9 洋服の腕を通すところに足を通してズボンの代わりにしていたよ
「それじゃあ、ひなぎの言うお願いっていうのは……」
「意識のバルブを閉めに行って欲しいの」
「ぼくが?」
「耕作くんが」
「なんでぼくが?」
「だって、わたしの世界にも、ある日突然耕作くんがやってきたのよ」
「行ってないよ」
とぼくは驚いて否定する。
ちっちっちっ、とひなぎ(ゲタ)が指を振った。
ちっちっちっ、とひなぎ(ゲタ)が指を振った。
「なんで二回したの? ちっちっちって」
「ずっとやってみたかったのよねえこれ!」
「……」
話を戻す。
「ぼくは行ってないよ。ゲタ・ワールドなんかには」
「ちっちっちっ。だからあなたとは違う、別の世界線の耕作くんが来たの」
別の世界線のぼく?
「その耕作くんはね……洋服の腕を通すところに足を通してズボンの代わりにしていたよ……そうするのが普通の世界線のようね。わたしにとって、ゲタをはくのが普通なように」
「なんかいやな世界線だなあ」
「でもそこではそれが普通なのよ」
「それで? そのぼくはなんて言ってたの?」
「その耕作くんもまた、別の世界線の誰かから、メッセージを受け取っていたようね。そして、その別の世界線の誰かさんもまた、さらに別の世界線の誰かさんから、メッセージを受け取っていた」
ぼくはなんだか頭がぼーっとしてしまう。
「きりがないな」
「だけどとにかく、そのようにして、いくつもの世界線を超えて、最終的にあなたのもとへそのメッセージは届いた。『意識のバルブを閉めにきて!』」
「そんな……」
そんな壮大な伝言ゲームは聞いたことがなかった。
それに、伝言ゲームなら、人から人へと伝わっていくうちに、内容がまったくちがうものに変わってしまった、というおそれも、あるのではないか?
最初の言葉は、「意識のバルブを閉めにきて!」ではなくて、「別の世界の世界人類も平和でありますように!」だった、という可能性もあるじゃないか……。