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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅲ、虚偽――Falsity――
28/32

3-6

 その殆どが住居に改造されてしまっているこの廃墟となった城には、公共施設が少ない。一階にある食堂、二階の南側にある図書室くらいしか回って楽しそうな場所は無い。こういった場所に図書室なるものがあるのが驚きだったが、櫻井曰く、そこにあるのは資料ばかりで小説の様な読んで楽しい本は無いらしい。その為図書室には誰も近づかないそうだ。


「資料って、歴史とかか」

「そうだね。人物史とか色々。あたしも入った事無いから解らないけど。拓斗が好きそうな本は無いんじゃないかな」

「そうだな。資料ばかり見つめても仕方がない。ていうか魔導界って紙あるんだな」

「馬鹿にしないでよ」


 部屋を四つほど貫通して作られた図書室の扉の前まで来た僕達は、そんな会話の後そこを後にした。


 食堂に行く途中、カインと出会った。部屋の中でじっとしているのが退屈で散歩がてら部屋から出て来たらしい。僕が現状を説明すると、暇だからという理由で食堂までの道を案内してくれた。


「しかし、雪に案内を頼むとはな。お前もあいつの方向音痴は知っているだろうに」

「僕は頼んでいない。櫻井の方から来たから仕方無く一緒にいるだけだ」


 彼は軽快そうに笑った。


「なつかれているな、お前」

「気を回して声を掛けてあげたっていうのに、その言い方は酷いと思う」

「声を掛けてあげた? 道が解らないから案内する体で城を探索しようと頼み込んできたのはそっちじゃないか」

「わ、言っちゃ駄目」

「なんだそういう事か」


 にやりと笑いながら僕が言うと、櫻井が声を荒らげて抗議してきた。一拍おいて把握したカインが大笑いした。


「馬鹿、馬鹿、拓斗の馬鹿」


 顔を赤くして怒鳴られた。僕はそんな彼女を見て満足したので、踵を返して食堂へと歩き始めた。単純で可愛らしい櫻井はいじると楽しい。いじって、その反応を見るのは僕のささやかな娯楽の一つだった。


 果たして食堂に着いた。こちらも部屋を何個か潰して作っており、大きめの扉をくぐった中にはテーブルがぎっしりと置かれている。奥にキッチンがあるらしく、キッチンと部屋を区切るカウンターから食事を受け取る形となっていた。肝心のメニューはカウンターの上に張られている。ここが本部で唯一の食事処である。


「幾つか質問して良いか」

「おう。どんと来い」


 時間が時間なだけにコックすらいない室内で、僕達は一つのテーブルを囲んでいた。四席で一テーブルになるようだ。


「メニューの下に金額が書いてあったんだが、どういう意味だ。ドルなんて僕は持っていないぞ」

「ああ、確かにお前はまだ支給されていないだろうな。ここは毎月一日に一定量のお金が貰えるんだ。結社だから収入って言った方が良いのかな、でも小遣いみたいなもんだ。俺達はそれをやりくりして毎月の食事やら娯楽やらを決めるんだよ。普通に飯を買って食べる分には少々多いくらいに小遣いは設定されているからまず金欠で何も食べられなくなることは少ない。娯楽はあれだ。近くの街に行ったときに使うんだ」


 更に余った小遣いはそのまま貯めておける。この金額には個人差が多く、娯楽を殆ど買わないルクナなんかは一年くらい収入が無くとも食べていけるほどに貯まっているらしい。


「僕と櫻井はまだ貰っていないが」

「水無月のことだから忘れているんだろうよ。明日には貰えるぜ、多分。ま、今日は俺が奢ってやるよ。雪は自分の貯金があるよな」

「あー、虎の子のお金が消える。丁度一食分しか残っていなかったと思う」

「櫻井が貯金できているとは意外だ」

「拓斗、さっきからあたしに対して当たり酷くない? そろそろ泣くよ、泣いて良い?」

「そうだな、泣いて楽になるといい」


 僕が意地悪くそう言うと、櫻井は拗ねてしまってそっぽを向いてしまった。カインは僕達のやり取りを面白そうに眺めている。


「じゃあ九重。六時にここに集合な。俺特注のトッピングを教えてやるぜ」

「解った」


 メニューの殆どが野菜中心だった事に目を瞑り、僕は異世界の料理の味に思いを馳せていた。楽しみで無いと言ったら嘘になる。科学界と差して変わらないだろう事は解っていたが、それでも多少の冒険心に似たものが疼いているのを抑えることは出来なかった。


 その後部屋で本を読んで時間を潰し、約束通りの時間に食堂へと来た。既に待機していたカインと扉を開けて中に入ると、中は人でごった返していた。本部の人間の殆どが集まっているらしく、カウンターへ行く途中には日本語以外の言語で楽しそうにお喋りをしている姿もちらほら見受けられ、ここがあくまで外国であることを再確認させられた。


 厨房には子供から大人まで年齢に関係無く働いていた。振り返って食事を取っている人を見ると確かに大人も混じっている。カインが勧める肉肉野菜炒めなるものを注文してそれを受け取ると、僕達は辛うじて空いていた隅っこの方のテーブルに座った。


 肉肉野菜炒めはその名の通り肉が豊富に入っている野菜炒めである。それが皿に山盛り盛られ、ご飯もどんぶり並みの容器に盛られている。これでは明らかに量が多すぎる。カインに任せて注文したらこうなってしまったのだから、僕に非は無い。


「ああ、それな。俺が大盛りにしておいたんだ。追加料金掛かるんだぞ、それ」

「奢って貰っておいて何だが、こんなに僕は食べられないぞ」

「それが案外箸が進むんだぜ。それにお前だって男だろう? このくらいは喰え」


 僕は小食な訳ではないが、大食漢でもない。だが奢って貰っている身分でこれ以上難癖を付けるわけにも行かない。結局僕は諦めて肉肉野菜炒めに箸を伸ばした。確かに、美味しい。


 まるで学食の様な賑わいの中黙々と食べていると、カインが身を乗り出して僕に話し掛けてきた。僕と同じ量あったはずの彼の肉肉野菜炒めは既に三分の一くらいに減っていた。僕はまだ半分以上残っているというのに。


「ルクナちゃんの事について、どのくらい知っているんだ、お前?」

「どのくらいって言われてもな。光の魔法を使って、青髪で、男性恐怖症らしくって、理性的な奴で。ああそれとあれか。光に当たっていないと衰弱してしまうんだっけ」

「そう。それだよ、それ」


 カインがいつになく真剣な眼差しになった。僕は怪訝な表情をした。


「越界に失敗して日陰の森に飛ばされたのは知っている。そこまで解っているならあの森がどういう所かも解るだろう。準備も何もしていない光魔導(シヤイニング)があそこで三日かそこら体が保つわけないんだ。普通だったら二日の内に衰弱死してしまう。途中で何らかの方法で日光に当たっていたとしても、あんなに元気な状態で森から出てこれる訳がない。あの森の中はルクナちゃんみたいな光魔導(シヤイニング)にとっては、いるだけで精神を病んでいくような恐ろしい森なんだぜ。それなのにあの子はケロッとしているんだ。お前、何か知っているか?」


 それは僕だって気になっていたことだった。僕は出来る限り記憶を辿った。城下町に入る頃には既にかなり弱っていた。伝書鳩の所へ行くときだって酷い有様だった。だけどあの時あいつが転びそうになったのを僕が助けた辺りから、彼女はいきなり元気になった様な気もする。あの時は痩せ我慢か何かと思ったがあれ以降の彼女はずっと元気があった。つまり――。


「――僕に触れたとき、からか。いきなり活気が戻ったんだ。その後は多少弱っていたけど普通に歩けていた。確かにおかしいな」

「何だそりゃ。お前に触れたときって、色々とおかしいだろう」

「僕にだって解らないんだ。そんなに気になるんだったら本人に訊けば良いじゃないか」

「それが出来たら良いんだけどな。多分あの子、今頃図書室で寝ているだろうしな。俺が行くと起こしちゃうから行けないんだ」


 僕は首を傾げた。


「何で図書室なんだ。自分の部屋で寝れば良いだろうに」

「図書室の椅子の内どれかが、一日中日の当たる場所にあるんだよ。ルクナちゃんにとっては部屋の毛布で寝るより日光浴しながら寝た方が効率が良いんだ。でもって俺達みたいな男がその間に行くとあの子は本能的に起きちまうんだよな。そういう体の仕組みらしい。そうだな、明日にでも訊いてみるかな」

「随分とあいつの事を好いているんだな」


 開口一番訊いてきたのがルクナのことだし、何よりちゃんを付けている辺り、彼がルクナの事を慕っているのは一目瞭然である。少しばかり皮肉を含ませてそう言ってやったが、彼はその言葉に照れ笑いをして頭を掻いた。


「まあな。俺があの子を助けたのだって一目惚れが原因だし。あの子は本当に可愛いからな」


 助けた。その言葉が引っ掛かったが、僕は敢えてそれには触れなかった。


「じゃあもう告白とかしたのか? ルクナもお前さんに対してだけは敬称を使っていないじゃないか。心を開いてくれている証拠か」


 だがカインはゆっくりと首を横に振った。


「そんな事はしねえよ。したって、お互いに傷つくだけだからな。あの子が俺を呼び捨てにするのは幼い頃から顔なじみなのと、あの子なりの侮蔑とか憎悪が含まれているからだろうし。大体俺、ルクナちゃんに触れることすら出来ないんだぜ」


 予想していなかった言葉が飛び出してきて、僕は目を丸くした。カインは自嘲の笑みを浮かべて続けた。


「俺と同じ暗黒魔導(ダークネス)がルクナちゃんに酷い事をしたことは知っているよな。俺は現場を見たわけじゃないから良く知らないが、何でも目の前で母親を殺されたり、かなりむごいことをされたらしい。取り敢えず十歳に満たない少女が経験するものじゃないぜ。その時のトラウマのせいで、あの子は助け出された後男とろくに話せていなかった。精神もかなり危うい状態にあったらしい」


 同じ暗黒魔導(ダークネス)であるカインに普通に接してくれているのは奇跡に近い事だという。その頃のトラウマがまだ根付いているのか、彼女は暗黒魔導(ダークネス)特有の真っ黒い腕が苦手で、それで触れられると気絶してしまう程らしい。だからカインも多少距離を置かないと彼女とまともに話せないのだとか。


「俺の同類があの子にしたことの罪深さは承知している。だから、俺はルクナちゃんが幸せになってくれればそれで良い。それ以上の事は天が許しても俺が許せねえ」

「そんな話、つい先日会ったばかりの僕なんかに話して良いのか?」


 公にして良いような話の内容ではない。秘密を共有し合える信頼の置ける人とのみするような部類の話である。


 だかカインは笑って言った。


「何だろうな、お前には見込みがあるんだ。お前ならルクナちゃんを幸せに出来る様な気がしてな。世界を救う英雄なら、人一人救うくらいどうって事ないだろう?」

「馬鹿を言え。それに僕はあの時言っただろう。英雄なんて口にしないでくれって」

「お厳しいな。ま、そういう訳だから頼むわ。ルクナちゃんは痩せ我慢するところがあるから、ちょっと過保護なくらいが良い」

「過保護なのはお前さんだろう」


 少年は呵々と笑って席を立った。いつの間に食べていたのだろうか、彼のトレイにあったはずの肉肉野菜炒めとご飯は跡形もなく消えていた。


「ああ、暇があったら、夜くらいに図書室に寄ってくれ」


 去り際に彼はそう言って、食堂を後にした。独り残された僕はただただ無心で肉肉野菜炒めを平らげていった。余計な事は考えたくなかった。僕は、僕だけの都合で精一杯だというのに。

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