半透明の宇宙人
1
「え」
アパートに帰ると、半透明の若い男女が、座って飯を食っていた。
「なんなんだお前ら」
「あー、私たちが見えるんですか?」
これはもしかして、幽霊というやつじゃ。
「いや、違うよ。幽霊だと思ってるなら違う」
「私たちは、遠い惑星からやって来た宇宙人です」
「宇宙人が俺になんの用だ。人の家で飯を食いやがって。しかもそれ、俺の飯じゃねーか」
男女は、とつとつと自分達のことを語りだした。
宇宙を二人で気ままに旅している。
食べ物や燃料は、少しだけ(勝手に)拝借する。
念のため自動翻訳機は持っているが、現地の人は基本的に私たちの姿は見えないはず。
時々、私たちの姿が見えてしまう人がいるが、そういう人は私たちに理解がある人なので大丈夫。
「大丈夫ってなんだよ。ぜんぜん大丈夫じゃねーよ」
2
他の人には見えないので、警察につき出すわけにもいかず、俺は半透明の宇宙人たちを泊めてやることにした。
幸い、二部屋あるうちの一部屋が余っていた。
次の日の朝、リビングでくつろいでいると宇宙人の女が部屋から出てきた。
「男は?」
「どこか散歩してくるって出ていきましたよ」
俺はまじまじと宇宙人の女を見る。半透明だけど、外見はどこにでもいそうな女の子に見える。
「故郷の星に、帰ったりするのか?」
「いや、もう帰らないと思う」
「どうして?」
「もともと、そういうのに縛られるのが嫌で旅してるから」
「そういうのって?」
「私は自由に生きたいの。自由に旅をして、いろんな星を見て。好きな人と一緒に。そういう生活、興味あります?」
「わからない。俺には想像もできないな」
3
「なんだよっ」
「信じらんない」
二人が怒鳴り合う声が聞こえてきて目が覚める。時刻は深夜だった。まずい、近所迷惑だ。宇宙人どもに注意しないと。
そう思っていると静かになった。しばらくして、俺の部屋がノックされた。
「すいません、起きてますか」
「ああ」
ドアがそっと開かれて、彼女が入ってきた。暗いためか、半透明には見えない。
「こっちに泊めてもらえませんか。ちょっと喧嘩しちゃって」
「喧嘩って、どんな」
「最近、あの人が何を考えるのか分からないことがあって」
どこの星の人間も、似たようなことを言うのだな、と俺は思った。
「ねえ、私たち二人で別の星に行きませんか?」
「え」
「初めて見たときから、やさしい人なんじゃないかなと思ってたんです」
俺は驚いて声が出ない。
「隣の部屋、誰かと同棲してたんでしょ、本当は。でも別れて出ていっちゃったんでしょ。私と二人で、宇宙を旅しながら生きてみませんか」
「今の彼はどうする」
「この星に置いていきます。宇宙船は二人乗りですから」
「せっかく、故郷の星を二人で出てきたのにか?」
「え、私と彼は同じ故郷じゃないですよ」
「どういうことだ」
「もともと彼は別の女性と旅してたんです。それでたまたま私がいる星にやって来て、それで私と旅するようになったんです」
「なんだって」
「でも彼も、最初に旅に出た人じゃなくて、同じように誘われて自分の星を出たと言ってました」
そうか、そうだったのか。
「……俺は、興味ないな」
「私のことが、嫌いですか?」
「いや、そうじゃない。ただ俺は、この星に根を張って生きたいと思ってるんだ。今はっきりと分かった」
4
今日はそのベッドで寝ていいと言って、俺は毛布を出してリビングに行った。
次の日、目が覚めると、宇宙人の男女は消えていた。このアパートから出ていったのか、それとも俺が見ることができなくなったのか、どちらなのかは分からない。