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死神に出会った話

 近所では、僕はいつも学校を早退していると思われている。でもそれは違う。授業が終わるとすぐに教室を出ているだけで、規則に違反しているわけじゃない。


 他の生徒は運動をしたり文化系の活動をしたり、あるいはただ教室で話し込んでいるから遅くなるのであり、早く帰りすぎる僕は誰かに文句を言われる筋合いはない。まあ、誰も文句を言ってきたりはしないのだけれど。


 だから、帰り道で学生を見かけることは少ない。というか、中途半端な時間だからか、あまり人に出会わない。家の近くの公園を通り道にしているのだけど、公園にも人は少ない。


 だからその黒ずくめの男が公園のベンチの横に倒れているのも、すぐに発見することができた。そして、周りに誰もいない状況で、無視して通りぎることは僕にはできなかった。


「す、すいません、大丈夫ですか……」


「う、みず……」


「水ですね、ちょっと待ってくださいよ」


 公園の外に、自動販売機があるのが見えた。僕は水を買うと、公園に戻った。


「ありがとう、助かったよ」


「いいえ、もう大丈夫ですか」


 男は黒ずくめの格好だが、怖さは感じなかった。若く端正な顔立ちで、男でも見とれしまう雰囲気があった。


「以前は、公園の水が出ていたから、すっかり安心していたけど、もう出なくなってしまったんだね」


「はあ……」


 そういえば、以前は水飲み場があった気がする。子どものとき以来、使ったことはなかったけど。


「さて、君は命の恩人だ。どうかお礼をさせてほしい」


「いえ、かまいませんよ。僕は水を買ってきただけで」


「それなんだが、私はお金をまったく持っていないんだ」


「いや、別にかまいません。もう僕、行かないと」


「まあまあ、ちょっと座って、話をしよう」


 男は自分の隣のベンチをすすめた。正直な気持ち帰りたかったけど、僕は断り切れずに座ってしまった。


「私はね、実は死神なんだよ」


 これは、本当に帰った方が良かった案件だったみたいだ。


「本当はだめなんだけど、君は命の恩人だから、特別に決めさせてあげよう」


「決める? 何をですか」


「死ぬ人間だよ。私は死神だから、できることはそれだけなんだ」


「し、死ぬ人間?」


「そう。これから死ぬ人間を一人だけ、君に決めさせてあげるよ」


「いやあ、いいですよ。そんなの」


「まあ、そう言わずに。明日、この時間にまたここに来るからさ。それまで考えてみてよ」


「明日! そんな、無理です」


「じゃあ明後日だ。明後日にしよう」


 そう言って、男は歩いて公園を出て行ってしまった。ベンチに取り残された僕は、とりあえずほっとしていた。


 家に帰って、いつもならすぐにゲームを始めるのだけど、その日はさっき出会った男の言っていたことが気になった。


 もちろん、死神だなんてことは信じてない。でも、誰かを殺せるとしたら、僕は誰かを殺したいと思うのだろうか。


 今、世界中で紛争の種は尽きない。他の国に侵略している国のリーダーを殺せば、戦争が終わって多くの人が幸せになるかもしれない。でも、誰が本当に悪いかなんて僕にはわからない。自分の住む世界から遠く離れすぎてるんだ。


 じゃあ、身近な人間で死んだ方がいいと思うやつは。


 僕の頭に、Aの顔が浮かぶ。


 Aは、僕のクラスのいわゆる不良だ。あいつが死んだら、あいつにいじめられているやつは助かるのかもしれない。昔、Aのせいで不登校になった生徒がいたという噂を聞いたことがある。僕も、あいつにいじられそうになって嫌な思いをしたことがあった。


 きっと、大人になっても他人に迷惑をかけて生きていくのだろう。だったら、Aは死んだ方がいい?


「そこまでじゃない。それはさすがにかわいそうでしょ」


 僕は一人つぶやくと、いつものようにゲームを始めた。でも、いつものように集中できなかった。


 次の日、学校で授業を受けているときも、死神のことが僕は気になっていた。


 僕は隣の席のBさんを盗み見る。Bさんは、とても感じのいい女子だった。誰とでも分け隔てなく接して、みんなから慕われている。クラスのリーダー的な存在だった。Bさんがいなかったら、クラスの雰囲気はもっと悪くなっていたと思う。


 Bさんの意見を聞いてみたかった。もし誰かを殺せるのなら、世の中のために誰かを殺した方がいいのか。


 例えば、A。このクラスになってから、Aが誰かをいじめそうになったとき、Bさんがそれとなく制していたように思う。死神にAを殺すように頼んだら、Bさんの負担も減るんじゃないだろうか。


 死神と名乗る男に出会ってね、誰かを殺してくれるって言うんだ。そんなことを話せるわけがなかった。誰にも話せない。僕がおかしい人間だと思われるだけだ。死神と会ったということもそうだし、誰かを殺した方がいいのかということもそうだ。


 でも、どうしても聞いてみたかった。だから僕は、スマホをわざと忘れて帰ることにした。Bさんは、授業が終わっても教室に残ってクラスの人達と話をしている感じだった。スマホを録音にして机の中に入れておけば、Bさんがみんなとどんな話をしているのかわかる。


 もし、スマホを見られても、ロックをかけているから録音していることはばれないだろう。


 クラスの人達がAに迷惑している、そんな話がもし出れば。そしてそれにBさんも賛同したら、Aのことを死神に頼んでもいいんじゃないだろうか。


 僕はその日、スマホを机の中に入れたまま帰った。どうせ、Aの話なんて出ないだろう。そうなったら、死神のことはきっぱり忘れてしまおう。


 次の日、僕は学校へ行くとすぐにスマホを回収した。昼休み、図書室に行ってイヤホンをつなぐ。始めはガヤガヤしていて、よく聞き取れない。そのうち、何人かの話声がよく聞こえるようなった。どうやら、Bさんの周りに集まって話しているようだ。男女どちらの声も聞こえる。その中にはAもいるようだった。しばらくは、他愛もない話が続いた。


「なあ、この席のやつって、生きてて何が楽しいんだろうな。いつも帰るの早すぎでしょ」


 Aの声だ。どうやら、僕の席に座っているらしい。


「さあ、なんかゲームが好きみたいらしいよ」


 Bさんが答えた。以前、いつも何をしているのか聞かれたことがあった。


「いや、ゲームは俺も好きだけど。そればっかりはできなくね」


「ちょっかいだしちゃだめよ。そういうのが嫌な人もいるんだから」


 どうやら、AとBさんだけが話しているようだ。他の人達は帰ってしまったのだろうか。


「へえ、お前、こいつのことが好きなんじゃね?」


 一瞬、時が止まった。


「そんなわけないじゃない。ああいう人って、ちょっとのことでも根に持つの。また、あなたがいじめたなんてことになったら嫌なの」


 少し間が空いた。


「学校ではやめてって言ってるでしょ」


「お前が俺のこと好きって言ったくせに」


 僕は録音を聞くのをやめて、学校を早退した。


 公園のベンチに座って待っていると、しばらくして死神と名乗る男がやってきた。


「やあ、待たせたみたいだね。その顔を見ると、これから死ぬ人間を決めたのかな」


「そのことなんですけど、ちょっと確認したいことがあって」


 死神が僕の隣に座る。


「いいよ、何でも聞いてよ」


「お願いできるのは、一人だけなんでしたっけ」

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