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ストーブのような文明の利器が存在しない魔導界の寒さと言ったら凄まじいもので、特に寒さに敏感なあたしにとってそれは天敵となり得る。なので起きたあたしは速攻で朝ご飯を食堂にてかっ込み、即座に自室へと引き籠もって布団を蓑にまるくなった。冬なんてこの世界から消えてしまえば良いのに。
そうして今朝から通算五回目くらいになる眠りに就こうとしたとき、扉がノックされた。寝ぼけていたあたしは欠伸を噛み殺しながら頭だけを蓑から出して応えた。
「留守ですよーだ」
「起きているなら早くここから出てこい。緊急招集だ」
水無月の声だった。あたしは上体を起こして扉の方を向いた。
「どうしたのさ」
「大物がご登場なさっているんだ。仕事だぞ」
「でも眠い」
「メナードとセシリア様のお出ましだ。早くしろ」
それを聞いた瞬間あたしは布団を蹴飛ばして、ジャンパーを着込んで部屋を飛び出した。セシリア様を待たせるのはまずい。
水無月に付いていって社長室に行くと、中には既に拓斗とカインが緊張した面持ちで立っていた。いつも水無月が座っている椅子には巻き毛気味の綺麗なブロンドをした真っ赤で豪奢なドレスを着込んだ美女が座っていた。その傍らには黒い礼服をぴっしりと着込んだ初老の男性が立っている。その二人は間違いなく現法王の孫であるセシリアとその執事のメナードだ。
「でもどうして」
「おい、挨拶が先だろうが」
水無月に小突かれてあたしは慌てて頭を下げた。それを見てセシリア様は笑った。
「久し振りに会ったけれど相変わらず可愛らしいですわね。微笑ましいわ。それにしてもこの椅子そろそろ取り替えた方が良いんじゃなくて? お尻が痛いわ」
「俺にとってはそれで十分なんですよ。それで、用件と言うのは何なのです?」
「他でもありませんわ――今現在わたくしの家で襲撃が起きているんですの。警備員が食い止めているのだけれどどうにも数が多くて回りきらないのですよ。それで戦闘慣れしている人を貸して頂きたいんですの」
先程まで浮かべていた笑みを捨て、彼女は真剣な面持ちになってそう告げた。それであたし達が呼ばれたということか。だけどなら何故この場にルクナがいないのだろう。
その様な事を考えていると、ブロンドの美女は更に続けて言った。
「死にかけた警備員の話を信じるなら、気持ち悪い化け物みたいな者達の中に一つ奇妙なものがいるらしいですわ。急に目の前に現れたかと思うと迅速の手刀で仲間の一人の首を飛ばしてまた融けたように消えてしまったとか。そういうの詳しくありません?」
それは明らかに芥じゃないか。しかもその中でもタチが悪い彼岸花の特徴に一致している。水無月は顔を顰めてそれが普通の屑ではないこと、それの正体が恐らく彼岸花と呼ばれている化け物であることを簡単に教えた。
彼岸花は芥のひとつだ。身長二メートル程の成人男性の体付きをしており、主に体術を使って攻めてくる。特に注意が必要なのがそれの特性で、自分の体を消し去る事が出来るのだ。攻撃の瞬間のみ彼は姿を現す。その為それが出現したところでは死傷者が後を絶たず、彼岸花の名が付けられた。
セシリア様はそれを聞いて頷くと、倒せるかと訊いた。水無月は少し渋ってから首肯した。
「では、そのように手配して下さいな」
「承知しました。少々お待ち下さい」
そこで水無月はあたし達の方を向いた。腕を組んで難しそうな顔をしている。
「出動するのはお前達とルクナにする。ただの屑退治だったら他の奴でも良いんだが、彼岸花がいるとなるとお前等以外に適任はいないだろうからな」
「で、そのルクナはどこにいるのさ」
「今は図書室で寝ている。後で起こす」
カインより先に拓斗が答えた。その横で、拓斗から見えない角度でうっすら笑うカインの顔が映り、あたしは首を傾げた。
「用意が出来ましたら私に声を掛けて下さい。魔導の準備なら整っています」
金貨を持ちながら言うメナードに会釈した水無月はすぐにルクナを連れてくるように拓斗に命令した。拓斗は頷くと走って行った。
話が終わったと判断したのだろう、カインはソファーに腰を下ろしてくつろぎ始めた。水無月とセシリア様は何かを話し合っている。耳を傾けると、今の双子世界の状況についての内容だった。
現法王の孫である彼女はこの世界結合結社にはなくてはならない存在だ。仕事が殆どなく世間からも孤児院呼ばわりされている本部の研究に興味を示し、科学界の珍しい物品と交換に食糧や資金などを恵んでくれている。科学界より信仰を重視している魔導界において法王は絶対権力であり、その孫である彼女も相当の財産と権利がある。
血筋柄彼女も表向きはカトリックだけれど、本当のところ彼女はそんなものに興味も信仰も一欠片も無いのだと言っているのを聞いた覚えがある。今を生きる自分にとって遠い先の救済など無意味だと考えたらしい。自身の生活が嫌になり娯楽を求めている頃、異教扱いされていたここを知り寄ってみて、双子世界の考え方と実際に手にした科学界の電子機器に興味を示した彼女は以来世界結合結社を支持してくれている。
その為彼女は家族の中でも異端扱いされていたらしいのだけど、今回のこの神々の黄昏でさんざん馬鹿にしてきた家族の肝を抜けたと愉快そうに語っている。更に今後の行動についても質問していた。何か手伝えることがあるなら全面的に協力すると、とても心強い事も言ってくれた。
立っているのにも疲れたあたしはカインの隣に座った。その時扉が大きな音を立てて開き、肩で息をしている青髪の少女が入ってきた。突然の出来事に一同が驚いてそちらを見やる中、少し遅れて走ってきた拓斗が部屋に入った。
「只今、到着しました……遅れて済みません」
未だ寝癖が頭に残っているルクナは一つ大きな深呼吸をすると、息を落ち着かせてセシリア様にお辞儀をした。彼女は昨日までとは違う服を着ていた。白いロングコートは左腕が半袖、右腕が長袖になっており、その中には緑色の長袖のシャツを着込んでいる。下はロングスカートで靴は革のブーツ。確かあの歪なコートは彼女のお気に入りだったはずだけど、四年ほど経った今でも残っていたのか。
水無月はルクナに事の概要を教えると、全員を見渡して頷いた。
「良し、揃ったな。じゃあメナードさん、頼む」
「解りました」
社長室の中央でメナードさんが転移のための魔導を発動させる。あたし達はそこに乗り、一瞬にしてセシリア家まで飛ばされた。




