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ナンバープレート

 C6250といえば、鉄道ファンの間ではよく知られた機関車だった。華々しく特急列車をけん引し、昭和20年代の東海道本線では女王のような存在だった。”彼女”(鉄道ファンたちは本当にこう呼んだ)が走る日には、当時まだ高価だったカメラを持った男たちが線路際に並び、シャッターを切った。

 特に由比駅と興津駅の間にはまだ名神高速道路がなく、視界の邪魔にならずに富士山をバックに、まるで絵画のような写真を撮ることができた。特急だけでなく、数回に渡ってお召し列車を牽引したこともあり、それほどまでにC6250は有名だったのである。

 そんな機関車だからこそ、番号板ナンバープレートを見せられて、栄一は頭を抱えたのだ。一抱えもある長方形。砲金と呼ばれる金属でできた分厚いもので、大人でも持ち上げるには注意を要するほど重い。表面にはしっかりとした活字で、C6250と書かれている。

「あのC6250の本物のナンバープレートだ」

 と男は言う。

 男とは、このナンバープレートを抱えた、ギョロ眼の小男のことで、売却したいと持ち込んできたのだ。しかしモノがモノである。本物かどうかの判断がとっさにはつかず、

「しばらく預からせてくれ」

 と栄一は言い、わかったと男は去っていったのだ。

 男は名刺を残していた。加藤省吾とある。住所は隣県。職業は、栄一と同じ古物商と書かれている。不審に感じ、もちろん栄一は質問した。

「私と同じご商売なら、なぜあなた自身でこれを売りに出さないのです?」

「いや、俺の店は茶道具や書画専門でね。鉄道関係はさっぱり不案内で、やはり餅は餅屋と思ってね」

 確かに栄一は餅屋であろう。鉄道関係の古物は、栄一の店の専門である。古い機関車のナンバープレート、細かな部品、戦前発行のものに限られるが時刻表や雑誌、ブリキ製の汽車のおもちゃといったもの。大場商店といえば、業界でも少しは知られている。

 だから、このナンバープレートを栄一の店に持ち込むのもわからなくはない。しかしである。C6250ほどの名機のナンバープレートが、そうそう市場に出回るだろうか。1台の機関車に、ナンバープレートは前後左右の4枚しかつかない。

 機関車の解体時にナンバープレートが外されて売却され、鉄道ファンの手に渡るのは不思議ではない。だがC6250。所有者がそうそう手放すとは思えないのだ。

 実は栄一は、すでにその4人を見知っているのである。4人とも栄一の店の客だった。全員が熱心な鉄道ファンで、高価なコレクションを抱え、自宅の展示室はさながら小さな博物館のようだ。そのうちの一人は有名な映画俳優だが、自宅の広い庭に、C6250ではないが、ついには実物の機関車を引き取って展示し、年に一度日を決め、他の鉄道ファンたちにも公開して、見学会を催しているほどである。

 どうにも気にかかり、栄一は電話をかけ始めた。かける先は、C6250のナンバープレートを所有している4人の客たちである。親しい間柄だから、時候の挨拶と称して世間話を始めた。

 もちろん、

「C6250のナンバープレートを最近誰かに売りましたか?」

 などと質問はできない。失礼に当たるからである。一寸先は闇といわれる昨今の経済情勢では、いかに手元不如意になり、どういった事情で、いつ誰が何の売却を余儀なくされるか知れたものではない。

 4人のうち3人とは、すぐに連絡がついた。そして遠まわしながら、3人ともC6250のナンバープレートを今でも手元に所有していると確認できたのである。

 残りは一人だけだ。

 その一人とは名を木村といい、北海道に住んでいた。栄一の住む大阪とは、かなりの距離である。

 北海道に住む木村がなぜC6250のナンバープレートを収集したのかというと、多少の因縁がある。昭和31年には東海道本線、昭和39年に山陽本線が電化された後、C6250は失業する形になった。

 しかしもともと性能がよく、扱いやすい機関車である。救いの手というのではないが、ちょうど函館本線で急行ニセコの運行が計画され、そのけん引機として抜擢されたのだ。

 それゆえC6250はしばらくの間、北海道の地を走っていた。その時C6250に惚れこみ、ファンになったあげくオークションに参加し、安からぬ金額で木村はナンバープレートを競り落としたのである。

 どうしよう、

 と栄一は悩んだ。木村のような熱心なファンが、まさかC6250のナンバープレートを売却するとは考えられない。2年ほど前だが、ある商品の配達のため渡道し、家を訪ねた時の木村の様子。C6250について語るときの熱を帯びた口ぶりを、栄一はまざまざと思い出すことができる。

 やれやれ、どうしたものか。

 なんといっても北海道は遠い。しかもダイヤルしても呼び出し音が鳴るばかりで、なぜか電話もつながらないのだ。気にはなるが、栄一にできることは、これ以上何もなかった。

 そんな状況が動き始めたのは、翌日のことだった。北海道の木村が、ひょっこりと栄一の店へ姿を見せたのである。中肉中背、いかにも田舎の金持ち風ののんびりした顔つきの男だ。事実木村は、名の知れた造り酒屋の跡取りなのである。

「おや、木村さん…」

「やあ久しぶり…。どうしたね? びっくりした顔をして。わしが来てはまずいかね?」

「いやいや、とんでもない…」

 栄一は説明した。始めは気のないふうに聞いていたが、C6250のナンバープレートという言葉が出たとたん、木村の表情が変わった。

「すると栄一さん、それはまさかC6250の5枚目のナンバープレートということかい?」

「それはどうですかね? とにかくお目にかけましょう」

 やわらかい布で包み、部屋の奥に保管していたものを栄一は取り出した。机の上に置き、布を取り除けると、木村の表情がもう一度変わる。

「栄一さん、その小男、名を加藤といったっけ? 加藤はこのナンバープレートをあんたに預け、どう言ったんだい?」

「数日後にまたこの店に来るから、値段をつけておいてくれって、それだけです」

 目をこらし、木村はナンバープレートに顔を近づけ、

「このナンバープレート、本当に本物かい?」

「本物だから、困ってるんですよ。調べたけど寸法も間違いない。活字のサイズも配置もまったく正しいんです…。おまけにほら、プレート裏面の手触り、木村さんならお分かりでしょう?」

 ナンバープレートを傾け、栄一は木村に触らせたのである。

「ああ、この手触りは間違いない。まさしく国鉄工場製の本物だな」

 木村は感じ入っていたが、突然何かに気づき、キョロキョロした。そして店の入口をこわごわ振り返るのである。

「どうしました?」

「また来ると言ったって? じゃあ今この瞬間、その加藤とやらがこの店に入ってきても不思議はないよね」

「それはそうですが…」

 2人は顔を見合わせたが、その瞬間、

 カチャリ、

 とドアの開く音が聞こえ、どちらも飛び上がった。

 しかし店に入ってきたのは小男ではなかった。それとは逆に、背の高い男だったのである。

「ああ、大田さん」

 栄一もよく見知っている顔だった。大阪府警の刑事で、2年ほど前から捜査課に配属され、故買品こばいひんの捜査では何度かこの店にも来たことがあった。

 故買品とは盗品のことで、泥棒が物を盗んでも、それが現金を盗んだのでなければ、売って換金しないと意味がない。そういった盗品を買い取ることを故買といい、もちろん専門の故買屋も存在するが、栄一のような一般の古物商に盗品が持ち込まれることもあるのだ。

 鉄道関係が専門とはいえ、栄一の店も古物商であり、府警との間にはパイプがある。それがこの大田なのだった。

 背が高く贅肉がない分、大田は若々しく見える。しかし実は、定年まであと長くはない年齢なのだ。ただ頭部だけは年齢相応で、髪の毛は少なくなっている。

「おや、どうしたねあんたら、警察官に聞かれては困る密談でもしていたのかい?」

 と大田は豪快に笑う。

「いえね、そうじゃないんです」

 一瞬は木村と顔を見合わせたが、意を決し、栄一は話し始めた。

「…ふうん、そんな板切れ一枚に、そんな値打ちがあるのかねえ」

 木村はカチンと来たようだ。

「もし本物なら、刑事さんの半年分の給料でも追いつかない値がつきますんでね」

「しかしあんたら、そこにあるそれは、どうやら本物らしいのだろう? なんだっけ? 寸法やら材質やら、手触りやらでさ」

「特にこの字体がね」

「字体?」

「C6250というこの文字ですよ。この文字は、国鉄の外部では手に入りません」

「模造して作ればいいんじゃないか?」

「模造して偽造も不可能じゃありませんが、金と手間がかかります。そんなことをしたら、とたんに儲けがなくなりますよ。これほど大きな番号板を作るには、それなりの設備も要りますんでね」

「それじゃあ、1台の機関車に5枚のナンバープレートはない、というのは確かかい?」

「当たり前ですよ」

「なあ栄一さん、あんたの知ってる4人。ここにいる木村さんのを含め、その4枚が全部本物だというのは?」

 栄一はうなずき、

「それも確かです。私自身が、4枚ともじかに見たことがありますから」

「ふうん、面白い話だよな」

「これは事件ですかね、大田さん?」

「さあな、俺は知らないよ。被害届も出てないしな」

 と、この日の話はここで終わるかと見えた。この日以降も、相変わらず栄一は件のナンバープレートに値段をつけることができずにいたが、なぜかギョロ眼の小男、加藤はなかなか店に姿を見せなかったのである。

 親戚の結婚式に出席するために来阪していた木村も、5枚目のナンバープレートのミステリーには首を傾げつつ、北海道へ帰っていった。

 ところがである。翌日の夕方、もう店を閉めようとしていた時間だが、突然大阪府警の大田が飛び込んできて、栄一は目を丸くしたのだ。

「どうしたんです、大田さん?」

「どうもこうもないさ。とにかく水をいっぱいくれ」

 本当にここまで走ってきたらしく、大田は肩で息をしているのだ。手渡されたグラスからうまそうに飲んだ。

「栄一さん、この間のC6250のナンバープレートな。持ってきた加藤という男、あれから姿を見せたか? あんたはあのナンバープレートを買い取ったのか?」

「いえいえ、あれから加藤は姿を見せません」

「おやそうかい…。それは好都合だ」

「どうしてです?」

「あの加藤は詐欺師だぞ。とうとう被害者が出た」

「えっ?」

 大田の説明はこうだった。

 加藤という男は、栄一以外にもナンバープレートを売ろうとしたのだ。鉄道趣味業界は意外に広い。ナンバープレートのコレクターといっても、栄一の知らぬ人もあちこちにいるのである。その一人の元を訪れ、加藤はナンバープレートを売りつけたのだ。

「それが驚くじゃないか。35万円という値段だぞ」

 その数字も、特に栄一を驚かせるところはなかった。この時代のナンバープレートとしては相場である。

「それで大田さん、どうして詐欺だとわかったんです?」

「その機関車の番号さ。D51955だってさ」

 もちろん大田は記憶していたのではなく、ポケットから取り出したメモを見てのことである。しかしその時には、すでに栄一の表情は変化していた。

「はあ、それはまた…」

「どうしたね? なぜこの番号だと偽造品なんだね? この間のC6250と同じように、字体や寸法に問題はないんだぜ」

「D51型には、955号機なんて存在しないんですよ。あまり知られていないことですが、954の次は1001まで空白なんですから」

「えっ、なぜだい?」

「機関車というのは、国鉄が機関車メーカーに発注して作らせるんです。複数のメーカーにまたがって発注するぶん、連絡の行き違いや目算違いがしばしば起こるものでしてね」

「だからD51の955号機は、始めから製造されていないと?」

「そうです」

「ふうむ…」

 大田は首をひねった。

「…すると栄一さん、加藤という男はあまり頭の切れるほうじゃないかもしれないぜ…。加藤というのも、どうせ偽名だろうが」

「調べたんですか?」

「被害者の元に、加藤は名刺を残していた。あんたが受け取ったのと同一さ。自分が経営しているとかいう古物店の住所が載ってたろ? 現地の警察に問い合わせてみたが、そんな店は存在しなかった。店が存在するはずの住所には、田んぼが広がっているそうだ」

「ははあ」

「感心するんじゃないよ…。しかし、加藤がまだここに来ていないのは好都合だ」

「どうしてなんです?」

 大田は笑い顔を作った。

「なああんた、明日からあんたは、店に従業員が一人増えるぜ」

 その言葉通り、翌朝10時に栄一が店を開けると、戸口の前には大田が立っているのだった。50歳過ぎの男が、慣れない丁稚奉公である。

 栄一もやりにくくて仕方がないが、まさか追い出すわけにもいかない。こうなれば、一日でも早く加藤が再び姿を見せるのを祈るだけだが、祈りが聞き届けられたのは夕方、閉店間際のことである。店の前に自動車が止まる音がした。

「いらっしゃいませ」

 ドアが開くと、反射的に栄一の口から声が出る。そして、客の小柄な姿に目を丸くした。

「やあ加藤さん、お待ちしてました」

 大田は店内の床を掃き掃除していたが、驚くふうもなく、ゆっくり振り返った。客と目が合っても、自然に軽く会釈するのみである。

 客が口を開いた。

「ご主人、あのナンバープレートに値段をつけてくれましたか?」

「これでどうです?」

 遠慮なく、栄一は手の指を10本広げて見せた。100万円ということである。

 加藤は唇をゆがめるマネをした。しかし、あくまでもマネである。金額に不満を持っていることは感じられない。

 返事を待たず、栄一は太田を振り返った。そして、少し声を荒げたのである。

「おい、いつまでも床掃除ばかりしてないで、今言った用事をさっさと済ませちまいなよ」

「へい」

 ホウキとチリトリを置き、大田はそそくさと店の奥へ消えた。いかにも尻尾を丸めているふうの後ろ姿とその演技に、栄一は密かに感心したのである。

 栄一の店は自宅を兼ねているのだが、電話は2本引かれていた。1本は店にあり、もう1本は奥の台所にある。大田はその受話器を手にとった。

 電話する相手は府警の部下だった。

「ああ、加藤が店に来た。店の前に車を止めている。見失わずにつけろよ」

 受話器に吹き込むように言い、大田は電話を切った。

 大田から電話を受けた警察官が、店の前で配置につくまで、客を帰らせないようにと栄一には指示が出ており、栄一もそれを守った。

 難しいことではなかった。この加藤という男、元来話好きなようで、ちょっと水を向けるだけで食いついてきた。いわく、どうせ実在せぬ架空のコレクターであろうが、C6250以外にも、さらに数枚のナンバープレートの売却を依頼されているそうな。

「ほう、それはなかなかのコレクターですな。それはどんなナンバープレートなのです?」

 と栄一が餌を見せると、さらに加藤は食いつくのである。加藤が機番を一つあげるたびに、栄一は腹の中でせせら笑った。あまりに夢のようなラインナップなので、まさしく嘘くさいのである。


 C5343:

(へええ、あの伝説の流線型機かい?)


 電気機関車の8008:

(こいつ、昭和3年の改番以降、番号が一つずつずれたことを知らないんだな。確かに8両存在したが、8000型は8007で終わりさ)


 C108:

(おやおや、C10型は全滅したと思ってやがる。先年、C108は民間に払い下げられたじゃないか)


 とまあ、こういう具合である。

 売買は確約したが、100万円とは大金だ。すでに銀行も閉まり、

「すぐには用意できない」

 と栄一は言い、加藤も機嫌よくうなずいたのである。

 数日後の支払期日を決め、加藤は店を出て行ったが、その時にはすでに自動車に乗り、大田の部下が店の前に待機していた。

 すでにあたりは暗くなりかけている。音を立てないようにドアを開け、大田もひょいと後部座席に飛び乗って、追跡が始まった。

 加藤の車は小型で、速度も遅い。難しい追跡ではなかった。淀川を越え、加藤の車は兵庫県へ入っていったのである。

 大田は、ハンドルを握る部下に言った。

「なあんだ。加藤は兵庫県の人間か。名刺には奈良と書いてあったけどな」

「実は警部、すでにあの車のナンバーを無線で送り、調べました。所有者は佐藤省一。兵庫県は神戸市の人間です」

「加藤省吾と佐藤省一。似た偽名を選んだもんだな」

「プロではなく、ただの素人に魔の差した犯行だと思いますよ」

「素人の火遊びってやつかい? でも詐欺は詐欺だからな。この火遊びは高くつくぞ」

 やがて佐藤の自動車は速度を落とし、ある家の車庫の中へ入っていった。すぐにまた佐藤が姿を現し、ガラガラと車庫のシャッターを下ろしたのである。家の表札には、もちろん佐藤とある。

「警部、これからどうします?」

「地元警察へやってくれ。佐藤のことを少し調べよう」

 逮捕状を持って、警察の一団が佐藤の家を訪れたのは、翌々日の早朝である。出勤前だった佐藤は文字通り、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「刑事さん、これは何です?」

 と妻子の手前、佐藤は言って見せるが、語尾は震えていた。

 もちろん栄一は、加藤こと佐藤に100万円支払うことはなかった。実物と見分けのつかないほどそっくりなC6250のナンバープレートは、証拠品として警察に持っていかれたのである。

 ただその時、大田が漏らした言葉に栄一は耳を疑ったのである。佐藤は現役の国鉄職員だったのだ。しかも職場は、機関車の修理や整備を行う神戸工場だという。

 事件の捜査がほぼ終わった頃、これまたいつものように夕方の閉店前だったが、大田が栄一の店を訪れた。

「よっ、いるかい?」

「おや大田さん」

「景気はどうだい?」

「景気よりも、あのナンバープレートの話はどうなったんですか?」

 客用の椅子にドカンと勝手に座り、大田は頭をかいた。

「どうもこうも、骨折り損に終わったさ」

「骨折り損?」

「D51955の偽造ナンバープレートを売りつけられた被害者がな、35万円さえ戻れば、被害届は取り下げると言い出したんだ」

「ははあ」

「ははあって、その理由がわかるのかい?」

 栄一はため息をついた。

「…わかりますよ。広くて狭い業界です。偽のナンバープレートを売りつけられたなんて話が世間に広まったら、恥もいいところですもん」

「うん、そうらしいな」

 栄一は茶を勧めた。

「だけど国鉄のほうは、どうなりました? 国鉄の神戸工場ですよ」

 その言葉に、大田は鼻を鳴らしたのである。

「ふん、国鉄も被害届は出さんとさ」

「どうしてです? 残業と称して、工場設備を勝手に使い、材料も勝手に消費して、佐藤は偽物のナンバープレートを作っていたわけですよ。立派な犯罪だと思いますが」

「国鉄にもメンツがあるんだろうよ。新聞ネタになるのは困るんだとさ…。本物と見分けのつかないナンバープレートのはずさ。本物の国鉄工場で、本物の職人が、本物の材料で作ったんだから」

「なぜそんなにまでして、佐藤は金をほしがったんです?」

「ギャンブル好きな男でね。それで借金が雪だるまさ」

「ははあ…。でも偽造したナンバープレートは、どうやって工場から運び出したんでしょう? 佐藤の家にはまだ数枚隠されていたのでしょう? あんなに大きな物、ちょっとポケットに入れて、というわけにもいきませんよ」

「国鉄工場で出る廃材を引き受けて、週に1回トラックで運び出すリサイクル業者がある。そいつを抱きこんだのさ」

「…なるほど」

 いかにも苦りきった表情だったが、ここで太田は笑い顔に変わり、栄一を見上げたのである。

「しかし栄一さん、この事件は、あんたには二重の意味で良かったんじゃないのかい?」

「二重? どうしてです? 私は別に…」

「あのな、まず第1に、あんたは偽物をつかまされずに済んだ」

「第2は何です?」

「佐藤によれば、いくらうまく作った偽造品でも、やはり自信がなかったらしい。だからプロの眼に触れさせて、それでもバレないことを確かめたかったのさ。そこで、プロ中のプロの眼を持つ相手としてあんたが選ばれたんだ。栄一さん、これは一種の光栄と言っていいんじゃないかねえ…」 


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