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後衛の死神 ③

更新:2021.11.20

 そこには2体の魔物。


 1体でも珍しいと言われている魔物が目の前に2体いたのだ。

 イオラの魔法はちゃんと魔物に直撃していた。作戦通り相手は怯んでいた。だからトーマとバスカルの武器は届くはずだった。


 だけどそれをもう1体の魔物が庇ったのだ。


 目の前の魔物は攻撃を受けたことに怒っているか、殺気の混ざった視線をこちらに向けている。これはまずいと、私は魔物を刺激しないように気を付けつつイオラに声をかける。


「イオラ!移動魔法を!!」


「わ、分かったわ。」


 魔法の詠唱が始まる。トーマとバルカスも気づかれないようにゆっくり移動してイオラの元に集まった。魔法の詠唱が完成する直前で、私も合流しようと駆けだそうとした時、


「動くんじゃねえ!!」


 トーマが叫んだ。


 私は意味が分からず彼らの方を見ると、魔物を見るような冷たい視線を私に向けている。今まで当たり前のように人々から向けられていた、嫌悪の混ざった瞳とそれは全く同じだった。


「お前がこっち来たら魔物も来ちまうだろ!!」


「…俺らを巻き込むんじゃねぇ。」


トーマの怒声が、バルカスの低い声が、私の心をずんと押し潰す。


「…どうして?」


かろうじて紡げた言葉を鼻で笑うのは、イオラだった。


「悪いわね。死神ちゃん。皆、自分の命が大切なの。」


 私を見捨てることをなんとも思っていないようなイオラの声。魔法が完成し、その姿が徐々に光に包まれて見えなくなる。



そして、最後に見えたのはバイバイと動いた口元だった。






 どうして?なんで?



…私、見捨てられた?






 頭が混乱して真っ白になる。ひどい頭痛と吐き気に襲われそうになるのを、魔物の声が私を現実へと引き戻した。


 ギョロッとした目がこちらを睨んでいる。慌てて弓を構えようとするが手が震えて上手くいかない。


 そんな様子を見て魔物が不気味な声を上げる。それはまるで私を馬鹿にして笑っているようにも見えた。





 “私、死ぬの?”





 頭にそんな言葉がよぎる。手足が震えて上手く動かせず、逃げ出すことすら叶わない。


 そんな私の様子を見て、しばらく笑っていた魔物だったが、突然笑うのを止める。すると、森が一気に静かになった。まるで時が止まったかのように感じたが、そうではもちろんない。1体がこちらに向かって駆け出す。手の爪は鋭く、狙いを私に定めている。


 殺されると思うのに、不思議と目はしっかりと魔物を捉えていた。


 だから、駆けてきた魔物に雷槍(らいそう)が突き刺さる光景を私はしっかりと目にしていた。

驚きに目を見開くと、視界の端に影を捉える。その人影は魔法で吹き飛ばした1体をあっさりと切り裂いた。森に断末魔が響き渡る。


 その声にもう1体が口を開けて叫び出す。それが詠唱だと気づいた時には、魔物の周りを守護の光が包み込んでいた。


「毒矢を!」


 声に私は矢を番える。先ほどまでの震えが嘘のように止まり、防御魔法をかけた1体へと狙いを定める。番えた矢は3本。それぞれ狙いを定めて放つ。


 2本は魔物の手によって弾かれたが、1本だけ魔物の腹に刺さった。


 悲痛な叫び声。よたつく足取りから、毒に侵されたと分かる。魔物の動きが鈍くなり、人影は魔物に容赦ない剣戟を叩き込んでいく。


 両目が潰され、最後は口の中から頭を貫き断末魔すら上げることなく魔物は倒れた。


「大丈夫?」


 呆然と立ち尽くす私の耳に聞き馴染みのある声が届く。聞き間違えじゃないかと、その人物の方に疑いの視線を向けた。


「…アレン?」


 そこに映ったのは赤い髪に深緑の瞳をした青年だった。私の言葉に微笑む彼は、少しだけ照れくさそうに頬を搔いた。


「ただいま、ミンシア。」


 懐かしい声に、懐かしいその表情に心が締め付けられる。そして涙が溢れた。

 声を出したいのに息がうまくできず、声にならない嗚咽だけが漏れる。


 居たたまれない様子で視線をそらせるアレンに、私は駆け寄ってその胸に飛び込んだ。

 勢いよく飛び込んだせいで、二人して倒れ込んでアレンは腰をしたたかに打ち付けたようだったが、しっかりと私を抱き止めてくれた。

 体温を感じ、鼓動を聞いて彼を実感する。本当にここにいるのだと。


「相変わらずの泣き虫だな、ミンシアは」


「ばかぁ…」


 それだけやっと声に出せた。


「ごめん、遅くなった。」


 もっと色々言いたいのに、やはり声にはならず嗚咽だけが森に響いた。








「君たち、これはどう言うことかな?」


「そ、それは…」


「それは?」


 ニコニコしているが、アレンの目は決して笑っていない。のほほんとした雰囲気の彼だが、怒らせると怖いのだ。

 目の前で震え上がっているトーマたちに多少は同情する。


 私がアレンにトーマたちのことを話すと、次の日、彼は早々にギルドへと足を運んだ。そしてそこでトーマたちの姿を見つけたのだ。


 私が死んだと思っていたのだろう。彼らは私を見るなり、とても驚いている様子だった。


 アレンと彼らのやり取りで、ハッキリしたことは、彼らが私の体質を利用して金儲けをしようとしていたこと。

 トーマの父親の話は全くの嘘で、私に気づかれないように豪遊していたのだ。そして、最初から私は使い捨ての駒としか考えておらず、私を囮にして逃げたことに何の罪悪感を感じていないことだった。


「どうしようか?ミンシア。」


 手をポキポキと鳴らしながら、聞いてくるアレンは私がどう答えようとも半殺しにしそうな殺気を漂わせている。


 それを感じ取り震え上がる3人に視線を向けるとビクリと身を竦めて、3人は身を寄せ合った。


「何を言っても、手、出すでしょ?」


「そんなことないよ。ミンシアがそれなりの罰を与えたら、俺はなにもしない。」


 なら。と、私は彼らに正当な報酬の要求と冒険者ギルドの登録削除を命じた。冒険者ギルドへの登録は削除しても、再登録が可能なのだが、一定の期間は再登録ができない仕組みになっている。


 それに、冒険者ギルドには冒険者のランクというものがあり、そのランクによって受けられる依頼も決まってくるのだが、それも登録削除と共にデータが消えるので、また一からやり直しになる。


 Aランクの依頼を受けられたということは、この中の最低一人はAランクと言うことだ。それがパァになのだ。相当な罰だと思う。





「登録削除してきました。」


 トーマに言われて、アレンが証明書を確認する。


「お金は?」


「すみません、それはすぐには難しいです。」


「どうして?ミンシアにろくな報酬も渡してないのだから、相当な金額を報酬としてもらってるはずだよね?そんな量を使いきれるわけないよ。」


「そ、それは…」


「無いもんは無いよ!」


 何かを言いかけたトーマの言葉を遮るのは、イオラだった。


「ああ、なるほどね。…じゃあ、君たちを売り飛ばすしかないね。」


「えっ?」


「は?」


「はい?」


 見事に三人が各々間抜けな声を上げる。


 この国で、人身売買は違法だ。できるはずがない。私自身もアレンの言葉の意味が分からずに、彼が続けるのを待つ。


「人身売買とは違うよ。君たちには俺の知り合いのところで、働いてもらうんだ。衣食住は最低限保証するよ。だけど、それ以外の給金はミンシアへ支払ってもらう。その正当な報酬額に達したら晴れて自由の身さ。」


「ど、どのくらいでしょうか?」


「かなりの額だからね…うーん、1年も働けば良いんじゃない?命の危険はないし、悪い話じゃないと思うけど。ただ、俺の知り合いちょっと人使いが荒いから、大変だと思うけど。それに、君たちのことはちゃんと話しておくよ。そういうの嫌う奴だから、気をつけてね。」


「い、イオラ!!」


 アレンの言葉にバルカスが、イオラに訴えかけるような眼差しを向ける。


「お前が持っているアクセサリーを売れよ!あれだけありゃ、足りるだろ!俺は無賃労働なんてごめんだぜ!」


「あれは、私の報酬さ。誰がこんな奴に…」


 何やら三人で揉めはじめる。アレンはやれやれと、ため息をついて私を見るので、私も何だか可笑しくなってしまった。


 結局、彼らはイオラが持っていたアクセサリーを全て売って、そのお金を私に渡したのだった。


「こ、これでいいだろっ!」


「はい。」


 私が頷くと、アレンがトーマの前に立つ。



 バキッ!!



 何の躊躇いもなくトーマの顔面を殴り飛ばした。


「な、何するんだよっ!約束は守ったのに…」


「足りないと思ったからだよ。」


「何言ってるんだよ。お前、自分で言ったんだろ。それなりの罰を与えたら俺はなにもしないって…」


「うん、それなりの罰を与えたら…ね。」


「だったら…」


「あれじゃあ、全然足りないよ。」


 剣を鞘から抜いて、トーマの足元すれすれに突き刺す。ひっと、トーマが息を飲んだ。


「その足を切り落とす?腕でも良いよ?」


「え?」


「人の命を蔑ろにしたんだから、それくらい代償として普通でしょ。」


 本気に聞こえる声に、トーマたちは脱兎のごとく逃げ出した。


「やれやれ、これで少しは懲りると良いけど…」



 そう言ってアレンはため息をついたのだった。







ー私とアレンは街で花を買う。


 それは、墓に供える質素な白い花だ。




 仲間が眠る場所へと向かった。




 あの時、持ち帰れるものはなく、ただ墓を建てただけだ。


「俺さ、あの時何もできなくて…仲間も死なせて…落ち込んだし後悔してた。だけど、このままじゃダメだって思ったんだ。もう二度とこんなことが起こらない様に、強くならなきゃって…。それで、旅に出たんだけど、大切な人を守れるだけの強さを求めていたら、こんなに時間がかかってしまったよ。」


 墓から目を離してこちらを見るアレンは、申し訳なさそうな表情をしていた。


「やっと君をここから連れ出せるよ。」


「…。」


「俺の言葉を信じて、待っていてくれたんだろう。」


「…うん。」


 ポンと頭を撫でてくれる。とても優しい手は昔と変わらない。


 アレンはもう一度だけ墓を振り返った。少しだけ寂しそうな顔を見せる。






「…じゃあ、行こうか。」






 こちらを見たアレンはニコリと微笑む。もうそこに寂しそうな様子はなかった。


 先を歩きだすアレンを追うように私も歩き出す。






 2人は街をあとにしたのだった。



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