3-5
水無月の部屋から解散してそのまま部屋で呆けていると、不意に扉がノックされた。扉の前には櫻井が立っていた。
「何の用だ」
「一緒に城の中回らない? 案内してあげるからさ」
櫻井らしからぬ妙案である。見取り図を見たから大抵の場所は把握出来ているが、それでも実際に回ってみないと実感は湧かないものだ。暫くはこの結社にお世話になるようだから何処かのタイミングでルクナにでも頼んで案内して貰おうとは思っていた。そう言う意味では櫻井の誘いを断る理由など無い。どうせ、今は他にやることも無い。
だが、と僕は思い留まった。櫻井は馬鹿である。地図は読めないし方向音痴、そのくせ独りで突っ走るという他人に迷惑しかかけない非道な行為を繰り返してきた罪な女なのである。最近は彼女自身もそれを自覚してきてくれたらしく、デパートなどを回るときは友人と共に行動するようになったらしい。はぐれないようにずっと友人と一緒にいるのだという。
その彼女が自分から案内を申し出るなど、考えてみればおかしい。
「どういう風の吹き回しだ、櫻井」
「いや、あたしも暇でさ、する事無かったから何となく。久し振りに回ってみたいしね、この城の中」
「でもお前さん、方向音痴じゃないか」
小柄な彼女は頬を膨らませた。リスみたいである。
「馬鹿にしないで。あたしのホームはここなんだよ」
「でも四年間くらいいなかっただろう。それだけあればお前さんがここの地理をすっかり忘れるなど造作も無いはずだ」
「歩いていれば思い出すよ」
「つまり今は忘れているって事じゃないか。何自分で墓穴を掘っているんだよ」
言われて彼女は唸ると、僕の傍まで歩いて来て、耳を貸して、と小声で言ってきた。二人しかいないのに必要無いだろうと悪態を付きつつ貸してやると、彼女は少し背伸びをして僕の耳に囁きかけた。
「あ、あのね、実はあたしここの中の構造うろ覚えで……だから見取り図を持っている拓斗と一緒に回れば迷わないから安心かなって思って」
それ見たことか。僕は溜め息を付いた。
「べ、別に覚えてないわけじゃないんだよ。多分回っている内に色々と思い出せるから。だからその、一緒に回ってくれないかな?」
彼女は頬を赤くして上目遣いにこちらを見上げている。大方予想通りだった。
「まあ、良いか。断る理由も無いしな。どうせ僕も暇だ。その代わり、ちゃんと案内しろよ」
それを聞いて彼女は顔を輝かせ、満面の笑みで大きく頷いた。
栗毛をショートカットに切った小柄で華奢な体をした少女、櫻井雪風は馬鹿で無邪気な何処か憎めない奴で、クラスの中でも皆のムードメーカー的な存在になっている。元気というより感情の起伏が激しいのだろう、クラスでは滅多に見せないが、彼女は時折鬱にでもなったかのように沈み込んでしまう時がある。僕もそんな彼女は数えるほどしか見たことがないが、彼女曰く部屋に独りでいるときはよくそんな状態になるらしい。
小動物の様にちょこまかと動き回り、大方の場合笑顔でいる櫻井はクラスの男子の中でもそれなりに人気のある存在である。告白されることもあるようで、最初に手紙で告白されたときは現物を持ってきて相談をかけられた。確か、中学一年生の頃であっただろうか。
「迷うくらいなら断ってしまえ」
「でもそれって嫌われないかな? あたし、この子のことそんなに嫌いじゃないし……」
貰ったという手紙はつい先日僕の事を小馬鹿にした奴からだった。中身も背筋に寒気が走るようなおぞましい文体で、丁度そいつの事でいらついていた僕はカッとなってその手紙をビリビリに破り捨ててしまった。
「あってま、何て事してくれるのさ」
「こんな奴なんかと付き合うな。お前さんの格が落ちるぞ。こんな気持ち悪い文章しか書けない野郎に嫌われたところで屁の突っ張りにもならん。むしろ嫌われて、近づけさせるな。付き合うんだったらそれ相応の良い男を選ぶんだ。文章力の無い奴は駄目だ。メールで告白してくる奴はクズだ。お前さんは馬鹿だから騙されやすいから注意しろよ。大抵の男なんぞ女の体と彼女持ちというステータスが欲しいだけなんだからな」
舌打ち混じりに、感情のままに言ってやった。僕の偏見が多分に含まれているそれに馬鹿な彼女は頷いてしまった。それ以来何度か告白されているらしいが、彼女はそれら全てを断っている。
「ほい。ここがあたしの部屋」
いつの間にか彼女の部屋の前に来ていた。自慢げに扉をタップする櫻井に呆れて僕は嘆息した。
「なあ、これ何処に行こうとしているんだ」
「適当。城の探索だしね。拓斗が回りたいところがあったらそっち行って良いよ。あたし付いていくから」
僕は櫻井の頭を小突いた。
「や、何するのさ」
「仕事しろ、案内役」




