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ひなぎく  作者: くらむ
1/22

1 幽霊に襲われたとしても、風のようにすり抜けていく


 もし今この瞬間が小説の一行目なら、どのような文章で始めるべきだろうか?

 まあいずれにせよ、きっともう二行目なのだろうし、今更そんなことを考えたって遅い。

 ほら、もう三行目だ。

 四行目。

 千行目。

 うそうそ、今のは五行目(これは六行目)。

 ばかな空想はやめて、ぼくは、歩道橋の階段を一気に駆け上がった(ぼくは学校から帰る途中だったのだ)。 

 そしたらそこには女の子がいて、それも、歩道橋の手すりの上に立っていた(危なくないのかな?)。 

「え」

 それから女の子は、ぼくの方を向いて、ちょっと微笑んだ。

「え」

 かわいいな……と思ったのもつかの間、女の子はそこから道路に飛び降りたのだった。

「え」

 ……。

 手すりに蝶々が止まった。

 ………………。

「え、え、え、えぇ~~~っ!?」

 蝶々が飛んだ。


 大事故の予感がしたぼくは、あわてて110番に電話をかけつつ、下の道路を覗きこんだ。

 だけど正直見るのがこわかったので、ばかみたいだけど、目をぎゅーっと閉じてしまっていたので、何も見えなかった。

 ぼくは徐々に目を開けていく。

 

 やがてぼくは呆然としながら道路を見下ろしていた。

「変だなあ」

 そこに女の子の姿はなく、ただ当たり前に車が走っているだけだった。

  



「どうされましたか!?」

 と電話の向こうから、切迫した声がした。

「どうされましたか!?」

 ともう一度言われてぼくは我に返る。


 いや、ほんとにどうなってるんだ?


「……なんでもありません」

 とぼくは言った。

「はい?」

「多分」

「ふざけてるんですか!?」

「うっ」

 とぼくは電話を切った。

 いたずら電話だと思われたに違いないけれど、しょうがない。


 それより今のはいったい……まさか幽霊?

 こわっ!


 ぼくは、さっき女の子が立っていたはずの、手すりの上を調べてみることにした。

 靴の跡でも見つかれば、少なくとも、彼女が幽霊ではなく、手を伸ばしてもすり抜けない、確かな実態を持った女の子だった、と言うことができるだろうから。

 ところで全然関係ないことかもしれないけれど、人間が幽霊をこわがるのって、なんだか不思議なことだ。  

 だって、幽霊は壁をすり抜ける。

 それならば、幽霊に襲われたとしても、風のようにすり抜けていくだろうから、なんともないはずじゃないか。

 実際こうしてこわがっている今のぼくが、こんなことを言ったとしても、全然説得力はないのだろうけれども。

 がくがくぶるぶるである。

 

 それで、靴の跡はあるだろうか。

 あった!

「やっぱりね」

 それからぼくは、自分がシャーロック・ホームズにでもなったつもりになる。

 わずかな痕跡から推理して、真実を見破るのだ(真実というものはいつも一つだとぼくは思う)。

 ぼくはまず、筆箱から定規を出して、靴の跡に当てた。

 ここから、靴のサイズを導きだすことができる。

「だいたい24センチか」

 だけど、そんなことがわかってなんになるんだ?


「やっぱり探偵には向いてないのかなあ」

 とためいきをついたぼくは、筆箱に定規を収める。

「別に探偵になりたいわけでもないし、まあいっか!」

 その時だった。

 再び靴の跡の形が、ぼくの目に止まったのである。

 何かが引っかかった。

「この形、どこかで……うーん?」

 と、ぼくは歩道橋の上を何度も行ったり来たりしながら考えこんだ。

 さっき、あの女の子がどんな靴を履いていたかを、ちゃんと見るべきだった(結果論だが)。


 突然ぼくは立ち止まる。 

「そうか、わかったぞ! この靴は、この靴は……」

 ゲタだった。

「……なんでゲタ?」

 それでぼくはなんだかガクッと来てしまって、この薄気味悪い歩道橋を後にすることした。


 なんだかよくわからなくない状況だ。

 きっとぼくは疲れてるんだ。

 うんきっと疲れてるんだ。

 さっきのは見なかったことにしよう。

 そして、明日からは、別の道を通って、帰ることにする。

 それが精神衛生上、一番いい……。


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