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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅰ、接触 ――Contact――
9/32

1-9

 拓斗さんは櫻井さんの電話を受けるなり目の色を変えて家を飛び出そうとしました。


「知り合いの所に襲撃が来た。助けに行く」


 そうとだけ言い捨ててさっさと走って行ってしまったのです。私は慌てて疾走する彼の後を追いました。


 後々、彼が助けに行ったのが同級生の女子だと判りました。彼が恐ろしい勢いで助けに行くので私はその女子が彼の彼女ではないかと思いましたが、櫻井さんには笑われ、拓斗さんには一蹴されてしまいました。


 私は彼を見やりました。前髪は真ん中で掻き分けた程度に分かれており、少し目つきが悪い所を除けば中々に整った顔をしています。考えてみれば、彼との出会いは奇跡的でした。櫻井さんが月輝石を忘れていてくれなければ彼とは出会えなかったでしょうし、そうなれば覚醒者を見付けることも困難になっていたでしょう。


 このタイミングで彼に出会えたのはまさに奇蹟、運命的です。櫻井さんの物忘れが怪我の功名となるとは思いもしませんでした。褒める気は毛頭ありませんが。


 拓斗さんの用意してくれたブランチを食べ、正午になった頃、私達は家を出て櫻井さんの所へと向かいました。


 彼女は車の少ない駐車場に立っていました。私達を見付けると手を振ってきました。相変わらず元気な子です。


「月輝石を忘れていないでしょうね」

「大丈夫」


 彼女はそう言って黒い小さな箱を取り出しました。私は一つ頷いてそれを受け取り、コンクリートの上に置きました。その前に跪き、合掌。呼吸を整えます。天気は快晴、良好です。


「始めます。私の近くにいてください」

「何をだよ」

「世界を故意に繋ぎ合わせ、行き来する魔導――越界(えつかい)です。十分少々、待っていてください」

「あれだね、簡単に言うとワープさ、ワープ」

「ワープに十分も掛かるのか」


 後ろの声を無視して私は魔導の発動に取りかかりました。黒い箱を静かに空け、その中で鈍色に輝いている石を地面に置きます。月の明かりのみを受けた石、月輝石。それは夜の光の象徴とも言える石であり、私の越界に欠かせないものです。


 越界には魔導によって作法が何種類かありますが、その全てが双子世界で共有されているものを使います。私の場合はその中でも天の星の光を用います。昼の光である太陽と、夜の光である月。この二つを合わせて魔導を行使するのです。


「――光陽結(こうみよう)界、展開(OPEN)」


 石を中心として、陣が地面に描かれ、光り出します。石の輝きが増すと共に虹色の点が軌跡を地面に残し、それが重なり、紋章へと変化。幾何学模様を描きながらその半径を広げていきます。私は手を地面について大きく息を吸い込むと、祝詞を紡ぎました。


「――表裏双子の世界・対なる導・(しるべ)無は有に融け・陰は陽と混ざり・日は月に食われ・闇は光を濃くし・悪は善ともつれ合う・甚だしき混沌の世界の橋渡し――」


 刷り込むようにして覚えた言葉を並べ、それに呼応して自身の魔導を結界へと流し込む。その作業を数分続けると陣は目映い限りの光を放ちました。一通り終えた私は立ち上がり、背後を見やりました。


「目を開けていられんな」


 光の中で拓斗さんがそう呟きました。


「とりあえず準備は終わりました。これから結界は太陽の光を溜め込み始めます。後数分、待機していてください」

「何も見えないよ」

「あなたは一度体験しているでしょう。慣れてください」

「そんな、ご無体な。こんなの慣れっこないよ」


 櫻井さんは両目を手で覆いながら抗議しましたが、私はそれを黙殺しました。


「これが、お前さんの魔導なのか?」


 不意に拓斗さんが呟き、私は心の中で笑いました。


「そうです。太陽の光を体に溜めて行使する魔導――光魔導(シヤイニング)です。元々数の少ない魔導でしてね、今では使えるのは私独りだけのはずです」

「お前さんだけ? 親はどうした」


 彼は訊いてから何かに思い当たったのか、済まない、と言いました。


「気にしないでください。事実ですから。……色々あって、親戚は誰もいません。言い方を変えれば私は光魔導(シヤイニング)の生き残りですね」

「……そうか。でも光を使うのか。相当強そうじゃないか」


 私は首を横に振りました。


「これはこれで大変です。力の媒介が光ですから、基本的に日光に当たるところでないと活動できません。その為夜も長くは起きていられないんです。定期的に日の光を浴びないと気を病んでしまいますし、体質的に結構面倒なんです」

「でもルクナは普通の魔導じゃ出来ない事が沢山出来るから良いじゃん。あたしなんて火力以外に取り柄がないのに」

「そのせいでこれといった得意技も無いんですけどね。まあ、確かに便利ですけれど。越界が出来るのも利点ですし」


 私は状況を見るために再び石の方を振り返りました。後一分くらいでしょうか。


 安心して立ち上がろうとしたとき、不意に左に巨大な影が立ったのが視界の端に映りました。


 驚いて見上げると、そこには口を大きく開けた屑が私を見下ろして立っていました。私が反射的に飛び退くと、直後、パリンと何かが割れる決定的な音が響きました。一拍おいてやっと何が起こったかを理解した私は、恐ろしさに四肢を震わせていました。


「そんな」


 ――襲撃。


「どうした?」

「襲撃、です」

「何?」


 私は半分ヒステリックになりながら叫びました。


「襲撃が起きたんです!」

「あってま、このタイミングで?」


 櫻井さんにそうです、と短く伝えた私はすぐに月輝石の所へと戻りました。運良く屑は離れていたようです。石を置いていた付近に手を近づけると、それを見付けました。


 月輝石は綺麗に二つに割れてしまっていました。切断面は弱々しく光っています。結界の要であるこれが欠けてしまった。それが何を意味するのか、経験の無い私は判りませんでしたが、魔導が失敗する事だけは理解出来ました。


 陣の紋章が崩れてしまったのであれば、いくらでも直すことが出来ます。ですが、紋章を作るための力の本体を潰されてしまってはどうすることも出来ません。光陽結界における越界は太陽の光と月の光を釣り合わせ、均衡を保った状態で発動させるものです。月輝石が壊されてしまった今その天秤は傾き、力は不安定な状態になってしまっています。


 不幸中の幸いか、越界を行うだけの魔導は溜まっていますが、成功したとしても何処に飛ばされるかは判りません。しかし今越界を止めてしまった場合月輝石のストックの無い私達は科学界に留まらなくてはならなくなります。それだけは避けなくては。しかし、何処に出るかも判らない。


 数刻迷い、私は越界を行う事にしました。


「櫻井さん、拓斗さん、今から無理矢理越界を発動させます。私の傍に寄って下さい」

「でも月輝石が壊れてない? なんか割れるような音したけど大丈夫?」

「判りませんよ! でも、飛ぶしかないんです。この世界に留まるわけにはいきません」


 私は割れた月輝石を地面におき、祝詞の続きを紡ぎます。

「――光に包まれる・闇に抱かれる・光となる・闇と化す・光は智・光は愛・光は心・彼方を見渡す望遠鏡・矛先示す灯台・光と光が融け・混ざり・一つとなるその場を示せ――発動(DRIVE)」


 その途端大地が鼓動し、うねり始めました。地面が溶け、何処までも沈んでいく感覚が全身を襲います。それは同時に何処かへと昇っていく感覚に似ていました。視界は膨大な量の光に包まれてしまっているためホワイトアウトしてしまっています。私はその中で賢明に目を凝らしました。


「見つからない」


 越界自体は成功しましたが、行くべき道が見当たらないのです。越界を行った後、魔導者は辿り着く先を見付けなくてはいけません。その為に飛ぶ先の世界に目印をおいておかなくてはならないのです。私の場合、それはもう一つの月輝石です。


 向こうの世界でも同じ様に月輝石を設置することで二つが共鳴し、二つを繋ぐ光の道が出来る。私はそれを見付け、同伴者を連れてその道に乗る。しかし片方の月輝石が割れてしまった以上共鳴が起こるはずもなく、魔導界に渡るための道しるべが消えてしまっているのが現状です。


 何処へ辿り着くかは見当も付きません。


 私はただひたすらに前へと進みました。魔導界の何処かへは着くはず、そう信じて、それ以外の可能性を破棄して前進しました。体は無重力状態で、進めと念じているだけで本当に進んでいるのかは定かではありません。


 気を失ってしまっている二人も気に留めなくてはいけません。光の越界に耐えられるのは光魔導(シヤイニング)だけで、それ以外は気を保っていられないのです。


 がむしゃらに邁進すること数刻、遠くの方に何か黒い点が見えました。光のみの世界には有り得ない存在。私は興味を持ちましたが、それを本能的に危険だと判断して視線を外しました。あれは確実に魔導界に繋がっていないと思ったのです。


「……あれ?」


 しかし、視線をその黒点から外したにもかかわらず、私の前には未だに黒点が映っていました。首ごと大きく振ってそれを視界に収めないようにしましたが、それでも黒点はくっついてきます。何をどうやっても視界の真ん中、私の目の焦点からずれてくれない。


「捕まった」


 正体の解らない何かに捕まえられてしまった、そうとしか考えられませんでした。しかし、誰が。この世界に光魔導(シヤイニング)は私独りのはずですし、相反する魔導、暗黒魔導(ダークネス)はまず越界を昼に行うことは出来ませんし、光の世界に干渉すること自体不可能のはずです。


 違う。何か、全く以て別の何か。このブラックホールの中心である黒点の奥に潜んでいるのは魔導者なんて言う生易しいものではない。そう直感しました。半分パニックになりながら必死でその黒点から遠ざかろうともがく私を嘲うかの様に黒点は存在し続けています。


 次第にその点が大きくなっていくのを感じました。じわじわと周りの光を飲み込み始め、黒い空間は広がって行きます。私がもがいている間にそれは視界いっぱいに広がっていました。


 食われる。


 愕然と漆黒の世界を見ながら呟くと同時に、私の体は何処かへと引っ張られていきました。

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