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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅲ、虚偽――Falsity――
26/32

3-4

 次に目が覚めたとき、辺りは真っ暗でした。眠っている間に日が沈み、それによって日光が当たらなくなったために起きたようです。電灯の無い夜の図書室は音というものが食べられてしまっているらしく、見える光景が全て絵なのではないかと疑うほど静まり返っています。暖炉も焚かれていないため頬が切れてしまうくらい凍えています。ここにいては風邪を引いてしまうなと思った私は自室へと戻ろうとして、それが出来ませんでした。


 体が微塵も動いてくれないのです。今までの私が嘘であるかのように、糸が切れた人形の如く四肢はだらりと垂れ、力を入れることが叶いません。困ったとは思いましたがどうにかしようとは思いませんでした。むしろこの状況を好ましくすら感じていました。一日以上日陰の森の中にいたのですから、私のエネルギーは普通なら全て消えて今のようになるのが道理なのです。一時間ちょっと日光浴をしたくらいでは回復するはずなどありません。今までがおかしかったのです。


 光の力を失って動けないでいる今の私こそ本当の私の姿なのです。まだ私は壊れてなどいない、それが理解出来る瞬間でした。私は体の力を抜いて椅子にもたれ掛かりました。このまま眠って明日になれば、風邪を引くにせよ朝から日光浴が出来ます。一日中日に当たっていれば流石に動くことが出来るでしょう。私は静かに目を閉じました。冬の寒さに耐えきれないのか体は震えています。ああ、そういえばあの頃も夜、ずっと震えている自分がいました。


 日中は鉄格子から差すなけなしの日光に当たるために体を丸めて横になり、夜は毎晩訪れる奴等に怯えて体を震わせていました。でも日中日光浴していないと私は衰弱死してしまう。一度はそれを考えたこともありましたが、それがバレた次の日の奴等の拷問が余りにも苦痛だったためにその気を失ってしまいました。


 冬の夜は冷えます。みるみる私の体温は奪われていきました。指の先がきりきりと痛み出しますが、どうすることも出来ません。早く眠りに墜ちてこんな感覚から解き放たれたいのに眠気は一向に来ません。寒いからでしょうか。全身が一つの氷柱となってしまったように凍えて、かじかんで、微動だにしません。


 だからでしょうか、私はすぐ傍まで来ていた彼の存在に気付きませんでした。


「こんな所にいたのか、ルクナ」


 突然横から聞こえてきた聞き覚えのある声に驚いて、私は目を開きました。首だけを動かして隣を見やると、そこには城の見取り図を片手にした拓斗さんが立っていました。彼は黒いウィンドブレイカーを着ているらしく、私の目には彼の顔だけが虚空に浮いているように見えてしまいました。


「どうして、ここに?」


 かちかちに凍った口を動かして、やっとそれだけ言いました。


「図書室に興味があったからな。取り敢えずカインと櫻井に案内されて城内を一周して、食堂でご飯食べて、二人と別れた後来てみたんだ。最初来たときは中まで入らなかったからな。お前さん、夕食食べたのか?」


 私はいいえと答えました。彼はやっぱりな、と呟いて私の椅子に張り付いた手を取りました。彼の手は温かすぎて、指先に痛みが走りました。


「随分と冷たいじゃないか。いつからここにいるんだ。風邪引くぞ、早く戻った方が良い」

「動きたくても、動けないんです。完全に電池が切れてしまったみたいで……」

「なら部屋にいれば良かったのに」

「この席は、城の中で一番日当たりが良い場所なのです。ですから座っていたんですけど、電池が切れる方が先だったみたいですね」


 彼は大まかな事情は把握したのでしょう、見取り図を机に置くと、私に近づきました。


「成る程な。でもどの道ここにいたら冷える。お前さんが良いなら、僕が部屋まで運ぶぞ。色々と世話になった礼だ」


 私は慌てて首を横に振りました。私だって一人の人間です。同年代の拓斗さんには重い荷物になってしまいます。


「気持ちは有り難いですが、良いです。このままここにいれば明日朝からずっと日に当たって体も回復しますから。多少風邪を引いたとしても治りますから」

「……そういうものなのか?」


 私は頷きました。拓斗さんに迷惑をかけるわけにはいきません。


 彼は少しの間悩んで、口を開きました。


「まあ本人がそう言うなら、良いか。所でお前さん、夕食は大丈夫なのか。食べていないんだろう」


 言外に、必要なら持ってきてやると含ませたその言葉に私はまた首を振りました。実際空腹感はとうに過ぎ去ってしまったらしく、今は何も感じません。


「部屋で軽食を食べましたから平気です。その後ずっと寝ていましたし」

「そうか。なら一晩くらいは耐えられるだろうな」


 そこで彼は黙ってしまいました。私としては早くここから帰って欲しいのですが、面と向かってそれを言う勇気もありませんでした。彼が嫌いなのではありません。こんな状態の自分とそれを見られている状況が恥ずかしいのもありますし、何より、それで彼の負担を増やしたくないのです。


 ――ああ、また、私は拓斗さんの事ばかり考えている。


 どうして。何故私は彼の事になると我が身よりそれを優先するのだろうか。今は彼の厚意に甘えた方が自分の為でもあるというのに。その答は、とんと出て来ません。


 その時、唐突に私の体に何かが被せられました。見るとそれは拓斗さんのウィンドブレイカーでした。まだ体温が残っていて温もりがありました。何故、と彼の方を見上げると、拓斗さんは既に踵を返して歩き始めていました。数歩歩いてから、彼は思い出したように私の方に振り返りました。


「引いても治るのは良いが、それでも一度は風邪を引くんだろう。今夜は冷えるぞ。今お前さんの部屋から布団とか持ってきてやるから、取り敢えずそれで我慢していてくれ」

「そんな、悪いです」

「そんないかにも寒そうな服装でいるのがいけないんだ。放っておけるわけ無いだろう。お前さんに倒れられるとこっちが困るんだ」


 私が呼び止めようとすると、彼は私の事を睨みながらそう言い捨てました。そのまま踵を返してまた歩き出してしまいます。私はその背中に何も言うことが出来ませんでした。


 程なくして布団と毛布を抱えた拓斗さんが戻ってきました。彼は重たそうなそれを机に置き、動けないでいる私に毛布から順番に被せていきました。毛布の感触が心地良いです。布団を鼻頭まで被せられた私は無表情のままそれをこなしていった拓斗さんを見上げました。


「……ありがとうございます」

「別に。好きでしたんだ、礼は要らない」


 素っ気なく言うと、お休み、と言い残して去って行きました。


 程良い布団の重みと全身を包み込むような抱擁感が、優しく私を眠りへと誘い出しました。


 表情には余り出ませんが、彼はとても優しい人です。きつめの言い回しがただの照れ隠しなのか、ただ人との付き合い方を知らないが故のものなのかは解りませんが、拓斗さんは永友さんの件もしかり、自分の身の回りの人はとても大事にしてくれます。結局私もそれに乗せられて、今こうしてぬくぬくとしているのです。


 ああ、また、拓斗さんの事ばかり。


 でも、今だけは少しくらいそういうのも良いかなと、思う私がいました。


 彼のウィンドブレイカーが残していった微かな彼の体温を感じながら、私は眠りに就きました。

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