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何もしてないのに女子に好かれる主人公とか、美少女に言い寄られてキザに構えてる主人公とか、妙に格好付けた喋り方する主人公は大体作者が厨二病(特大ブーメラン)
元々私は一晩を櫻井さんの家で過ごすつもりだったのですが、彼女の家はあの有様なので急遽拓斗さんの家に泊めて貰う事になりました。彼は多少渋りました。
「良いのか? 一応、僕も同年代の男子だぞ」
それについては私も別の理由で拓斗さんと同じ屋根の下で寝るのには不安がありました。確かめておこうと思った私は無言で拓斗さんに歩み寄り、無防備な彼に抱きつきました。拓斗さんは突然の出来事に面白いくらい狼狽しました。彼の顔は一気に赤くなりました。
「な、何するんだ。離れろ」
抱きつくこと数刻、私はゆっくりと彼から離れました。体に異常はありません。
「いきなりなんだよ」
「私、男性恐怖症なんです」
拓斗さんが言葉に詰まりました。私は報告書でも読むように単調に続けました。
「まあ、幼い頃、色々とされましてね。それ以来どうも若干の後遺症が残ってしまったらしいのです。ですから男性に近づくことが出来ないんですよ。昔から親しかった人なら大丈夫なんですけど、不思議ですね、拓斗さんは初対面のはずなのに何ともありません」
「そうならそうと先に言え。驚くだろうが」
私は済みませんと謝りながら、何故彼だけは平気なのだろうかと疑問に思いました。酷いときでは触れただけでもヒステリックになってしまうというのに何故、考えれば考えるだけ答から遠ざかる気がして、私はそれについて思考を止めました。まだ少し頬が赤くなっている拓斗さんは後頭部を掻きながら私に言いました。
「両親が使っている寝室があるから、そっちを使ってくれ」
その時私はまだ、彼の親の姿を見ていないことに気付きました。普通の家庭なら夕食時にでもなれば親が帰ってくるはずです。なのに未だ誰も来ていません。
不安になった私が思いきって彼に訊いてみると、
「両親共海外出張でな。まあ、仕事柄そういうのはしょっちゅうあることなんだが、そういう事でどんなに急いでも一週間は帰ってこないだろうさ。運が良いな」
「親に許可を取っていないのに私が使って良いのですか?」
「僕が良いと言うんだから良いんだ。気にするな」
彼はそう言い、夕食のシチューを持ってきました。甘い良い香りが漂ってきます。一人暮らしが多いからでしょうか、彼は料理が上手です。
「美味しそうですね」
「そりゃどうも」
丁度その時、家の電話が鳴り響きました。彼は私に先に食べていて良い、と言うと、受話器を手に取りました。相手側の声は聞こえませんが、彼の対応からして親しい人のようです。
最初は他愛ない世間話をしていたのですが、急に拓斗さんの表情が一変しました。苦虫を奥歯で磨り潰している時の様な苦悶の表情です。
彼はその顔のまま受話器の向こうに対して相槌を打つと、そっちもな、と言い残してそれを置きました。彼は無言のまま座布団の上に座りさして美味しくも無さそうにシチューを食べ始めました。私は思いきって訊いてみました。
「誰からだったんですか?」
彼は手を止めて私を見て、それからすぐに視線を反らしました。
「母親だ。会社が屑とやらに襲われて会社員が軒並み殺されたらしい。母さんは運良く寝坊して助かったらしいがな。事後処理云々があるから当分は戻れないんだとさ」
「そうでしたか」
屑は世界中で発生している現象ですから、他国で働いているという彼の母の元に現れても何ら不思議ではないのですが、だからといって納得出来る事でも無いでしょう。私が言葉に詰まっていると、さっさと平らげてしまった彼が尋ねてきました。
「屑ってさ、放っておけば消えるものなのか?」
「自然消滅はしません。殺すことは出来ますけどね」
「じゃあ――」
彼はその先を言いませんでしたが、言外に含んだ言葉は感じ取れました。私は静かに頷きました。
「あなたの母親が襲撃のあった場所に留まるのは大変危険な事です。恐らく屑は移動した後でしょうが、奴らの行動、発生場所は私達にも予測不能です。またふらりと戻ってきた時にお母様がいた場合、護身用の武器が無かったら逃げるより他ありません」
「殺せるのか」
「体の構造は不明ですが、人より少し頑丈、その程度のはずです。銃弾を数発撃ち込まれたりすれば消滅しますよ。原理は一切不明ですが」
「大体、屑ってなんだよ」
「ああ、そう言えば話していませんでしたね。手身近に言いますと奴らは境界の欠片が具現化したものです」
酷く曖昧とした存在である境界には輪郭というものが存在しないため、その力は泥団子の様に固まっているだけでとても脆いものなのです。ですから表面の砂粒ほどの欠片が剥がれ落ちて双子世界に落ちてくることが良くあります。
ですがそれらの脆弱な力は双子世界に馴染むことが出来ず、形を得る前に自然消滅してしまうのです。
しかし今のように世界そのものが危機に瀕し、ここまで境界が強い力を持った場合は別です。欠片はそのまま地面へと落ち、形という存在を得ます。形はそれらの持つ力の大きさや個体差によって差があるようで、希に空を飛ぶタイプも現れるらしいです。
また屑の出現はどうやら覚醒者と思われる人物の登場と関連があるらしく、ほぼ同時期に現れるらしいのです。数も力も弱いですが、歴史上、屑が世界に出没するのはその時だけです。理由は未だに解っていません。諸説ありますが、どれも決定打にはならないのです。
同じく、奴等が何故生き物を襲うのかも不明のままです。捕食する訳では無くただただ殺す。何の動機があってそうするのか、言葉の通じない彼等の行動は私達には理解出来ません。畢竟、屑については解らない事の方が多いのです。
私がかいつまんで要所だけ拓斗さんに説明すると、彼は頬杖をついて溜め息を漏らしました。
「結局の所、お前達も解らない事だらけなんだな」
「面目ありません」
「母さんは……」
彼はそこで言葉を切り、コップ一杯の炭酸を強引に喉の奥へと流し込みました。途端に苦い顔を作りました。けっ、と吐き捨てると、彼はテレビを見始めました。
「母さんは、そのくらいで死ぬタマじゃない。気違いほど死ににくいからな。それに仮にも覚醒者の母親なんだ。脆弱な訳がない。そうだろう?」
彼は視線をテレビから外しません。私はきっと、とそれだけ答えました。
覚醒者は遺伝しない。突発的に現れる、神出鬼没なものである。その言葉を炭酸飲料と共に嚥下しました。慣れない炭酸飲料の刺激に私は顔を顰めました。
夫婦で使うのでしょう、私に充てられた寝室はダブルベッドでした。青色とピンク色が使われているためどちらが母の方のベッドなのかはすぐに解りました。布団を首元まで掛けて目を瞑ります。
ヒーターは入れているものの真冬の寒さは厳しく、つま先がかじかんでしまうそうです。私は布団の中で丸くなりました。
瞼の裏に拓斗さんの顔が浮かんできました。覚醒者。英雄。ですが彼は覚醒者としては余りにも未熟で、足りないのです。神託を持たない覚醒者は足の無い馬と同じです。彼は本当に覚醒者なのか、考えてはいけないと解っていても、どうしてもそのぬらぬらとした不安が私の心に張り付いて取れませんでした。
覚醒者がその力を手にする時に神から賜るもの――神託。勇者の刀の矛先を示すもの。つまりは使命。心に刻み込まれた己の成すべき役割の事を、神託と言います。覚醒者はその力を神託にしたがって行使するのです。
それが無ければ覚醒者は何をすれば良いのか解らず途方に暮れてしまいます。それが拓斗さんです。そして英雄の神託を頼っていた私達も同様に、その事実に絶望しているのです。彼は神から見放された主無き騎士です。それが、そんな脆いものが、人類の希望だとは。
まだ希望を捨てるのは早いです。彼が旅の道中で神託を授かるかも知れませんし、実際の所何が起こっても不思議ではありません。すでに世界の理はそれ程に歪んでしまっているのですから。
おそらく世界がこの状態を保っていられるは二週間ほどでしょう。その後どうなるのかは解りません。
私の思考は寝てリセットされるまで、そんなねばねばとした感情を繰り返し反芻していました。救世主など、本当にいるのだろうか、と。




