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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅲ、虚偽――Falsity――
29/32

3-7

 量は多かったが頼んだ手前全て平らげなくてはいけないという義務感が働いた僕は特盛りの肉肉野菜炒めを完食し、食べ過ぎに抗議を訴えかけている胃を宥め賺して部屋に戻った。冬の日の入りは早い。外には既に月が昇っていた。


 特にする事も無い。大きめの蝋燭が灯る部屋で見取り図を見たりして適当に時間を潰していると、不意にカインの言葉を思い出した。図書室。元々何処かのタイミングで行こうとは思っていた。なら今は丁度良いのではないか。少し寄って、適当な歴史書でも借りて出てくれば良い。心の中で大雑把に理由付けした僕は愛用のウィンドブレイカーと見取り図を持って部屋を後にした。一応は図も持ってきたが、場所は既に把握していたから見ることは無かった。最も明かりの無い廊下では図を見ることすらままならないが。


 図書室の周りはやはり静かだった。冷気が辺りに立ち込め、僕を覆っていく。暗闇の中で月明かりに照らされる扉が不気味に思えた僕はウィンドブレイカーを掻き合わせると足早に中に入っていった。


 内装は学校のそれと差して変わらなかった。大きな本棚が壁や室内に所狭しと並び、部屋の中央付近にテーブルが二つほど置いてある。一見したところ本以外にもファイルなど様々なものがある。どうやら櫻井が資料ばかりと言っていたのも嘘ではない様だ。


 少し歩いた僕は視界の端に青く光るものを発見した。近寄ってみるとルクナであった。水色の透き通った髪は月明かりに照らされて妖艶な輝きを持っていた。だが当の本人は凍り付いたように瞳を閉じている。服装もあまり防寒に向いているとは思えない。


「こんな所にいたのか、ルクナ」

「……どうして、ここに?」


 はっとした様子で目を開いた彼女はゆっくりとこちらに振り向き、そう呟いた。か細いその声は集中して聞いていないと冷気の中で凍って落ちてしまいそうだった。


「図書室に興味があったからな。取り敢えずカインと櫻井に案内されて城内を一周して、食堂でご飯食べて、二人と別れた後来てみたんだ。最初来たときは中まで入らなかったからな。お前さん、夕食食べたのか?」


 彼女はいいえ、と答えた。僕はやっぱりなと言いながらルクナの手を取った。白い指は死人のように冷たく、僕は背筋に一瞬寒気が走った。


「随分と冷たいじゃないか。いつからここにいるんだ。風邪引くぞ、早く戻った方が良い」


 それに彼女は、力が尽きてしまって動けないのだと説明した。光のエネルギーが切れかかっていたのでここに来たのだが、充電より消費が勝ってそのまま動けなくなってしまったらしい。


「成る程な。でもどの道ここにいたら冷える。お前さんが良いなら、僕が部屋まで運ぶぞ。色々と世話になった礼だ」


 見付けた手前、このまま放っておく訳にもいかない。だがルクナは頑固にそれを拒んだ。痩せ我慢とはこういうことなのだろうか。そう反発されるとこちらも意地になってしまう。何とかならないかと折衷案を模索していた僕は、結局布団をここへと持ってくる形で落ち着いた。


 僕は来ていたウィンドブレイカーを脱ぎ、彼女に被せた。特に意識してそうした訳では無い。ただ、何となくそうしていた。そうしなければならない義務を感じた。


「引いても治るのは良いが、それでも一度は風邪を引くんだろう。今夜は冷えるぞ。今お前さんの部屋から布団とか持ってきてやるから、取り敢えずそれで我慢していてくれ」

「そんな、悪いです」


 なおも彼女が強情な事にいらついた僕は彼女を睨み付けて言い捨てた。


「そんないかにも寒そうな服装でいるのがいけないんだ。放っておけるわけ無いだろう。お前さんに倒れられるとこっちが困るんだ」


 図書室を後にして、ルクナの部屋へと向かう。僕の部屋に近かったはずだから探すのは苦労しないだろう。上着を置いてきたせいで冷える体にむち打ちながら部屋へと歩みを進め、どうして自分はこんな事をしているのだろうかと思った。


 彼女は他人である。それも最近知り合ったばかりの他人だ。親密な間柄ならともかく、彼女の様な日の浅い奴に対して自分がここまでするのが信じられなかった。彼女に倒れられると困るのは本当だし、僕だって理路整然としたルクナの振る舞いには好感が持てる。嫌いじゃない。だが、それ以上でもない。普段なら彼女自身が助け船を断った時点で僕は引いているというのに、今に限って意地になって彼女の手助けをしようとしている。


 果たしてルクナの部屋の前に着いた。内装は僕の部屋と大して変わらない。布団と毛布を丸めて担ぎ、部屋を後にした。抱きかかえた布団が暖かい。だけど僕の心は冷え切って腹の底にくっついてしまっていた。


 異世界に触れるという精神的にも疲れの溜まる状況の中、確かに物知りな彼女の存在は頼りだった。ここに来るまで彼女がいなければ何度か死んでいたこともあった。無意識の内にそれに感謝した僕の心が、彼女へと恩返しをしようとしていると仮定したならばどうであろうか。それならば、可能性が無いとは言えない。きっとそうに違いないであろう。つまり僕は彼女に対して恩を返そうとしているのだ。僕はそう決めつけて、考えるのを止めた。


 再び図書室に戻ってきた僕は椅子にもたれ掛かっている少女に布団を丁寧に被せてやった。ルクナはそれをぼうっと眺めてから、僕の方を見上げた。


 彼女の目と視線が会った瞬間心臓を掴まれたような圧迫感が僕の内部に襲い掛かった。僕を見上げる瞳には既視感があった。この、触れると壊れてしまいそうな危うさを内包した儚げで、だからこそ美しい瞳は小学校の頃に出会った天平(あまだいら)という少女にそっくりであった。僕はその瞬間何故自分が彼女を助けようと思ったのかを理解した。理解してしまった自分を殺したかった。


「……ありがとうございます」

「別に。好きでしたんだ、礼は要らない」


 そうだ。僕は好き好んで彼女に布団を持ってきたのだ。僕は早足に図書室を後にした。廊下に出て、でもすぐには部屋に戻らず、寒空の下で輝く月とその奥の科学界を見ていた。今頃あいつ等は――天平と、その親友である永友はあちら側の何処にいるのだろうか。


 いいや駄目だ。もう科学界の事は考えないと心に決めたじゃないか。考えれば考えるだけ苦しくなるから。


 ルクナが天平に似ているから助けようと思った。その事実を吐き出すように、僕は舌打ちした。

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