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序盤に説明が多くって、しかも専門用語が多くって、んでもってその専門用語の解説はしないっていう滑り出し、最高に厨二病で精神に悪いですね。読み返していて痛々しい。
櫻井さんの家の中には彼が部屋から逃げた後依然として屑が一体徘徊していたため、家の中は竜巻でも起きたかのような荒れようでした。屑が暴れた時についた傷で部屋は埋め尽くされ、およそ家とは呼べない状況だったのです。ガラスの破片が落ちている為満足に歩くことすら出来ません。
「あたしの寝床が無事なだけまだ良い方なのかな、はあ」
櫻井さんは廃墟同然となった我が家を見て落胆しました。
「逃げるのに必死で。すまん」
「別にあんたは悪くないよ。屑の大馬鹿共が悪いんだから、気にしないで。でもこれじゃあ、とても話合いなんか出来ないよね、ルクナ」
「そうですね」
櫻井さんの視線に私は頷きました。話したいことは山ほどありますが、ここは余りに荒れすぎています。でもどこかできちんと話し合わないと想定していた数倍も混濁した現状を打開できません。
困り果てた私が唸りだしたとき、部屋の様子をずっと見ていた彼が口を開きました。
「多分、僕の家は無事だと思う。そこじゃ駄目なのか」
「勿論平気ですが、良いのですか?」
「構わんよ」
そう言うと彼は窓の外に目を向けました。空一杯に広がる異界。彼はそれを見た後、己の右手をそこにかざしました。
「僕ももう、無関係では無いんだろう?」
「……察しが良くて助かります」
彼の家は衝界の影響でものが落ちていたりしていましたが、屑の襲撃を正面から受けた櫻井さんの家に比べればとても整っていました。彼は三人分のコップと炭酸飲料を持ってくると、テレビを付けました。
テレビでは女子アナウンサーが唐突に起きたこの事態について空を映しながら実況していましたが、言葉は支離滅裂で何を言っているのか解りません。どの局もこの衝界についての事しか報道していませんでした。
科学では証明しきれないこれは神の御技として、必至に神に祈りを捧げるより他は無いと宗教家は言います。宇宙へとロケットを飛ばせば空に映る世界へといけるはずだと科学者は捲し立てます。軍はもう一つの世界に大量の兵器を打ち込みそれを破壊しようとしている様です。テレビは一通りの局を観た後、彼が消してしまいました。
「なんか、見事に何処も同じだね。まあ仕方無いのかな」
「つまらん」
彼はそう吐き捨てると、炭酸を傾けました。
「では、そろそろ始めても良いですか?」
「そうだな」
私は居住まいを正すと、二人の方に体を向けました。
「まず、明日中には魔導界へと行き、本部に帰ります。今夜の内に荷造りを済ませてください。その後は水無月さんが決めてくれるはずです。予定されていた覚醒者の保護も奇跡的なタイミングで出来ましたしね。取り敢えず、櫻井さんに伝えたいのはそれだけです。越界はあなたのアパート前の駐車場で行います。準備は私がしますから月輝石だけ用意してください」
「あってま、随分と急ぎ足だね。明日中?」
「事は世界の滅亡が掛かっている一大事です。暢気にしていられるものですか」
私が睨むと、櫻井さんはごめん、と笑いながら謝りました。
「あたしはそれだけ?」
「まあ、そうですね」
「じゃあもう帰って良い? 荷造り以前にまず家の片付けをしないといけないから」
そういえばそうでした。私が頷くと、彼女はコップの中身を一気に飲み干して席を立ちました。
「あなたも随分と急いでいるじゃないですか」
彼女はコロコロと笑いました。
「この後そこの覚醒者さんに色々と教えるんでしょう? あたしがいても邪魔になるかなあって思ってさ」
「気が利きますね」
「あってま、否定してくれないの?」
「否定する理由がありませんし」
「辛辣ー」
彼女は頬をリスの様に膨らませて私に抗議の意を示した後、渋々と退出しました。家には私と彼の二人だけが残されました。彼は無表情のまま虚空を眺めています。私の視線に気付いたのか、少しして振り向きました。
何を言おうか悩み、ややあって私は口を開きました。
「何か、思い出したこととかありませんか?」
彼は首を傾げました。
「どういう意味だ?」
「漠然とでも構いません。この世界の事とか、自分は何たるか、とか。自分が何のためにその力を手にしたのか」
「……何一つ解らないな。お前さんがそれを教えてくれるんじゃなかったのか?」
「一応の確認です」
言いつつ私は途方に暮れました。彼には神託が存在しない。何もかもが予言と食い違ってしまっています。何も信じられるものが見つからないのです。
「取り敢えず、何からでも良い。知っている事、僕がしらなくてはいけないことを全て教えてくれ。お前さんの名前もな」
そう言えばきちんとした自己紹介をしていませんでした。完全に忘れていました。
「済みません、自己紹介が遅れました。私はルクナ・フルロードと言います。ルクナ、と呼んでくれて構いません。世界結合結社に所属している櫻井さんの同僚です。櫻井さんとの合流、覚醒者の捜索、保護の任についています」
「お前さん、今わざと知らない単語を並べたろう。一つも解らなかったぞ」
「おいおい説明します。それで、そういうあなたは?」
僕か、と彼は頭を掻きました。
「九重拓斗。櫻井のクラスメイトだ。趣味は読書。どう呼んでくれても構わない」
「九重……拓斗さんですね。解りました。これからはそう呼びますね」
「じゃあ、お前さんはルクナで構わないな」
「構いません。それでは、最低限知っておきたい事だけ教えます」
頼む、と拓斗さんは返しました。私は少し枯れてきた唇を舌で舐めると、記憶をまさぐりながら話し始めました。
「これは知識として知っていて欲しい事ですが、この拓斗さんが住んでいる世界を科学界、対して私がいた空の上の世界を魔導界と呼び、この二つを総称して双子世界と言います。この二つの間にあり並行世界のクッションとして存在していた架空の世界、それが境界です」
世界にはそれぞれそれを統べる神が一人存在しているのですが、この事件はその内の境界の神が起こしたと言われています。動機は不明ですが、それによって双子世界が交わり、新しい一つの世界になろうとしている、それが現状です。このままでは世界がやり直され、地球上の全てが滅びてしまう。
境界の暴走とも言えるこの惨事は人の手ではどうすることも出来ません。ただ世界が崩れていくのを指をくわえて眺めることしか出来ないのです。それが、人の許される限度なのですから。
「でもそれじゃあ、お前達は何のために動いているんだよ」
「神が創ったとされる人間は神に干渉する事が出来ません。ましてや存在自体が不確定な境界なら尚更です。ですが、人類に唯一、残された希望があるのです――それがあなた、覚醒者です」
覚醒者はある時急に双子世界のどちらかに現れる特異な存在です。どちらの世界にも属さない力を持ち、世界を救う。記録に残っている限り大きな変事があった所には必ず覚醒者がいます。
覚醒者は全て、青白く光る武器を手にしています。そして人智を越えた力を使い世界を救うのです。その為予言において覚醒者は勇者と呼ばれ、その力は神が与えしものとされています。下界に降りることの出来ない神が代わりに設ける救済の光。
特にその中でも、予言の終章にある世界滅亡のきっかけとなる超大規模な衝界――神々の黄昏の時に現れるであろうとされている最後の覚醒者はその剣で神をも断ち切ると謳われ、予言の中で英雄と書かれています。
「僕が英雄? 何かの冗談だろう?」
「ですがその力はまさしく予言の中にある覚醒者と一致しています」
「さっきから予言予言って、なんなんだよ」
「予言はこの世のあらまし、始まりから終焉までを書いた書物です。この場合の終焉はこの神々の黄昏の事です。最古の覚醒者ヘシオドスが記されたとされています。正式名称は神統記ですが、まあ内容が内容なので予言と通称が付けられているのです」
拓斗さんは頭を掻きました。
「なんか胡散臭いな」
「気持ちは解りますが、信じてください。事実この様な事態に陥っているのですから」
彼はコップの炭酸飲料を継ぎ足し、それを一気に煽りました。コップをテーブルに置いて冗談じゃ無いと吐き捨てました。視線は窓の外、空へと向けられています。
「解っていたならどうして何か対処しなかったんだ」
「先程も言ったでしょう。衝界に関与出来るのは覚醒者だけなのです」
「僕はその術を知らない。何をしたら良いのかも解らない。力と言えば聞こえは良いが、ただ何も無い場所から太刀を取り出せるだけじゃないか。それだけで世界を救えと言うのかよ」
「そうです」
彼は私を睨みました。
「理不尽にも程があるだろう。僕はついさっきまでただの学生だったんだぞ。それをいきなりこんな力を渡されて、お前が世界を救うんだって勝手に期待されて、とんだ迷惑だよ」
「私に言われても困ります。あなたしかいないから期待しているのです」
「じゃあせめて、何をすれば良いのかくらい教えてくれよ。神統記とやらに書いてあるはずだろう?」
私は首を横に振りました。
「予言は神々の黄昏が起こり、それを救う英雄が現れるだろう。英雄が元凶たる神を滅ぼしこの地に再び安寧をもたらす――ここで終わっています。その先は不明です」
「はっ、僕に神を殺せだと? ……ふざけるのも大概にしてくれよ」
彼はそう言ったきり俯いてしまいました。無理もないのかも知れません。一般人であったはずなのにいつの間にか救世主に祭り上げられ、右の左も解らないまま世界を救えと期待という皮を被った脅迫が迫ってくる。神を倒せ、はい解りましたとすぐに理解出来る話ではないのですから。
「まずは世界結合結社に来て下さい、拓斗さん。あなたの安全は約束します。気長には出来ませんが、急いても事は動きません」
「……お前達が本部と呼んでいた奴か」
「そうです。良く覚えていましたね」
「それは何なんだよ。随分と物知りそうじゃないか」
「本部、もとい世界結合結社は神統記を発見、解読したホメロスという人が設立した組織です。来たるべき神々の黄昏に備えて様々な準備をし、傍らで世界の理の追及するのを仕事としています」
「それ、需要あるのか」
彼が顔を歪めたので、私は思わず苦笑してしまいました。
「ある訳ないじゃないですか。各国からは奇怪な団体だと嫌われていますよ」
「良く成り立っているな」
「物好きは何処にでもいるもので、結構なスポンサーが付いていてくれているので何とか持っています」
「本当に安全なのかよ」
「食糧は最近足りなくなってきましたが、戦闘に関してであれば粒揃いですから無問題です」
「前者が重要だろうが」
「結構なんとかなるもんですよ?」
私が言うと、彼は溜め息をつきました。
「なんか違う意味で不安になってきた」




