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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅲ、虚偽――Falsity――
23/32

3-1

 宙に浮く感覚はややあって終わり、ゆっくりと重力が体に掛かってくる。足が地面に付くと重力が戻り僕は手を地面に付いて着地した。ふらふらとする体を何とか起こして周りを見渡した僕は目を丸くして唖然としてしまった。


 背後には遠くに山がそびえ立っている。周りは地平線が見えるほど広域に渡って眩しくなるほどの緑の平原が広がっている。見れば遠くに白らしき建造物と、その更に奥に多少の建物があるのが見て取れる。科学界ではまず見ることは出来ないであろう程のスケールの草原に僕は冬の寒ささえ忘れてしまった。果てしないそれはどこか心を和ませてくれた。


「こちらです」


 ルクナの声に振り返ると、この平原に不釣り合いなワゴンが鎮座していた。素人目にも年代物と判るそれはけたたましいエンジン音を立てながら煙を吐いている。先程とは一変して僕は顔を顰めた。

メナードはいつの間にかいなくなり、その代わりのように中年の剃りの入った、見るからに厳つい男が煙草を咥えていた。どうやらその男が車の運転手らしい。


 ルクナによるとメナードは転移とともに自分の持ち場に帰ったらしい。彼の魔導は金を使ったテレポートで、距離、重量によって必要な金の量が決まってくるのだという。消費された金は地球上の何処かに飛ばされる為消えるわけではないらしい。


 荷台に荷物を放り込んで中に入る。大人数で乗ったせいか車内は寿司詰め状態だった。僕の両隣には櫻井とルクナが座った。


「風景が台無しじゃないか」

「致し方ないことです」


 僕が悪態を付くと隣のルクナは溜め息交じりに答えた。草を踏みにじりながら進むワゴンの車内は道が整備されていないせいか酷く揺れている。


「それにしても広いな。なのに街一つ無いだなんて、考えてみれば不気味な場所だな」

「誰も住みたがらないのですよ。あの草花の下には数百万を超えるかも知れない人の骸が埋まっていますからね。数十年前は焼け野原だったと聞いています」


 科学界で世界大戦があったのと同じ様に、こちらでも大規模な魔導戦争が起こったらしい。こちらでは三度それが続いたようだが、その内の二回がここを主戦場としたらしく、最初は人で賑わっていたこの平原も何度も更地になり、遂には人が寄りつかなくなった。今は大戦の死者を鎮める鎮魂の地として誰も手を出さないのだと彼女は言った。


「つまりは巨大な墓か。そこを車で走るのって罰当たりじゃないか?」

「罰があるならとっくに私達は呪われていますよ。本部はこのアイテル、又は澄明の平原と呼ばれているここに隣接しているのですが、その一角を借りて畑にしていますからね。不思議なことに水を与えなくても常に地面が潤っていて、おまけに土に含まれる栄養分は無尽蔵に湧いてくるようで、毎年美味しい野菜が取れるのです」

「それ、社会的に許されているのか?」

「私達の組織が何かしたところで何も言われませんし、まず注目されていませんから。それにここ無駄にだだっ広いですから少し拝借しても平気ですよ」

「でも死骸が埋まっているんだろう」

「新しく耕地を増やそうとすると骨が良く出て来るのは本当だそうですね。掘り出された骨はきちんと洗って違う所に埋めておくそうです」


 僕はもう問うのを止めた。どうやら彼女等は食べられるなら何でも良いらしい。


 話題を変えようと思ったところで覚醒者について聞く約束をしていたのを思い出した僕は、早速その事を彼女に問うた。彼女はその話題を振られると、少し気まずそうな顔をして詳細を話してくれた。


 彼等が言っていた変異。それは勇者としての力を授かった覚醒者が持つ常人を越えた身体機能である。原理は魔導と一緒ではないかと言われている。科学界にない魔導という特殊な機能を持った魔導界の人間は、もれなく科学界のそれとは異なった肉体的、精神的な体質を持つことになるが、それは遺伝子が違うからではないかと言われている。


 世界結合結社(ユニバース)の力だけではヒトゲノムの解読など出来ないので憶測の域を出ないのだが、青い髪や、黒い腕など、人体の構造自体が違うということは、魔導が組み込まれたことによって遺伝子が何らかの形で変化したと考えられるらしい。


 覚醒者の場合、それが魔導では無い勇者の力である、というのだ。それが遺伝子に組み込まれることで覚醒者は人体に異変が生じる。それは殆どの場合常人の能力を上位互換したような形になる。超音波すら聞き取れたり、体が異様に頑丈になったり、それ以外にも様々な種類がある。


 使いこなせるものもあれば無意識の内に発動するものもあり、僕の力は後者にあたるようだ。今の所僕のその変異は超人的な再生能力、と見なされている。


 変異の話が済んでから、彼女は一度唇を舌で湿らせて、覚醒者にはまだ違う能力があるのです、と加えた。


「これは変異の様な副次的なものではなく、勇者たる力です。覚醒者は空を飛べるのです」

「何だそりゃ。翼でも生えるのか?」

「いいえ。そうですね、飛ぶというのには語弊がありますね。浮くのです。そして空を自由に駆け回る事が出来るらしいのです。私も実際の光景を見たことがないので、詳しくは解りませんけどね」


 空を飛ぶ、それ自体を成し遂げられる魔導はいくらでもあるし、科学界だって様々な手段で空を飛ぶことが出来る。だが覚醒者はそれとは別に、空すら地面と同じであるかのように飛び回れるのだという。思うがままに空を駆け、宙を舞う。この世の全てが自らのものであるかのように。


 だが、僕はそんな芸当は出来やしない。


 変異と同じ様に、段々と身についていくものなのかも知れない、そう思ってルクナに訊いてみたが、彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。


「本当であれば変異だって力に目覚めた瞬間手に入れているはずなのです。まあ、私達だって覚醒者を一から観察したことは無いので全部文献頼りですけどね。その証拠にあなたは順を追って力に目覚めているようですし、きっと気にすることはありませんよ。近いうちにきっと飛べるようになりますから」


 僕が考えていた事に気が付いたのだろうか、彼女は必死に僕を励ましてくれた。その気遣いが嬉しかったから僕もそれに調子を合わせたが、それでも、不安を拭う事は出来なかった。いいや、不安は段々を確信に変わりつつあった。


 自分は本当に英雄なのだろか。違う、覚醒者のなり損ないなのではないだろうか。


 疑問は消えない。まだ残っている多少の望みが僕を生殺しにする。だが、時間が経てば経つほど罪が重くなって、遂には取り返しがつかなくなるのではないかと危惧してしまう。どの道後戻りなど出来もしないのに。


 思考を切り替えようと思って、僕は隣でずっと黙りこくっている櫻井の方を向いた。彼女は僕の視線に気が付くと、青ざめた顔で僕の方を向いた。


「大丈夫か?」

「死ぬ……そろそろ死ぬ…………ううう」


 彼女は乗り物酔いが激しい体質だったはずである。この不規則に揺れる車内は彼女にとって地獄に等しいであろう。今にも吐き出しそうな顔をしているが生憎エチケット袋など持ち合わせていないので、彼女には我慢して貰うしかない。


「ぅ、む」


 突然櫻井の頬が膨らんだかと思うと、咄嗟に彼女は口を手で押さえた。そのまま小刻みに体が揺れ始める。


「わ、馬鹿」


 僕はほぼ反射的に車のドアを乱暴に開けた。櫻井はそこから身を乗り出すと逆流してきたどろっとした酸っぱいものを一気に吐き出した。苦しそうな声が漏れてくる。あの状態になった櫻井はもう耐えることが出来ないのは長年の経験で知っていたからこその判断である。背中を撫でてやると、苦しそうに二三度咳き込んだ。


 程なくして上体を起こした涙目の櫻井は吐瀉物とともに元気も吐き出してしまったらしく、すっかり萎れてしまっていた。


「ごめんね、みんな……本当にごめんね」

「ま、ここでぶちまけられるよりはマシだから気にすんな」

「危ないだろうが。せめて事前に言いやがれ」


 そこで今まで無言だった運転手が口を開いた。怒気を孕んだそれに僕は思わず息を詰まらせてしまった。ごめんと返すのが精一杯だった。何だってこんなヤクザみたいな奴が運転手なのだ。


 僕の無言の視線を察したのか、ルクナが説明してくれた。


「彼は元々科学界の方で車の修理などの仕事に就かれていたそうです。ですが会社が倒産してしまい、ここに来たのです」

「職を失ってな。家内も全部逃げちまったんだよ。その時知り合いからこの仕事を紹介されたんだ。全く、今考えればとんだ奇跡もあったもんだ」


 煙草を吹かしながらぽつりぽつりと彼は語った。声を掛けてきたのは科学界に潜伏していた本部の情報員だったらしい。


 科学界の情報を逐一知るために、世界結合結社(ユニバース)は主に日本に数十カ所、情報員を置いている。櫻井もその一人である。彼はその内の一人運良く巡り会えたのだから、確かに奇跡であろう。


 そうして話している間に目指す城は目前まで迫っていた。日陰の森の半壊した城よりは原形を留めているが、至る所に蔓が伸び、箇所によっては崩れていたりもするそれは城と呼ぶには余りにも不格好だった。


 ルクナ達の話だと使われなくなった城を明け渡して貰ったらしいが、これでは中古というよりは廃墟であろう。ファンタジーな情景を想像していた僕はそのお化け屋敷に使えそうな外見に幻滅してしまった。車は錆びた城門を潜り抜けた先にある車庫らしきものに駐車された。僕達はそこで降り、雑草を踏みしめて入り口へと向かった。やはりこうして草の上を歩いていると、ここが違う世界であることを痛感させられる。見上げた城は化け物の顔のように見えた。

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