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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅲ、虚偽――Falsity――
24/32

3-2

 大きめの扉をくぐると、中は意外にも綺麗だった。但し装飾は殆ど取り外されてしまっている。マットすら無かった。ただ階段と扉、廊下が続いている様はお城というよりアパートを連想させた。


 構造は科学界のそれと余り変わらないようで、玄関の前には広大なスペースとその先に階段が備えられている。ここを束ねる社長の部屋は最奥にあるらしい。


「まあ、ぶっちゃけアパートさ。部屋も改造されて二人部屋とかになっているし。掛け軸とか高級そうなものは地下の金庫に納められているらしいよ。お金になるからね」


 櫻井はそう聞かせてくれた。長く科学界で暮らしていた彼女にとってここは久し振りに訪れた我が家同然らしく、うがいもして酔いから覚めた彼女は先程からここかどうだとか、羽が生えていたら飛んでいるであろう程のはしゃぎ振りを見せている。


 電気の無い魔導界において明かりは蝋燭か日光に限られてくる。城内の廊下は窓から差してくる日の光のみで照らされていた。昼だからそれで足りているが、夜になったらここら辺は全て真っ暗になってしまうのだろうか。


 やけに長く感じられた廊下を過ぎ、ルクナはある扉の前で足を止めた。木製の扉の上には社長の部屋と墨汁で示されている。薄暗い中彼女は扉をノックした。中から男性の声が聞こえる。彼女は扉を開けた。


 内装は予想に反して中々に豪勢だった。想像としては学校の校長室が最適であろうか。マットも上質そうで、壁には大きな棚も置かれている。部屋には革が張られたソファーが二つあり、部屋に唯一明いている大きめの窓の前には木製の机が鎮座し、そこに一人の男が座っていた。


 逆光のせいで良く顔は見れないが、辛うじて東洋人であろうことは解った。彼は僕達を認めると軽快に笑って席を勧めた。僕は櫻井の隣に座った。


「遅れて済みません。只今戻りました」


 ルクナが座ったまま頭を下げた。男は気にするなと返した。


「英雄を連れてきてくれただけでも重畳だ。ゆっくり休むと良い。櫻井もここは久し振りだろう、取り敢えずはくつろいでくれたまえ」


 男はそう言うと席を立ち、僕の前まで歩いて来た。間近に近づいて気が付いたが、彼は奥が見えないほど黒いサングラスをしていた。温厚そうな雰囲気の中それだけが異質だった。


「初めまして、俺がここの社長、水無月悠介という者だ。君の名前は?」


 水無月と名乗る男はしゃがんで、座っている僕に目線を合わせるとそう問うてきた。


「九重、拓斗」

「そうか。良い名だな。色々とご足労をかけてしまったようだ。後で部屋に案内するから、今日はそこで一日休むと良い。ここは気に入ってくれたか?」

「正直、落ち着けそうにない」


 水無月は僕の返答を受けて呵々と笑った。


「まあそうだろうな。こんなお化け屋敷、好き好む奴なんかそうそういないだろうしな。まあじきに慣れるさ。俺だって最初は抵抗があった」


 言うと、彼は机の上から僕に紙を手渡してきた。城の見取り図であることは瞬時に解った。


「君の部屋はここをでて左に曲がった少し奥にある。ルクナの部屋はその二つ隣だな。何かあったらこの二人の内どちらかを捕まえて訊くと良い。他の奴に訊いても良いが、多分一番詳しいのは俺とルクナだろうからな。間違っても櫻井に訊きに行くんじゃないぞ」

「酷い」

「ああそうだ、お前の場所は変わってないからな。覚えているか?」

「うろ覚え」

「だろうと思った。まあ頑張って探せ」


 彼は笑いながら言うと、机まで戻っていった。椅子に座り込んで、真っ黒なサングラス越しに僕等を見渡す。


「取り敢えずお疲れさま。こちらもまだ今後の方針が定まっていなくてね、また決まったら個々に連絡するから、それまでは自由にしてくれて構わない。さ、解散だ、解散」


 水無月がそう言いながら手を打つと、まずカインが立ち上がって伸びをした。そのまま彼は手を振りながら退出してしまった。続いて櫻井が席を立った。


「さ、行こう、拓斗」


 彼女に促された僕は立ち上がりながら頭を掻いた。


「秘密結社を想像していた僕がいけなかったのか? もっと張り詰めた雰囲気だと思っていた」

「あー、水無月の前の代の時はそれなりにあったらしいけど、今じゃこんな感じさ」

「礼とは義務ではなく有志によるものだ。敬う気持ちがあれば、自ずと頭は下がるものだ。俺はそう信じている」

「そのせいで舐められているじゃないか」

「そこには愛情が隠れていると、俺は信じている」


 随分と楽観的な人物である。僕は櫻井に並んで部屋を出ようとして、まだルクナが座ったままなのを見付けた。


「行かないのか?」

「ああ、良いんです。私は少し彼と話があるので。先に行っていてください」


 僕を保護してからの事か、それとも僕の力について話すのか。その両方であろうと僕は判断した。この場でルクナが話すであろう事柄などそれしか無いだろう。なら確かに僕はいない方が気が楽かも知れない。僕は彼女にそうか、とだけ言って扉を閉めた。自分の不完全さについて説かれる場面など見たくもない。


 だが、同時に理解しなければならないだろう。自分が明らかに彼等を絶望させていることに。未完全な僕の存在は英雄を心待ちにしていた本部の者にとって、眼前の希望の光を遮るシャッターになってしまった。


 僕は出来るだけ早く自分の力を知り、身につけ、彼等の期待に添えるようにしなくてはいけない。それがこの世界を救う手立てであるし、何より、僕の存在を確固たるものにするために必要だからである。このままでは僕は自分が何者であるのか断定出来ないまま、この中途半端な生を終わらせてしまうだろう。それだけは嫌だった。


 だが、僕に力を得ようとするだけの勇気があるだろうか。


「何を思い悩んでいるのさ」


 黙って歩いていた僕を訝しんだのか、櫻井が顔を覗いてきた。この思いは知られてはならない。僕は、何でもないさ、と答えた。彼女はそこで興味を無くしたのかもう訊いてこなかった。


 程なくして僕達は僕が割り当てられた部屋へと着いた。櫻井はそこで自分の部屋へと戻っていった。


 中は壁紙だけが城のそれで、それ以外の調度品は全て安物と解る様なものであった。ベランダに続く大窓が扉の向かいに一つ。その脇にベッド、ベッドの反対側に机が置かれている。


 大窓は平原の方を向いているらしく、カーテンの奥には緑色の大地と、緑の斑点がちりばめられた別世界が映っている。僕はベッドに腰掛けてそれを呆然と見ていた。


 僕のこの悩みは、僕が解決しなくてはいけないものだ。これは世界にたった一人しかいないとされている覚醒者の抱いた悩みなのだから。そう、世界でたった独りである。


 孤独には慣れているはずなのに、そう思うと胸が縛り上げられているような痛みを覚えた。

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