魔王の婚約者 後編
更新:2021.10.27
数日後、アデル様は花を植えるのに必要な道具をそろえてくれました。私は早速、土を耕しに向かいました。
「完成ですね。」
ふぅ…を息をついて、きれいに耕した畑を見ます。これは良い出来です。あれだけ荒れ果てていた土地が綺麗になりました。花の種も植えたので、あとは発芽を待つばかりです。楽しみができた私はとても気分が良いです。
「おいッ!お前ここで何してんだ!!」
怒鳴り声が響きました。慌てて振り返ると、目の前にはヘルス様がいて、こちらを睨み付けています。
良い気分が一気に落ち込みます。
「ヘルス様…こ、これは…」
慌てて立ち上がって答えようとしたら、頬を叩かれました。勢いが良く、私は軽々と吹っ飛びます。
「なんだこれ?まさか、花でも植えようってのか?」
馬鹿にしたように笑うヘルス様。
せっかく植えた土を蹴り飛ばして、ぐちゃぐちゃにしていきます。これではもう花は咲かないでしょう。
一通り畑を荒らして満足したのか、ヘルス様はそれ以上は何もせずに帰って行かれました。私は荒らされた畑を茫然と見つめます。
「うわ…何これ?どうしたの?」
少し後に駆け寄って来たアデル様を見て、頬を涙が流れ落ちました。
事の次第を話すとアデル様は怒った様子でした。後で呼び出すとか懲らしめるとか何やら呟いていましたが、涙を流す私を慰めてくださいます。そして彼は畑を直すのを、手伝ってくださいました。
「シヴァリアは何で反論しないの?」
「え?」
畑も綺麗になって一息ついたとき、アデル様が突然聞いてきました。
「いつも抵抗とか反論とかしないよね?言いたいこと言ってる?」
「そ、それは魔力が…」
「魔力がないからってだけで、反論しちゃいけないの?」
アデル様に言われて、私は言葉が続きませんでした。確かに、魔力がない、特別な力がないというだけで、他の魔族に逆らってはいけないというルールはありません。
ただ、私自身がそうルールを決めてしまっているのです。昔はそんなこと考えずに、好き勝手に行動していた自分を思い出します。あの頃は何もかもが自由で楽しかったです。
ですが私に魔力が無いことや特別な能力がないと分かり、両親も含めて周りの態度があからさまに変っていきました。母は毎晩泣いて、父は酒に溺れました。周りの友達も離れていき、話をする相手もいなくなってしまったのです。
ここに来て虐められはしますが、話し相手は出来ました。アデル様といるのは楽しくて、話している時間はあっという間に終わってしまいます。
そんなことを考えていると、アデル様が私の腕を引きました。
顔が近づき頬を舐められます。
「あ、アデル様?」
戸惑い彼を見るといつもの可愛らしい笑みはなく、獲物を狙う獣のような鋭い目つきで私を捉えます。
「抵抗してみなよ。」
今度は反対の頬にキスされます。ドキリと心臓が跳ね上がります。アデル様の視線が怖くて目を閉じると、耳元で囁かれます。
「このまま黙ってたら…襲うよ?」
それでも私が動かないので、アデル様は強引に私の唇を奪いました。口にアデル様の舌が入り込んで私の舌に絡めます。呼吸がうまくできずに息苦しくなりますが、私は抵抗しませんでした。
「…ねぇ、何で抵抗しないの?」
アデル様が少し怒った様子で見るのですが、その綺麗な瞳に吸い込まれるように私は頭がボーッとしてきます。
「誰にでもそうなの?」
首を左右に振って否定します。
「嫌なら嫌って…」
「違います。アデル様だから…」
「僕なら襲わないって…」
言いかけてアデル様は何かに気付いたように、言葉を失いました。みるみるうちに頬が朱に染まっていきます。
「ち、ちょっと待って!む、無理だよっ!君は魔王の婚約者で…」
「婚約は解消させます。いつも私はディルデア様の顔色を見てしかお話しできませんでした。婚約についても心のどこかで、どうでもいいと思っていたのです。ですが、今は違います。私は…」
言いかけてアデル様に口を手で塞がれてしまいます。
「ごめん、それだけは無理だ。」
そう言ってからアデル様は何か呪文を唱えると、一瞬で姿を消してしまいました。言いたいことを言えと言ったのは向こうなのに、言おうとしたら口を塞がれて、あげく本人は逃走するなんて酷い話です。流石の私も怒りが込み上げてきます。
私は立ち上がると、王城の中へと逃げたであろうアデル様を追いかけました。
「おい!シヴァリア、今度は…」
「ヘルス様!アデル様を知りませんか?」
「お前、俺が先に…」
「そんなことは良いですから!アデル様がどこにいるかご存じありませんか?あなた、確か魔王軍の隊長でしたよね?」
「お、おう…」
アデル様に対する怒りで頭がいっぱいになっていた私は、ヘルス様がたじろぐのも気にしないで問詰めます。
「団長の名前ぐらいご存知でしょう?」
「だ、団長ならディルデア様だぞ。」
「へ?」
彼の思いもよらない言葉に、私は間抜けな声が出てしまいます。
「そ、そんなはずはありません!確かに、アデル様が魔王軍の団長だと…」
「お、お前どうしたんだ?なんか変だぞ?魔王軍の団長は魔王様だ。それに、アデル?そんな名前の奴、俺は知らないぞ。」
ヘルス様の言葉に力を失くしました。倒れ込みそうになるのを堪えて、キッとヘルス様を睨み付けました。動揺しているヘルス様には申し訳ありませんでしたが、私も頭にきていたのです。完全な八つ当たりでした。
「では、もう一つお聞きします。ディルデア様の特別な力はどのようなものでしょうか?」
「魔王様の力?お前そんなことも知らなかったのか?」
「小言は良いですから答えてください!」
私のここに来て初めてではないでしょうか。人を怒鳴り付けたのは。
私の睨みにヘルス様はビクリと身を竦めます。
「ち、治癒の能力だよッ!確か、体液が特殊で舐めると傷が治るとか…」
その言葉を聞いて私は居ても立ってもいられず、魔王のいる部屋へと急ぎました。
バンッ!!
勢いよく扉を開くと、部屋にいた全員がこちらに注目します。マーサとティニャもいてこちらを驚いた表情で見ていました。ですが私の目的は彼女たちではありません。
「ディルデア様。」
私の声に視線を上げるティルデア様は、驚いた様子もなく私を見据えます。
「今、会議中だ。話なら後で…」
「いいえ、私の話を先にさせていただきます。」
ディルデア様が目を見張りましたが、私は気にも留めません。
「なっ!お前、魔王様の婚約者だからって良い気になるなよッ!!」
「マーサの言う通りだ、お前はさっさと出て…」
「あー、もうッ!!少し黙っていていただけませんかッ!!私は、魔王様に話があってきたのです!!」
怒りの声に全員が口を閉ざします。
そんな沈黙を破り響くのは、楽しそうな笑い声でした。私は笑っている怒りの元凶を睨み付けます。
「クックック…ここでは騒がしくなるから移動しようか…。」
笑いを堪えながら呪文を唱えるディルデア様。魔法が完成して、ふわりと体が浮くような感覚に陥ります。ですがそれもすぐ終わり、気が付くと私は自分の部屋にいました。
そこにはディルデア様もいます。
「私をからかっていたのですか?アデル様。」
「気付いたか。…別にからかってなどいない。」
「では、何故?」
私は彼に遊ばれていたのだと思いました。ディルデア様がアデル様に変身して、私をからかって遊んでいたのだと。ですが、彼は違うと首を振ります。もう、訳が分からなくなり涙が溢れてきました。
「すまなかった。」
「謝っていただかなくていいので、理由を教えてください。」
困ったように頬を搔くディルデア様は少しの間沈黙したが、ため息をつくと話し始めます。
「昔のことは覚えているだろうか?まだ、私が魔王になる前で、故郷にいた頃だ。」
「も、もちろんです。」
「じゃあ、私があのころからシヴァリアを好きだったことは?」
「え?」
「やはり、気付いていなかったようだな。」
少し悲しそうな寂しそうな笑みを見せるディルデア様は、昔の気が弱かったころの彼を思い出させます。昔は私の方が勝気でいつも彼を泣かせていたのです。その頃の彼にはまだ特殊な能力がなく、気も弱いせいで周りからよくいじめられていました。だけど、周りが彼をいじめるのは許せず、よくケンカをしては傷だらけになっていたのを思い出します。
その後、彼は村を出てそこで能力を発揮したとかで、どんどん出世して魔王になってしまいました。
「私はあれからずっと君のことだけを想っていたんだ。だから、少し強引だったけど婚約をさせてもらった。」
「そんなの普通に言ってくれれば…」
「それではダメだったんだ。魔力がなく特別な力がない君を婚約者にするならば、君自身が強くならなければダメだと言われてしまった。だから、無理やり婚約をして、その婚約を解消するように強い意志で君が断るか。ヘルスやマーサ、ティニャに反抗するか。何かしらの抵抗を見せたら婚約を認めると…」
「誰がそんなことを?」
「前に話した口うるさい副団長だよ。それに、宰相たちもだな。俺は魔王だが、まだ日が浅い。俺のわがままだけを通すことはできなかったんだ。」
「だからと言って、アデル様に変身していたのはなぜですか?」
「あまりにもここの生活が辛そうだったから、話し相手になれればと思ったんだ。だけど、俺の考えが甘かった。好きな子を前にして、冷静でいられるはずなかったんだよ。」
頭を抱えて嘆く姿はアデル様らしい雰囲気で、やはりディルデア様とアデル様は同一人物なのだと感じました。
「だから、さっきは君に嫌われるの覚悟で、あんなことをした。嫌われても抵抗されれば、婚約が認められると思ったんだよ。そうしたら、まさかあんな反応されるなんて思わなくて…」
頬を染めて言われると何だかこちらまで恥ずかしくなってきます。
「シヴァリアは俺のことを好きなんだろ?」
「分かりません。」
即答する私に、彼は今にも泣きそうな顔をします。昔に戻ったようで、なんだか心が落ち着いてきました。目の前にいるのは昔と変わらない、ディルデアなのだと思いました。そう思えば魔王だろうが怖くありません。私は素直な気持ちをディルデアにぶつけます。
「私が好きなのはアデル様です。」
「それも俺なんだけど。」
「そう言われてもすぐに、納得できるものではありません。」
再びしゅんとするディルデア様は何だか可愛らしく見えます。
「ですが、ディルデア様を嫌いという訳でもありません。だって、嫌われていると思っていたので…」
「嫌われている?俺に?」
「だって、醜いと…」
マーサとティニャから受け取ったドレスを着て、パーティーに出た時の話です。確かに彼は醜いと言っていました。
「あれは、ドレスを仕組んだ私の宰相に向けた言葉だよ。君が抵抗するようにヘルス、マーサ、ティニャを仕向けたのは確かに俺だが、あのドレスは宰相が仕組んだんだ。君に嫌がらせをして、ここを出ていくように仕向けたらしい。」
「え?じゃあ…」
「君に向けた言葉じゃない。まさか、そんなこと死んでも言わないよ。」
私は一気に気が抜けてベッドの上に座り込みます。
「それで…婚約は解消するのか?」
「いいえ、しませんよ。というより、私にそんな権限あるんですか?」
「無理やり婚約したけど、君の気持ちは尊重したいと思ってる。嘘じゃない。婚約を認められたら、君に事情を説明して、改めて決めてもらおうと思っていたんだ。」
「それで振られたら元も子もないような気がしますが…。」
「あはは…」
笑って誤魔化そうとする辺り、何も考えていなかったのでしょう。私はひとつため息をつきます。
「とりあえず、今のあなたのことはまだ分からないことが多いです。だから、少しずつ教えてください。」
私が再びため息をついて気を緩めた瞬間に、ディルデア様が私を抱きしめます。
「わ、私まだあなたのことは…」
「こっちの姿ならどう?」
楽しそうに笑うのはアデル様の姿。分かっていても私の胸は跳ね上がります。頬が熱くなるのを感じて、視線をそらせますが手でクイッと戻されてしまいます。
黄金の瞳が私を捉えて離しません。そして、魔王様は私の心と一緒に唇を奪うのでした。
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