悪役令嬢だって心変わりできるんです!④
更新:2021.10.27
「貴女、目障りなのよ!いつもみたいに静かに傍観していれば良かったのに、なんでルイスなんかと…」
「あ、貴女には…か、関係ないことじゃないですかっ。」
「関係があるから、言ってるのよっ!あの娘が立ち直ったらダメなの!」
何やら怒鳴り声が聞こえてルイスは教室に駆け込む。
するとそこには数人の令嬢とエマの姿。エマは突き飛ばされたのか、令嬢の前で床に尻餅をついていた。
ルイスが勢いよく扉を開けたせいで、全員がこちらを驚いたように見ている。だけど入って来たのがルイスだと理解すると、クスリと楽しそうに笑ったのだ。
「あら、ちょうど良いところに来たわね。」
「シルフィーナ…あなた何を…?」
「いい、エマ?貴女がルイスと関わるから悪いのよ。」
何を言っているのかと、シルフィーナを睨み付けると、取り巻きの一人がシルフィーナに一冊の本を手渡した。それは、エマが大切にしている形見の本だった。
「な、何を…!」
ルイスが聞くよりも早くシルフィーナは、何の躊躇いもなく魔法で本に火をつけたのだ。そして床に落とす。
慌て駆け寄って本の火を払おうとしたが、魔法の火は払ったくらいで消えない。ルイスは慌てて魔法を唱えて、火に向けて水を出現させた。シルフィーナの魔力は弱かったようで、急ぎ唱えた簡単な魔法でも火を消すことが出来た。
「あらあら、それではもう読めないわね。貴女が、ルイスに関わったからいけないのよ。これに懲りたら、もう彼女に近づかないことね。」
ルイスは怒りで震える手を握り、唇を噛んだ。自分のせいだと感じていたのだ。自分がエマと仲良くなろうとしたから…
後悔しても燃えてしまった本は戻らない。
「…謝って。」
気付けばシルフィーナにそう言っていた。
「え?」
驚いた様子で声をあげた彼女は、醜いものでも見るような目でルイスを見下す。だがルイスにはそんなことはどうでも良くて、キッとシルフィーナを睨み付けた。
「謝ってと言ったのよ!!」
パシンッ!
ルイスは怒りに頭が回らず気付けば、シルフィーナの頬を勢い良く叩いていた。一瞬、呆けた顔をしたが、シルフィーナはすぐにニヤリと嫌な笑みを作る。
それがルイスの逆燐に触れた。彼女は魔法を詠唱すると、氷の矢を産み出してシルフィーナに向けて放つ。
もちろん外したが、効果はあったようだ。彼女は震え上がり涙を浮かべる。
「何事だっ!」
部屋に飛び込んで来たのはトール様と令息や令嬢が数名。それに、なぜかリュカの姿もあった。
「トールさまぁ…」
「これは…一体…」
ルイスがリュカの姿を見つけて、驚き呆気に取られているとシルフィーナが涙声で叫ぶ。
「トール様!る、ルイスが…わ、私に手を上げたのです。それに、魔法まで私に向けて…うっう…」
駆け寄ってきたトールにシルフィーナは抱き付くと、涙を流して訴えかけた。
「お待ちください。これは先にシルフィーナが…」
「ルイス!」
怒鳴り付けたトールは怒りの表情をルイスに向けている。こんな怒りに満ちた彼を見るのは初めてだった。さすがにルイスも驚きとショックで、言葉が出てこなくなってしまう。
「この前のことで懲りたと思っていたのに…それでこれか?」
「だからこれはっ…」
「言い訳は見苦しいぞ!!」
「シルフィーナがっ!」
「また、そうやって彼女を虐めたのか。」
「そのようなことは…」
なぜ、どうしてこうなった?頭が混乱してどうしたら良いのかルイスには分からなかった。助けを求めようとリュカを見るが、何だか怒った様子で睨んでいるように見える。
その顔を見てルイスは彼との約束を思い出した。どんなに嫌なことがあっても手を上げない。それを破ってシルフィーナに手を上げたから、怒っているのだろうか?と、ルイスは思う。
確かに約束は破ってしまった。だけど、これは違うのに…
リュカも私の言葉を信じてくれないのね…
ルイスは悲しみで心が押し潰されそうだった。
トールや令嬢令息たちに信じてもらえなくても一向に構わない。だけど、リュカにそう思われるのだけは嫌だとルイスは思う。何よりもそれが辛いと、彼女の心は締め付けられるのだ。
ルイスが俯くと、トールがこちらに歩いてくるのが足音で分かる。また小言かと顔を上げた瞬間、衝撃が走った。
それが頬を叩かれたのだと気付いた時には、その勢いで床に倒れ込んでいた。
「恥を知れ!!ルイス・シュヴァリエ!!…今日を持って君をこの学園から退学とする!」
「えっ?」
ルイスは痛む頬を押さえながらトールを見上げれば、その隣ではシルフィーナがクスリと笑っている。自分を見下すシルフィーナを見て、このために全て行われたのだと理解した。
こんなことのためにエマは大切な形見を燃やされたのかと思えば、ルイスは目から涙を流した。
「なんだやっと自分の置かれた立場を理解したのか?でも今更後悔しても遅い。これだけのことをしたのだ。退学だけで済むのだから、感謝して欲しいくらいだ。」
「まっ、待ってくだ…」
「お前の話など聞く気はない!」
「…っ」
「それから、婚約の解消もこちらで進めさせてもらう。いつまで経っても君からのサインは貰えそうにないからな。」
ルイスは全てに絶望した。これで全てが終わったのだ。家も破綻して、家族全員路頭に迷うのだろう。何もかも私のせいで…
立ち去ろうとするトールとシルフィーナの背中を、ルイスは絶望し眺めることしかできなかった。
「ま、待ってくださいっ!」
その背中に叫んだのはエマだった。ルイスが呆然と彼女の方を見れば、彼女は涙を浮かべながらも怒った顔をしていた。
「何だ君は?」
「エマ・コルベールと申します。トール様、ルイスは悪くありません!なぜ話を聞いて差し上げないのですか!?」
エマの手は震えていた。彼女にとったらトールとの身分差はかなりある。その彼に反論するのだ。最悪の場合、家ごとなくなる可能性だってある。だけど、エマは怒りの目を彼に向けるのを止めなかった。
「何だ男爵家の人間か…。分かっているのかい?私に反抗したらどうなるのか?」
背を向けていたトールが戻ってくるので、ルイスはエマを庇うように前へと出て彼を睨み付けた。
それが彼を苛立たせたのだろう。トールはイラついた顔をして再び手を上へと上げた。
また叩かれると思ったが、今度は目を反らさずに彼を睨み続けた。
「いい加減にしろっ!」
怒りの声と共に手が振り下ろされる。
バシッ
「いい加減にするのは貴方です。」
そう言ってルイスの前に立ったのは、先程まで扉の前にいたリュカだった。
トールの腕を握っている手に、力が入っていくのが分かる。どこにそんな力があるのかと思うくらい骨がミシミシと鳴る音が聞えた。
痛みに耐えられなくなったトールは手を振り払うようにして、振りほどくと苦痛に顔を歪めた。
「貴様、何を…」
トールが言いかけたその途中で、リュカが指を鳴らすと、彼がかけていた何かの魔法が解けたみたいだった。すると、トールの顔がどんどんと青ざめていく。
「トール様?」
隣にいたシルフィーナが不安そうに声をかけるが、全く聞こえていないのか何かぶつぶつと呟いていた。
「シルフィーナさん…だったね?」
「え、ええ。」
「貴女には今日をもって、ここを辞めていただきます。」
にこりと微笑んでえげつないことをいうリュカ。そんなこと通るはずがない。と、思ってみていると、シルフィーナもそう思っているのだろう。リュカを鼻で笑った。
「貴方に何の権限があるというのです?」
「…止めるんだ。シルフィ。」
そう言って彼女を止めたのはトールだった。
「で、ですがっ!」
「止めるんだっ!」
彼の気迫に負けて、シルフィーナはそれ以上は何も言わなかった。
「もちろん、貴方にも処分が下りますから、それまで大人しく家にいてくださいね。」
「ですが、リュ…」
「リュカです。」
「り、リュカ様。シルフィーナは被害者なのです。なのに退学は…」
「あなた…それ、本気で言っているのですか?」
ルイスにはリュカの顔は見えなかったが、その怒気はすごく怖いと思った。あのトールが涙目になっているのだから相当だろう。
「ルイスの火傷した手や焦げた本を見れば、何となくでも状況が分かりそうですが?」
「え?」
「まさか貴方、そんなことにも気付いていなかったのですか?」
リュカに言われて、トールがルイスの手や床に落ちた本を見た。そして初めて状況を理解したのか、その場に崩れ落ちる。
「では、私は彼女たちの手当てをしたいので、これで失礼します。」
リュカはそう言って、ルイスの方を振り向いた。
「キャっ…」
ルイスがそんな乙女のような声を上げたのは、リュカが彼女を横に抱き抱えたから。下からリュカを見上げる体勢で視線が合う。
「ごめん。すぐに手当てをするから。」
リュカは自分を責めているようなそんな顔をしていた。だけど視線はすぐに前に戻されて、彼はルイスを抱いたまま急ぎ部屋を出る。その後をエマが追った。
リュカが連れてきたのは、図書室だった。ルイスを椅子に座らせると、治癒の魔法をかけてくれる。
「あ、ありがとう。」
視線が合わせられない。ルイスがもじもじしているうちに、エマの本も魔法で直すリュカ。
「ありがとう、リュカさん。」
「どういたしまして。」
「それじゃあ、私は帰るね。」
「えっ!?」
「だってもうこんな時間ですもの。また明日ね、ルイス。」
そう言うと、エマはさっさと図書室を出ていってしまう。最後に彼女がウインクしていたから、気を遣ってくれたのだろう。だけどルイスは先ほどの事で頭がいっぱいで、話そうと思っていたことがどこかに飛んでいってしまっていた。
そんな状況で二人きりにされてしまい、ルイスはさらに気まずくなる。怒っているのだろうかと、彼女が目も見れずに困っていると、リュカはため息をついてから口を開いた。
「別にもう怒ってないよ。」
「もうってことは怒ってたのでしょ。」
「そりゃあそうだよ。」
「私が、約束を破ってシルフィーナに手を上げたから…でしょ。」
「本気で言ってるの?怒るよ?」
少し怒気が混ざった声色に、ルイスはリュカを見る。
「違うの?」
「あの状況でそんなこと思う訳ないでしょう。…私ってそんなに信用ないのかな…」
「じゃあ、なんで怒ってたの?」
ルイスの問いにリュカは諦めたような、呆れたようなため息をついた。
「一番は、ルイスが怪我をしていたことが原因なのだけど。君に対して怒っていることは、私に助けを求めなかったことだよ。」
「助け?」
「なんであの時、助けを求めなかったの?アイツに何を言われようと、信じてって叫べば良かったんじゃない?」
「そ、それは…」
「私が信用できなかった?」
本当のところを言えば、違うのだがリュカにとっては同じことだろう。リュカに見放されたのだと思い込んで、ショックを受けていたからだとルイスは言えなかった。
「こんな悲しいことはないですよ…シクシク」
嘘泣きなのは分かってはいるが、何だか申し訳ない気持ちになる。
「ご、ごめんなさい。信用してない訳じゃないのよ。」
「本当に?」
「え、ええ。」
「まぁ、そう言うことにしましょうかね。」
ふぅ。と、ため息をついてからリュカは、ニコリと楽しそうな意地悪そうな笑みを浮かべる。
「それで、貴女からの話とは何でしょうか?」
「えっ?」
「えっ?じゃないよ。今日はルイスに呼ばれたから、時間を作って来たんだよ。」
突然言うから思わず惚けてしまったが、今日はルイスが彼を呼び出したのだ。
「そ、相談は家のことよ。本当はトール様との婚約解消のサインをするか悩んでて相談したかったのだけど、でも、先程の事があるから婚約解消は決まりでしょうね。」
「そんなこと?あんな奴、結婚しない方が良かったよ。サインするかどうかで悩んでたの?」
呆れたように驚くリュカにルイスは頬を膨らます。
「家が安泰なリュカには私の気持ちなんて分からないでしょうね…。父が悪いと分かっていても、両親を路頭に迷わせるなんてしたくないのよ。だけど、このままじゃ…」
「大丈夫。問題ないよ。」
「えっ?」
「まぁ、騙されたと思って私を信じてよ。」
「……わ、分かったわ。」
「はい、じゃあ相談事は解決。…で、伝えたいことの方は?」
気になるという顔で聞いてくるリュカ。彼はおそらく、ルイスが何を言うのか分かった上で楽しんでいるのだ。なんと質が悪い。
そんなことを思いながらも、リュカに伝える言葉を探していると、笑顔のままゆっくりと近づいてくるリュカ。
「ちょ、ちょっと待って!」
「待てません。昨日からずっと待っていたから、もう待ちきれないんだよね。」
「だ、だから…そ、その…」
「その?」
「この前の続きがしたいのっ!」
“私ったら何を言っているの!?”
ルイスは頭がパニックになり、色々考えていたことをすっ飛ばして、思ったことをそのまま伝えてしまったのだ。ハッとなり目の前の青年を見ると、獣が獲物を見つけたような顔をしている。少し怖いのだけど、何だかドキドキと胸が高鳴り、綺麗な青の瞳に吸い込まれるように視線が外せなくなる。
「良いの?」
聞きながらも近づいてくるリュカ。唇が触れそうになる程に距離が近づく。ルイスは恥ずかしさのあまりに目を閉じた。息づかいが聞こえる程に近い距離。
チュッ
額にキスされた。耳元にはクスッと笑った声が届き、さらにルイスの胸を締め付ける。
「可愛いね。」
そう囁いてから、でも彼は離れてしまう。
「そんな顔しないでよ。流石に婚約前の女の子にこれ以上は…ね。続きは数日後に正式な形で。」
「えっ?」
「君の気持ちも聞けたことだし、私はやることがあるので今日はこれで失礼するよ。門までは送るから。」
リュカに手を差し出されて、その手を取るとエスコートしてくれる。ルイスはまだ胸のドキドキが収まらず、彼の顔をまともに見れなかった。
それから、数日の間は特に何事もなくルイスは驚くくらい平和に過ごしていた。シルフィーナはあの日以来、学校には来ていない。噂では、退学になったことを受け入れられなくて、荷物すら取りに来ないらしい。
一方で、トールは爵位的に退学は免れたようだけど、数ヵ月の謹慎と厳しい処罰を受けたと聞いている。処罰の詳細は分からなかったが、降爵の話も出ていると噂になっていた。
確かにシルフィーナもトールも酷いとは思うが、降爵まで出来るなんて…。リュカへの謎は深まるばかりだった。
あれ以来、ルイスはエマのことが心配で、一緒に帰ることが多くなっていた。この日もエマと一緒に帰って、自室に招いてお茶をしていた。
そこへバタバタと屋敷内が騒がしい音が聞こえてくる。そらにエマが気づいてドアの方を見て首をかしげた。
「何かしら?」
「うーん、お客様が来るとは聞いてないんだけど…急な来客かなぁ?」
「あれからリュカさんは?」
「全く音沙汰なしよ。」
「そうなの?魔法とかでのやり取りは?」
「それもなくて…。」
「自分からはしないの?」
「えっ?」
ムリムリムリ!と、両手を前に付き出して全力で首を左右に振ると、クスッと笑われてしまう。
「せっかく通信魔法?というのが出来るのでしょ?」
「そ、そうだけど…無理だよ。」
「何で?」
「何だか恥ずかしくて…」
「フフ、ルイス可愛い。」
「え?」
「やっぱり、恋する女の子は可愛いわね。」
「ち、ちがっ…」
「違うの?」
聞かれて違うとは言えなかった。その反応を楽しんでいるのだろう、エマは楽しそうに微笑んでいる。
コンコン
扉が叩かれてルイスが入るように言うと、慌てた様子で母が飛び込んできた。ルイスは驚き立ち上がる。
「ど、どうしたのですか?お母様。そんなに慌てて…」
「ルイスちゃん!た、大変なの!!」
走ってきたのだろう息を切らせて、叫ぶ母はとても動揺しているようだった。いつも物静かな人なのだが…只事ではないのだとルイスも身構える。
「落ち着いて、お母様。とりあえず、座ってください。」
ルイスは席を立つと母に譲る。
そして、カップに紅茶を注いで手渡した。母はそれを受けとると、ゆっくり口にする。
「落ち着きましたか?」
エマも心配そうに声をかけると、母は小さくため息をついてからルイスを見た。
「お、お…」
母はルイスの袖を掴むと、青ざめた顔でこちらを見る。
「王太子がいらしたのよっ!」
「ええっ!?」
ルイスは驚きすぎてエマに助けを求めるように視線を送ると、彼女も驚いた様子でこちらを見る。
「それで、貴女を呼んでくるように言われたのよ。ど、ど、どうしましょう?」
「とりあえず落ち着いて、お母様。」
言いながらも、ルイス自身動揺していた。
“王太子がわざわざなぜ?”
思い当たることと言えば、先日の出来事くらい。
“トール様が何か言ったのだろうか?”
彼の爵位があれば王太子に会うことは不可能ではない。それくらいしか考えられなかった。
「と、とりあえず、行ってくるわ。…エマ、母をお願いできる?」
「ええ、もちろん。何かあったらここにいるから逃げて来て良いからね。もし、この前の事なら、私もちゃんとお話するから。」
ルイスはその心強い言葉に勇気をもらうと、王太子が待つ客間へと向かった。
扉を叩くと、メイドが中から開けてくれる。そして部屋の中に入って、ルイスは言葉を失った。
部屋には豪華な調度品が並び、ちょうど真ん中に机、周りにソファが二脚置かれている。家では一番良い部屋だ。
だけどそこにはそれ以上輝いているのではないかと思う、煌びやかな服に身を包んだ青年が優雅に座っていた。少し青みがかった黒髪に空のような青い瞳がこちらを見つめている。
「驚いた?」
目の前の青年は、そんなことを悪戯に笑って楽しそうに言うのだ。
「り、リュカ?こ、こ…」
ルイスが驚いているのを楽しんでいるという顔をする。
「こ、今度はどんな嫌がらせなのっ!?」
シンと、静まり返る部屋。メイドはただでさえ緊張で倒れそうなのに、ルイスの態度を見て生きた心地がしなかったのだろう。顔が青ざめていた。
「ぷっ…アッハハハ!!」
「な、何が可笑しいのよっ!」
「…笑いたくもなるさ。だって、君はこの状況が私の悪戯だと思っているんだろう?」
「当たり前じゃない。」
涙を拭いながら、リュカは腹を抱えて楽しそうに笑っている。
「ルイスは王太子の名前を知ってる?」
「もちろんよ。リュミガルカ・オルレアン様よ。」
「そう、リュミガルカ。」
「だから何よ?」
「それ聞いて気付かないの?」
「だ、だから何が…」
“うん?リュミガルカ…リュ…カ?”
ルイスはやっとリュカの言いたいことが分かり、唖然と彼を見る。
「気付いたかな?」
「王太子って…」
「そう、私がリュミガルカ・オルレアン。で、リュカの正体でした。」
驚いてなにも言えないルイスを見て、リュカは心底楽しそうに見える。笑いすぎてこぼれた涙を拭うとクスリと妖艶な笑みを見せる。それにルイスはドキリと胸が音をあげた。
「このまま君の相手をしていたら、日が暮れてしまいそうだから…」
リュカは立ち上がると、ルイスの手を取り膝をついた。それは、この国の正式な申し込みをする時の所作で、リュカは青い瞳でルイスを見つめた。
「ルイス・シュヴァリエ。」
「は、はい。」
「どうか私と結婚して頂けませんか?」
「は、はい。…えっ?」
今なんて…?ルイスは頭が真っ白になる。返事しちゃったけど、今結婚って言わなかった?
ルイスが混乱している一方で、リュカはとても幸せそうな笑みを見せる。その笑顔にルイスは全てがどうでも良いと思った。
グイッと、ルイスの腕を引きながら立ち上がったリュカは、よろけた彼女を抱き止める。腕が背中にまわされて、そのままギュッと抱き締められた。
「これで続きができるね…ルイス。」
悪魔的な囁きにルイスの心臓は早鐘を打つ。こちらを見つめるリュカの頬も、少しだけ赤くなっている。ゆっくりと距離が縮まり、唇と唇が触れそうな距離まで近づく。
それは今度こそ離れることなく重なった。
止まっていた二人の時がゆっくりと歩き出した。
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