6 ドッペルゲンガー
そこでぼくが目にしたものとは、ひなぎだった。
えええ!?
ひなぎが……二人?
しかもよりにもよって、二人目のひなぎは、ちょうどぼくから見て真正面のテーブルに、
「ふーんふーんふーんふーんふーんふーふふーん♪」
と、バッハの『フーガの技法』の鼻歌を歌いながら、ついたのだった。
鼻歌を歌っている方のひなぎが、一瞬ぼくの方をちらっと見る。
「げっ」
ぼくは反射的に、ゲタをはいている方のひなぎの後ろに隠れてしまった。
「どうしたの? 耕作くん」
と、ゲタをはいている方のひなぎは、二人目のひなぎに気づいていない。
なんだよこの状況。
「ふふふんふんふんふふふんふんふふふふふふふふふんふんふんふーんふーんふーんふーんふーんふふふーん♪」
と二人目のひなぎは、足をぶらぶらさせながら、注文札の番号が呼ばれるのを、幸せそうにして待っている(というかすごい鼻歌だな)。
あれは一体……やっぱり双子だったとか?
待てよ、そうか、なるほど。
聞いたことがある。
ドッペルゲンガーだ!
マジか!
言い伝えによれば、もし、自身のドッペルゲンガーに出会ってしまった場合、その人は死ぬ、と言われている。
「はわわ」
とぼくは言った。
もしそうなったら大変だ!
「どうしたの、耕作くん?」
とゲタをはいている方のひなぎがキョトンとしてぼくを見たので、慌ててなんでもないふりをした。
「いやいやいや、なんでもないよ! なんでもない! ほんとのほんとになんでもない!」
……ほんとのほんとに?
……最終的なアンサー?
と、突然どこからかまた、変な声が聞こえてきて、
「さ、最終的なアンサー」
とぼくはつい言ってしまう。
「なーんかあやしい」
と、ゲタのひなぎがジトーッとぼくを見つめた。
「なんでもないよ? あは、あは、あははははは!」
ぼくの演技に、ひなぎの命がかかっていると思うと、つい動きがぎこちなくなった。
「あははははは!」
「ふーん……………まあ、いいけど」
と言われぼくはホッとした。
なんとかごまかせたぞ。
だけど、この場合、目の前にいるひなぎと、その向こう側にいるひなぎと、どっちがドッペルゲンガーなんだ?
……どう考えても、「この令和の時代に」ゲタなんかはいているひなぎの方が、あやしいに決まっているのだった。
だけど、とぼくは思う。
どちらがドッペルゲンガーだとしても関係ない。
とにかくこの二人を出会わさなければいいのだ。
がんばるぜ!
と決意を固めたその時である。
鼻歌ひなぎ……とぼくは省略する……の番号が呼ばれたらしくて、
「はーい!」
といきなり元気よく手を挙げた(わざわざ手なんか挙げなくてもいいのに)。
その声にびくっととしたゲタひなぎ……とぼくは省略する……が、
「な、なんなの?」
と後ろを向いてしまった。
あ。
「「ああ~! わたしだ~っ!?」」
終わった。