞳は赤く光って見えるのか?
他にも疑問は色々あったが、私は言葉にせず静かに少年の顔を不思議な気持ちで見つめていた。
「そんなに見つめられると照れるのぅ。」
少年の言葉に不躾に見すぎたと、私は視線を外す。その反応に少年はクスリと笑った。彼がなにを思ったのかまでは分からなかった。
少年との空の旅という貴重な体験をした私は、一軒の小さな家の前で下ろされた。少年が家の中へと招いてくれる。
「今お茶でも出すから、適当にくつろいで待っててくれ。」
促されるままにソファに腰を掛ける。ふかふかのソファに埋もれたら、どっと疲れを感じた。慣れない旅に足はジンジンと痛み、荷物を背負っていた肩は重い。少年が善人なのか分からないのだから、油断してはいけないと頭の中で思いつつも、体は素直に疲れを癒したいと訴えかけてくる。目蓋が重くなるのを堪えて、部屋を見渡した。
家の中は一人暮らしには十分過ぎる広さで、生活に最低限必要な家具だけがそろえられていた。どれもが綺麗に片付けられていて、スッキリとしている。
ただ、本の量が異常で、部屋の壁を本棚が埋め尽くしていた。その背表紙を見ると、ほとんどが魔術に関するものだと分かる。
「魔術に興味があるのかの?」
「いえ…」
お茶を手にして入ってきた少年に目を移すと、彼は私の前にお茶を置いてくれる。
「ありがとうございます。」
礼を言って受け取り、私はお茶を口にした。口の中に花の甘い香りが広がり、緊張で凍りついていた心を解してくれる。ほぅ…と、ため息が漏れた。
「最近森で取れた花でな。それを乾燥させて調合した自信作じゃ。」
「とても美味しいです。」
「そうじゃろう!」
子供のように嬉しそうにはしゃぐ少年は悪い人には見えない。お茶にも毒などは入っていないようだし、悪意も感じられなかった。
「自己紹介がまだだったのう。わしはエルヴァじゃ。」
エルヴァと名乗った少年は、一瞬女の子かと思ってしまうような容姿をしている。漆黒と言っても良いくらいの真っ黒い髪は肩まであり、男にしては長い。
瞳の色は赤茶色で、この国では珍しい色をしていた。
「私はルネ・ラファイエと言います。」
「それで、ルネはなんであの森にいたんじゃ?迷子かの?」
「いえ、迷子ではないです。」
私の答えに不思議な顔をするエルヴァは首をかしげた。
「家を出てきたんです。」
「こんな真夜中の森にかの?自殺行為じゃよ。」
「…別に良いんです。」
私の答えにエルヴァは難しい顔をする。それはどことなく寂しげにも見えた。
「なぜかのぅ…」
「え?」
「なぜ、そう人間は命を粗末にするのか…。ただでさえ儚い命だというのにのぅ。不思議じゃよ。」
フムと考え込み唸り出すエルヴァ。
「私は必要とされていないのです。…5歳になると魔力が出現して、魔法が使えるようになるのはご存知ですよね?」
「うむ、人間はそうだと聞くな。」
エルヴァの言い方に疑問を感じるが、私は話を進める。
「私は10歳ですが、魔力は現れません。」
「うむ。それで?」
「えっ?」
不思議そうに首をかしげて、続きを待つエルヴァに私は戸惑った。
だって、普通は魔力がないと言った時点で、哀れまれるか奇異な視線を向けられるかなのに、エルヴァはそのどれでもない反応を示したのだ。
「なんじゃ、それだけかの?」
「それだけって…」
「うーん…人間は分からんのぅ。なぜ、魔法が使えないだけで、つま弾きにされるのか。か弱いのだから群れなければいけないのに」
「…群れるからこそ、その中でも弱い役立たずを排除したいのではないでしょうか?」
私は口からぽろっとこぼれた言葉に口を塞いだ。余計なことをしゃべったと後悔する。
だが、エルヴァはすごく納得したような、満足そうな笑みを見せた。
私はそんな彼の態度を不思議に感じて、思っていたことを聞くために口を開いた。
「エルヴァ様は…」
「エルヴァでよい。」
「エルヴァは、人間じゃないのですか?」
「うむ、わしは魔族じゃ。」
エルヴァの言葉に私は固まる。
魔族と言えば本の中に出てくる存在で、残酷無慈悲で恐ろしいと言われている。見た目は人間に似ているようだが、角や尻尾があるとも言われていた。
だけど、目の前にいるエルヴァは角なんてない。それに、私にお茶を出して普通に話をしている。これが魔族?私は不思議に思って見ていると、魔性の笑みを向けられた。
「そんなにわしは魅力的かの?」
「えっ?い、いや…」
「なんじゃ…わしは魅力的ではないかの…」
しょんぼりするエルヴァ。
「えっ、あっ、そ、そういうことじゃないです。」
「フフ、冗談じゃよ。」
慌てる私に笑って言うエルヴァは可愛らしく笑う。何だかコロコロと表情を変える人だなぁと、私は少し羨ましく感じた。
私はあまり感情を表に出さない。そう言う風に教えられたから。おしとやかに、自分の意見なんて押し殺してニコニコと微笑むそんな令嬢を演じていた。そうやって小さな頃から演じていたら、私は感情をなくしていた。全く感情がないと言うわけではないが、顔には出なくなっていた。
「それで、主はこれからどうするつもりじゃ?」
「え…特には…」
「ふむ…ならば、ここで暮らしてみたらどうじゃ?」
「えっ?ここで?」
「なんじゃ、嫌なのか?」
しゅん…と、見て分かるくらいに落ち込むエルヴァ。昔飼っていた犬に似ているなと思っていたら、ムゥと少し怒ったような顔をされてしまう。
「何か失礼なことを考えておるじゃろ?」
何だかそれがさらに似て見えて、私は思わず笑った。
「なんじゃ、お主、ちゃんと笑えるではないか。」
自分でも驚いたが、それよりも…と、私は首をかしげる。私は表情がないことをエルヴァには話していないのに、彼の言葉は変に感じたのだ。
私の様子に彼は苦笑すると頬をかいた。
「すまぬ。心を読ませてもらっていた。さすがに警戒していたからのう。」
「心を…読んだ?」
「普段から読める訳じゃない。そういう魔法を用いたのじゃよ。」
なんて事でもないように言うエルヴァだが、人間界にそんな魔法は存在しない。
「魔族の魔法は、人間の魔法とは違うのですか?」
「うーん…そうじゃな。人間界の魔法は魔族なら赤子でも使えるぞ。それくらいの差があると言えば伝わるかの?」
驚いて目を見開く。その反応が楽しいのかエルヴァはクスリと笑った。
私は意を決して、エルヴァに聞いてみる。
「私に魔力は本当にないでしょうか?」
「ない…」
彼の答えに私はガックリと肩を落とす。
「今はの。」
「それはどういう意味ですか?」
「言葉のままじゃよ。…もしかして、人間は魔力がどうして生まれるのか知らんのか?」
そう言えばと考えてみるが、魔力が生まれる理由は聞いたことがない。
「ならば、お主がここにいるうちは、魔法について色々と教えてあげよう。」
エルヴァは呆れながらも面白いおもちゃを見つけたような、楽しそうな瞳を私に向けたのだった。
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