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服屋の扉を開けたマキシに、店主と思しき老婆が近寄ってきた。
「あら、久しぶり。元気してたかい?」
「いや、多分人違いだと」
さっきこの世界に突き落とされた身のマキシと、数十年この世界にいるであろう老婆が久しぶりなはずもない。。
「あら、フリードさんのところのジョーくんじゃないのかい?そういえばちょっと肩幅が広いような気がするねぇ」
ゴリラと肩幅以外に違いがなければ、それはもうゴリラだ。
毛深さや肌の色くらいの違いもないのだろうか。
「違いますね。あの、ローブか何か、合うサイズのものがほしいんですが。」
「ロープ?ジョーくん、そっちの趣味に目覚めたのかい?私も昔はブイブイ言わせた身でねぇ」
「全て違いますね。ゆったりめの、ローブ……」
「縄はきつく縛るもんだよ。若いものは根性が足りないから困るよ」
このタイプの老人は話が通じないことを、前世の経験からマキシは知っている。
帰るか、もしくは他の店員を探すかと目線を動かすがこの老婆の他に人はいなさそうだ。
帰ろうと踵を返したマキシの眼の前で扉が開く。
「おばあちゃん、ただいま!」
「ごめんなさい、ちょっと買い物が長引いてしまって……」
入ってきたのは乳歯も生え揃ってなさそうな少女と、その母親らしい婦人。
この老婆とは家族のようだ。
「おばあちゃん、その人だれ?」
「ああ、フリードさんちのジョーくんだよ。」
「違います。」
「じょー?っていうの?よろしくね!」
いかにも怪しげなマキシに、警戒心のかけらもなく少女は手を差し出す。
「いやあの……違うんだけどな……よろしく。」
少女の小さな手を優しく握る。
潰してしまわないか心配になるような柔らかな手指。
「すみません、うちの子が……」
婦人が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ……あの、それより買いたいものが。」
「麻のロープだったね。」と老婆。
その手には縄。いつの間に持ってきたのだろう。
「違います。ゆったりめのローブを。」
「すみません、母は耳が遠くて。ジョーさん?のサイズだとありものの布地でも2日くらいはかかってしまうかも。」と、婦人。
「2日…」
短くはないが、そう長くもない。
他のところで探すよりは、圧倒的に短時間で済むだろう。
「それで、値段はいくらほどに?」
「そうですね……採寸してみないとはっきりとはわかりませんがだいたい銀貨25枚くらいかと。」
「それでお願いします。」
これで服の問題は一件落着だ。
問題は二日間をどう過ごすかだが。
女神のせいでまた要らぬ苦労ばかり増えていくな、とマキシの恨みが更に深まった。