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ひなぎく  作者: くらむ
4/22

4 あなたのことは忘れないよ

 ある階段をぼくは登っていく……。

「げっ、しまった! ついいつもの慣性で!」

 とぼくは頭をもたげた。

 それは、昨日もう通らないと決めたはずの、歩道橋の階段だったのだ。


「でもまあいいか。目をつむって通ったらこわくないよな」

 と真っ暗闇の中を進んでいく。

 よく考えたら、こうする方が別の意味でこわいような気がするけれど、それは気にしない。

 そしたら、

「あだっ!?」

 と、案の定、ぼくは転んでしまった。いてて。

 そのときの衝撃で、ばかみたいだけどぼくは、さっき県立図書館で借りたウィリアム・バトラー・イエーツの『鷹の井戸』を放り投げてしまう。

「い、イエーツさん!?」

 ぼくはあわてて起き上がったけど、時すでに遅かった。

「イエーツさあああああああん!」 


 ウィリアム・バトラー・イエーツの『鷹の井戸』が、天使のように、歩道橋から降りていく。

 レアな光景だ。

 未だかつて、ウィリアム・バトラー・イエーツの『鷹の井戸』が、天使のように、歩道橋から降りていくなんてことが、この地球上であっただろうか? 


 さようなら、イエーツさん。

 あなたのことは忘れないよ。

 まだ読んでないけど。

 

 その時だった。

 ウィリアム・バトラー・イエーツの『鷹の井戸』が空中で消滅した!

 

 思わずぼくは目をこすった。

 見た。

 ウィリアム・バトラー・イエーツの『鷹の井戸』はやっぱりない。

 そこでぼくはもう一度目をこすった。

 見た。

 ウィリアム・バトラー・イエーツの『鷹の井戸』はやっぱりない。

 それを何度も繰り返した。

 やがて目が赤くなってきた気がするのでやめた。


 んんん?

「待てよ……」

 昨日、ひなぎもここから飛び降りて消えたよな?

 ということは!

 ぼくの中で何かが閃いたのだった。

  

 ぼくは試しに、筆箱を出して、今日の授業中になんとなく作っておいた練り消しを、ここから落としてみることにする。

 ここから落としてみることにする。

 落としてみることに……。

 そう言いながら、ぼくはなかなか練り消しを落とさずにそのまま指でつまんでいた。

 これは頑張って作ったものなのだ。

 

 歩道橋の上に突風が吹いた。

「はよ落とさんかいっ!」

 と風に突っ込まれたような気がする。

 そのせいで、

「ああ!」

 と、ぼくはとうとう練り消しを落としてしまった。


 練り消しもまた、空中で消滅した。


 ぼくは叫ぶ。

「やっぱり!」

「ふふふ、気づいたようね」

 と背後で何者かの声がした。

 カラン……コロン……という足音が近づいてくる。

 この足音は……ゲタ、だよな。

 ということは?

 ぼくは、自分の頭の中で、様々なパズルのピースの断片が、組み合わさっていくのを感じた。 

 今、ぼくの後ろに立っているのは……。


「ひなぎ!」

 とぼくは振り向いた。

「ご名答! 超天才! かっこいいぞ! ひゅーひゅー!」 

 となんかひなぎがめっちゃ褒めてくれている(でもなんでゲタなんかはいているんだ?)。

「いやあ、そうかなあ!」

 だがまんざらでもない。

「というわけで、わたしのお願いを聞いて欲しいのっ! うるしの耕作くん!」

 うるし?

 それを言うなら「うるわしの」では!?

 だがまんざらでもない。

「うん、いいよ!」

 とぼくはまだお願いの内容も聞いてないのに快諾した。


「……」

「……」


 ひなぎは、ぼくがそのお願いとやらを引き受けた途端に、ぴたっと褒めるのをやめた(上手くおだてられたのだ)。

 歩道橋の上に、空っ風が吹いた。


 これが日本のわびさびである(違う気もする)。


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