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魔王の婚約者 前編

魔界では力が全て。

なのに、シヴァリアはあまりにも気が弱かった。それは、魔力がなく魔法が使えないためでもあったのだが...


そんな彼女が魔王ディルデアの婚約者となる。

彼女は婚約の解消を願い出るが、受け入れてもらえなかった。

だが、ディルデアはシヴァリアが魔族たちから虐められていることを知っていながら、助けてくれることはない。日に日に元気がなくなり、生きる気力すらなくしたシヴァリア。


そんな誰も味方がいないシヴァリアの前に現れたのは、アデルという少年だった。



全2話の短編です。

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更新:2022.4.17

 




「魔王様、どうか私との婚約を破棄していただけないでしょうか?」











 私は勇気を振り絞って言葉にしました。



 目の前には椅子に座る魔王―ディルデア様の姿。銀糸の長い髪に赤い瞳を持ち、精悍なお顔立ちをしています。ですが、その燃えるような瞳はとても怖くて、視線を合わせるだけで私は生きた心地がしません。


 しばらくの沈黙が訪れ、私は耐えられず視線を床に落としました。


「理由はなんだ?」


 凄みのある声で問われて、私は身が竦む思いです。ですが、このままではいけないのだと自分に言い聞かせて、勇気を振り絞って言葉を紡ぎます。


「わ、私では魔王様に不釣り合いだからです。」


「それだけか?」


「い、いえ、それ以外にもございます。私には魔力がございません。他の魔族の様な特別な力もございません。」


「そんなことは知っている。」


「だから…」


「ダメだ。」


「…」


「これ以上は時間の無駄だ。下がるがよい。」


 ディルデア様の言葉に控えていた兵士が、私を強制的に部屋から退場させます。


 私はこの魔界を支配しているディルデア様の婚約者でした。婚約をしたのは数か月前です。ディルデア様に呼び出されて王城に行くと、盛大なパーティーが開かれており、そこで突然婚約の発表をされたのです。

 私は魔界の果てにある田舎の村で暮らしておりました。そして、そのままそこで静かに暮らしていくのだと思っていました。

 確かにディルデア様とは同じ村の出身で、幼少時は良く遊んでいましたが、それは過去のお話です。ディルデア様は力の出現と同時に村を出ました。

 ディルデア様とはそれきりで、数ヵ月前に突然呼び出されました。私は寝耳に水でした。全くそのような話は聞かされていなかったですし、ディルデア様とは幼い頃に仲が良かったくらいで、そういう関係でもありません。それに何より、私には魔力がなく、魔族特有の力もあまりありません。そんな私と結婚しても何のメリットもないのです。


 当然、私は抗議いたしました。ですが取り合ってもらえず、今日の様に婚約の解消を願い出ても、あしらわれてしまいます。


 婚約の理由を聞いても教えてもらえず、私は途方に暮れていました。




「今日もダメでした。」


 私は閉じられた重い扉の前で、誰に言う訳でもなく呟いてため息をつきます。このままここにいても仕方ないと思い、自分の部屋へと戻ろうとしてなか大きな物にぶつかりました。


 ドンッ


 ぶつかった勢いではね飛ばされてしまい、床にお尻を強かに打ち付けてしまいます。痛みに顔をしかめましたが、相手の方に怪我があってはいけません。


「ご、ごめんなさい。」


 そう謝って視線を上げると、見知った顔が目に映りました。視線が合い私は恐怖で手や足が震え出してしまいます。


「シヴァリアじゃねーか。奇遇だな。」


「ヘルス様…」


「何だ、嫌そうな顔しやがって…」


「そ、そんなことは…キャ!」


 髪をむんずと掴まれて痛みに顔をゆがめると、ヘルス様は楽しそうに笑いました。


「痛いか?嫌だったら抵抗してみろよ。」


「ヘルス様お止めください…っ」


 髪を乱暴に振り回されて、痛みに涙が出てきます。


「魔力なしの無能は、これすら抵抗できないのか?」


 手を掴んで離そうと試みるも、力に差があり過ぎてびくともしません。

 しばらく彼はそれを楽しんでいるようでしたが、それにも飽きたのかヘルス様は私を投げ飛ばしました。背中を壁に打ち付けて、息がつまります。


「フンッ!つまらん奴だな。」


 私の反応が気に入らなかったヘルス様は、唾を私の足元に吐き飛ばすとそのまま立ち去ってしまいました。


 私はしばらく動けませんでした。でも、このまま魔王様の部屋の前に座り込んでいる訳にもいかず、痛む身体を無理に起こします。


「っ!」


 激痛が走りました。あざになっているだろうなと思いながらも、ふらつく足で立ち上がると部屋へ戻ります。

  しかし、部屋で待っていたのは、クスクスと私を馬鹿にするように笑うメイドたちでした。


「今日もまた随分…ぷっ」


「笑っては失礼ですよ。ティニャ。」


「そうね、マーサ。」


 そう言ってクスクスと笑い続けるメイドは、ディルデア様が私の世話係にと使わした方々です。ですが、こんな調子でメイドらしいことなど何もしていません。こうやってたまに部屋に来ては、私を嘲笑いに来るだけ。


「こ、こんにちは…今日はどのようなご用件でしょうか?」


 私の言葉にマーサが反応します。


「ああ、今日はパーティーなんだよ。」


「今日もですか?」


 この前、魔王様の婚約発表と称してパーティーを開いたばかりなのに、またですか。と、ため息が漏れました。


「だから、今日はドレスを持って来てやったって訳。」


「ドレス?」


 繰り返す私に楽しそうな笑みを浮かべるマーサは、ティニャを見て頷くと手にしていた物を手渡してきます。


「それを着てパーティーに来いって…魔王様が…クックック」


「楽しみにしているよ、シヴァリア様。」


 そう言って2人は、楽しそうに笑いながら部屋を出ていきました。 


 私は渡されたドレスを見て唖然とします。ドレスはびりびりに破かれており、所々汚れていました。着られないことはないですが、これを着てパーティーに出るのかと思うと心がどん底まで落ち込みます。


 欠席したい気持ちでしたが、魔王様から招待されたということは、決して断れないものです。欠席するということは死に値します。私は生を受けて十数年しか経っていないので、まだ死にたくはありません。


 今日一番のため息をついて、私はそのボロボロのドレスに着替えるのでした。



 クスクス


 会場に着いた私を待っていたのは嘲笑の嵐。

 皆がこちらを見ては笑っています。


「何だあれ?」


「何々?うわぁ…汚ぇ」


「あんな格好でよくパーティーに来たよな…」


「俺なら無理。死んだほうがマシ。」


 口々に罵声を浴びせられます。涙が出てきますが、グッとこらえるしかありません。ここで泣いても誰も助けてはくれませんので。


 この魔王城に私の味方はいないのです。


「何だ?騒がしいな。」


 そこへ低音の威厳のある声が響きます。周りが一気に静まりました。

 声の方を見ればその名にふさわしい、豪華な服に身を包んだディルデア様の姿が目に留まります。彼もまた私を見つけたようで、感情のない瞳で私を捉えました。


「その服はどうした?」


「えっ?」


 尋ねられて私は戸惑います。魔王様が用意したと聞いていたので、彼の言葉に違和感を覚えたのです。


「…そういうことか。」


 私の反応を見て何か思い当たったのか、ディルデア様は険しい目つきで私を睨み付けました。


「醜いな…。」


 ディルデア様の言葉に私は言葉を失いました。唯一の味方であって欲しい方からも、浴びせられるのは心ない言葉でした。これが婚約者に対する言葉なのかと思うと愕然とします。


 私の目から涙が一筋流れてしまいました。もう、堪えることが出来なかったのです。


「興が冷めた。私は部屋に戻る。後はお前たちで楽しんでくれ。」


 そう言い残すと、ディルデア様は私に背を向けて部屋を出て行ってしまいました。私は、怒りに悲しみに恥ずかしさと色んな感情が渦巻いて、パーティー会場を飛び出して自分の部屋へと戻りました。


 ベッドに突っ伏して声を殺して涙を隠します。もう限界でした。


 家から無理やり連れだされて、ここに来てみれば勝手に婚約を公言された上に、家にすら帰してもらえず。周りには暴力を振われて、馬鹿にされ笑われて…


「もう嫌…」


 そんな言葉が漏れて、枕から顔を上げれば机にはナイフが置いてあります。おそらくはマーサかティニャが、部屋にあった果物を食べるのに使ったものでしょう。ですが、今の私には自分の首を切れと言っているように思いました。そうすれば楽になると…


 私は起き上がりナイフへと手を伸ばそうとしますが、ちょうどその時扉が叩かれました。


「は、はい。」


 私は涙を拭ってから扉の方に向かいます。返事はなく不安に思いましたが、扉をそっと開けました。ですが誰もいません。不思議に思っていると声が聞こえます。


「こっちだよ。」


 その声に視線を落とせば、褐色肌に銀糸の髪が目立つ少年が立っています。その三日月のような黄金の瞳が私をじっと見ていました。


「迷子?」


「ちげーよ!シヴァリアの様子が気になって来たんだよッ!」


 怒って答える少年に私は頭をひねりました。どう考えても彼とは初対面だったのです。


「私、あなたとは会ったことありませんよ?」


「そ、そんなのはどうでもいいんだよッ!それより、お前泣いてたのかよ…」


 言われて私は慌てて顔を隠します。


「ち、違いますよ。これは…め、目にゴミが入ってしまって。」


「じゃあ、ちょっと屈んでよ。」


 少年に言われるがままに屈むと、顔を近づけてきます。そしてあろうことか私の目を舐めたのです。


「ひゃッ…」


「そんなに驚くなよ。ゴミ取れただろ?」


 ニッと笑う屈託のない笑みに、私は怒ることが出来ませんでした。


「俺はアデル。」


「はぁ。どうぞよろしくお願いします。」


「お前、俺を子供だと思って馬鹿にしてないか?これでも魔王軍を指揮してる団長なんだぞ。」


 馬鹿にはしていなかったのですが、なぜこんな私のところに来たのか分からず戸惑っていたのです。それを彼は勘違いしたようで、頬を膨らましてこちらをじと目で見てきます。何だか、可愛らしい方です。

 まぁまさかこんな可愛らしい方が、魔王軍の団長だとは思いもしなかったのでそれには確かに驚きでしたが。


「馬鹿になどしておりませんよ、アデル様。」


「ならいいけどよ…あっ、そうだ料理を持ってきたから一緒に食べようぜ。」


 そう言って指さす先を見れば、どうやって持ってきたのかと思うくらい大量の料理がありました。それらをアデル様と一緒に部屋に運んでセットします。


「あと、ドレスも新しいものを持ってきたから着替えると良いよ。」


 渡されたドレスを受け取ります。淡いオレンジ色のドレスは後ろにだけ付いたフリル可愛らしい、シンプルなものでした。私でも着やすい感じのドレスです。

 ただドレスを渡してくれたことは嬉しいのですが、アデル様がそのままこちらを見ているのはなぜでしょうか?と、私は戸惑います。


「あ、あの…見られていては着替えられません。」


「…そうか…分かった。」


 アデル様は何だか残念そうに頷いてから、後ろを向きました。こ、この状態で着替えるのですか?それもちょっと恥かしいのですが…と、視線を送るがアデル様は目を閉じていて動く様子もありません。仕方ないと私は諦めて着替えを始めます。


 シンプルなドレスは生地が一級品を使用しているようで、触り心地がとても良くスルリと着れました。ただ、先ほどのドレスと違って後ろに留め具が付いており、どうやっても私一人では止めることが出来そうにありません。


「着替え終わった?」


「ま、まだですッ!」


 聞きながらも振り向くアデル様に私は慌てて答えますが、すでに遅く彼はこちらを見ています。


「後ろ向いて。つけてやるよ。」


「え?」


「良いからッ。」


 アデル様に言われて戸惑いますが、強く言われてしまい仕方なく背中を見せました。おそらく先ほど、ヘルス様に投げられた時にできた痣があるだろうなと、躊躇ったのですが、アデル様は揶揄ったり笑ったりなどすることはありませんでした。


「…。屈んでくれる?」


 言われて屈むと背中に温かいものが当たります。どうやらまた舐められたようだと分かり、私は動揺しました。


「な、何をなさるんですかっ」


 そう抗議しようと振り向き、ちょうど壁にかかった鏡に自分の背中が映りました。するとアデル様が舐めた位置にあった痣が消えたのです。驚きで言葉が出来ませんでした。


「俺の特殊能力なんだ。体液に治癒の効果があるんだよ。」


「それはすごいですね。」


 私が素直な感想を言うと、アデル様は少しだけ驚いたような顔をされました。だけど、すぐに少年のような嬉しそうな笑みを見せまました。




 それからというもの、アデル様は毎日のように私の部屋に遊びに来ました。魔王軍の副団長や宰相たちが口うるさいとか、模擬試合で優勝したとか、アデル様は色々なお話を聞かせてくださいました。


「シヴァリアは今日何してたの?」


「この部屋のお片づけをしてました。」


「また?毎日飽きないの?他に趣味は?」


「そうですね…お花を育てるのが好きですよ。」


「花?」


「ええ、この辺りには植物はあまり見かけませんが、私の住んでいた場所では花が有名で…」


「知ってるよ、真っ赤な綺麗な花でしょ?」


「え、ええ。」


 私の生まれ故郷では赤いシルビアの花が有名で、私もよく育てていました。魔界では環境が合わないのか、花は滅多に見ることがありません。植物がない訳ではないのですが、魔界でも生き残れるように特化したものだけでした。


「魔界で花は珍しいのに、よくご存じでしたね。」


「ま、まぁな。魔界のことなら何でも知ってるからな。…そうだ!」


「どうされましたか?」


「ここで花を育ててみたらどうだ?」


 言われて私は悩みます。気候が全然違うこの場所で花が育つでしょうか?


「どうせ暇なんだろ?」


 アデル様が言う通り、彼が来ない時間は暇で退屈でした。


「そうですけど…」


「失敗したって良いんだよ。やってみれば良いじゃん。」


「…そうですね。挑戦してみます。」


「なら、あそこを使うと良いよ。」


 アデル様が指さす先には、窓から見える庭の一角。庭とは言っても荒れ地で何も育っていない。ただ荒れた土があるだけの場所だった。


「あそこなら、ここから見えるし、いいんじゃないか?」


「そうですね…ですが勝手に使っていいものなのでしょうか?」


「良いよ。俺から魔王には伝えておくし。」


「あ、ありがとうございます。」


 お礼を言うとアデル様は照れたように笑います。感情を隠すことない彼が、私はとても羨ましいと思いました。


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