アリとキリギリス
1
みなさん、アリとキリギリスの話は知っていますか。
夏の間、アリは一生懸命はたらいていましたが、キリギリスは遊んでばかりいました。そして冬になって、キリギリスは食べるものがなくなり、アリに助けを求めるというお話です。
アリとキリギリスの話はそこで終わりますが、これは、その続きの物語になります。
2
結果として、アリさんはキリギリスさんを助けたのですが、そのときに、こんな話をしました。
「キリギリスさん、君は夏の間に遊んでばかりいたから、冬に食べるものがなくなったんだよ。次の夏は、僕の畑を貸してあげるから、そこで食物を作るといいよ」
「そうだね、アリ君。アリ君の言うことが正しいね。次の夏から、僕はしっかりと働いて食物を作るよ。でもただで畑を貸してもらうのは悪いから、僕が作った食物の半分をアリ君にあげることにするよ」
そう言って、二人はしっかりと握手をしました。こうして、キリギリスさんはアリさんに食物を渡すという約束をしたのです。
3
次の夏がやってきました。キリギリスさんは一生懸命はたらきます。
働いてみると、キリギリスさんは食物を作るのがとっても上手でした。アリさんが一生懸命はたらいて五を作る間に、キリギリスさんは十ほど作っている、というぐあいでした。
そして夏の終わりに、キリギリスさんは作った食物の半分をアリさんにあげました。
食物は十分な量があったので、冬がやってきても、キリギリスさんはアリさんと同じようにおなかを空かせることなく過ごすことができたのです。
4
また夏がやってきました。キリギリスさんは一生懸命はたらいて、どんどん食物を作ります。
それを見ていたアリさんは、キリギリスさんが食物をたくさん作ってくれるので、自分は働かなくてもいいんじゃないか、と考えるようになりました。
ためしに、その年のアリさんは食物を作らずに夏をすごしました。アリさんにとって働かないというのは、とっても居心地の悪いことでしたが……。
結局のところ、冬がやってきても、アリさんもキリギリスさんも食事に困ることはありませんでした。
一生懸命はたらいたキリギリスさんのおかげです。でもキリギリスさんは、最初にアリさんに助けてもらったし、畑もアリさんのものなので、何の不満も持ちませんでした。
そして、夏の間にキリギリスさんがアリさんの分まで食物を作るという暮らしが何年も続きました。
キリギリスさんがアリさんの分まで食物を作るというのは、当たり前のことになったのです。
5
ある年のことでした。いつものように夏になりましたが、あまり暖かくなりません。
「どうしたんだろう、おかしいな」
キリギリスさんは不安を抱えながら食物を作りました。
「ちゃんと作物が育つといいけど……」
キリギリスさんの悪い予感は当たりました。その年は、いつもよりずっと少ない食物の量しかできませんでした。
キリギリスさんはアリさんに言いました。
「アリさん。悪いけど今年は食物の量を少なくしてもいいかな。夏なのに寒くて、食物があまりできなかったんだ」
「それはだめだよ、キリギリスさん。最初に約束したじゃないか。キリギリスさんから食物をもらうのは、僕の当然の権利だよ。約束を破ることは許さないよ」
アリさんはそう言って、自分が食べる分の食物をしっかり持っていきました。キリギリスさんのところには、あまり残りませんでした。
その年の冬、キリギリスさんは少ない食物で過ごしました。そのせいで、キリギリスさんはだいぶ弱ってしまいました。
冬が終わり夏がやってきたとき、キリギリスさんは助かった、と思いました。これでまたがんばって働けば、おなかをいっぱいにできる、体もきっと元気になる、そう思いました。
ところが、その年の夏もあまり暖かくなりません。キリギリスさんがどんなに一生懸命はたらいても、食物は少ししかできません。
キリギリスさんはアリさんに言いました。
「アリさん。今年は食物をあげられそうにないよ。天気が悪くて、十分な食物ができなかったんだ」
「なんてことを言うんだ、キリギリスさん。最初に助けてあげた恩を忘れたのかい。それに約束もしたじゃないか。そんなことは絶対に許さないよ」
アリさんは食物をすべて持って行きました。キリギリスさんには何も残っていません。
食物のないキリギリスさんは、とうとう冬の間に死んでしまいました。
キリギリスさんが死んだとわかって、アリさんは困ってしまいました。
「キリギリスさんが死んで、来年から食物はどうしようか。もう自分で働くことなんてできないし……」
アリさんは窓から外を眺めました。畑の向こうに、山が見えました。
「そうだ。山に行って、キリギリスさんの代わりを連れてくればいいんだ。そいつに食物を作らせれば、僕は働かずにすむぞ」
6
夏になってすぐに、アリさんは山に行きました。キリギリスさんの代わりを探すためです。
アリさんが山に入っていくと、誰かが地面に倒れているのにすぐに気がつきました。
「やや、君はどうしたんだい。こんなところに倒れて」
「おなかが減って動けないんだ。木の蜜を食べたいんだけど、カブトムシさんやクワガタさんに取られて、僕はぜんぜん食べれないんだ」
「君、名前は?」
「カナブン、だよ」
「僕はアリというものなんだけど、カナブンさんにいい話があるんだ。山を出て、僕のところに来ないかい? 僕のところには畑もあるし家もある。夏の間にしっかり食物を作っておけば、冬になっても困ることはないよ」
「冬の間もおなかをいっぱいにできるの?」
「そうだよ」
「そんないい話があるなんて、アリさんに感謝してもしきれないよ。本当にいいのかい?」
「もちろんだよ。でも条件が一つあるんだ。とっても大切なことだよ」
「なんだい?」
「畑と家を君に貸してあげる代わりに、僕の分の食料も作ってほしいんだ。畑を貸してあげるんだから当然だよね」
「でも僕、食料なんて作ったことないよ。そんなにたくさん作れるかな」
「それは大丈夫。僕がしっかりと作り方を教えてあげるから」
「わかった。それならいいよ」
こうして、アリさんとカナブンさんの契約は結ばれたのです。
7
アリさんはカナブンさんを自分の畑に連れてくると、しっかりと食物の作り方を教えました。
カナブンさんは頭が悪く不器用でしたが、そのうちになんとかできるようになりました。
去年まで続いていた天気の悪さもなくなり、カナブンさんが一生懸命はたらいたので、その年は食物がたくさんできました。
夏の終わりに、アリさんはカナブンさんのところへやってきました。
「それじゃあ、約束どおり、食物をもらっていくよ。これは食物の作り方を教えたり、畑を貸してあげた分のお礼だからね。悪く思っちゃいけないよ」
「お前に、食物はやらない」
「なんだって?」
「これは俺が作ったものだから、お前にはあげない」
「いいかい、カナブンさん。この食物を作った畑は僕のものなんだ。それに僕は山で死にそうになってた君を助けて、食物の作り方も教えてあげた。そしてなにより、約束を破るというのは、とってもいけないことなんだよ」
カナブンさんはいきなり、アリさんを殴りました。
「なにをするんだ。カナブンさん」
「お前の理屈なんか、山で育った俺には通用しない。えらそうなことを言うと、踏み潰すぞ」
「なんてひどいやつなんだ、君は。わかったよ、食物はいらないから、ここから出て行ってくれ」
「それはできない。もうこの畑は俺のものだ」
「そんな。畑も食物もなかったら、僕は飢え死にしてしまう」
「だったら、俺の畑を貸してやる。その代わりに、俺の分の食料も作ってもらおう。ははは、われながらいい考えだ。もし断るなら踏み潰すぞ」
こうして、次の年から、アリさんはカナブンさんの食物まで作らなくてはならなくなりました。カナブンさんがたくさん持っていくので、アリさんはいつもおなかを空かせています。それでも逆らうことはできません。何か言えば、すぐに踏み潰すとおどされるのです。