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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅱ、鼓動 ――Pulse――
21/32

2-11

 それは予感だった。いや直感だろうか。虫の知らせとでも表せば良いのか。どうして解ったのか、その答は出ない。ただ僕はその時事実だけを理解した。ここに襲撃が間もなくやってくるであろう事を。


 目の前に屑が現れた瞬間僕は遠くに何か禍々しいものが存在している事に気が付いた。心臓がそちらへと引っ張られていくような感覚がして、僕はそちらを見やった。当然そこに屑の姿は無い。だが、その方向に得体の知れない屑がいる事を僕は理解していた。気付くと僕はそちらへと走り出していた。


 数刻して僕は現場に辿り着いた。そこには何も無かった。だが心臓は強くここに惹き付けられ、呼応していた。僕は正面を睨んだまま無言で太刀に手を掛けた。


その瞬間、待っていたかのように、目の前の地面からごぼりと泡がわき上がる音がした。地面から黒い泥が湧いてくる。それは盛り上がり、何かの形を成そうとしていた。僕は太刀を抜いた。


 地底より沸き上がったそれは人の形を取った。ただし人とは程遠い存在であった。体長は二メートル程、筋骨隆々な体付きの胴からは二本の足と、二対の腕が生えている。肩口から二本ずつ、計四本の腕は肘から先が段平になっていた。


 数メートル先にいるそれと対峙する。僕は静かに正眼の構えを取り、ほんの少しだけ重心を落とした。怖さは無かった。ただ、目の前に佇む奇形の屑を斬り伏せることしか考えていなかった。


 怪物を見付けた付近の住民が悲鳴をあげた。それが合図だった。


 体重を乗せた左足で地面を蹴り、一気に間合いを詰める。振りかぶりはしない。最小の動きで脳天のみを斬る刺し面で勝負を決めるつもりだった。だが奴が僕の間合いに入った瞬間視界の端に黒い影が映った。


 考えるより先に太刀を横へともっていく。耳元で風を薙ぐ音。直後に襲い掛かる右からの衝撃。斬撃こそ防いだものの僕の身体は左へと体勢を崩されてしまった。足がもつれる。危機を察した僕は咄嗟に左へと跳んだ。


 屑が僕の予想を遙かに上回る速度で斬撃を繰り出したと気付くのに時間はいらなかった。僕は認識を改めた。今眼前にいる相手は生ぬるい屑ではない。本物の、化け物だ。


 僕は奴に恐怖を覚えた。その感情は逆に僕の頭をクリアにしてくれた。殺すか、殺されるか。それだけである事を僕は知った。


 跳んだ僕が居着いた時には既に奴の追撃が来ていた。袈裟懸けの一撃を後ろに退きながら捌く。着地した瞬間からの連撃は避けるだけで精一杯だった。大剣を刀の様に振り回すその軌道の一つ一つを見切るのでさえかなりの集中力を要した。汗が噴き出した。


 右からの突きを左後ろに下がりながらいなした僕に奴は左腕の一本を振り上げて追撃した。だが、それは悪手だ。僕は左足に重心を乗せ、振り下ろされると同時に奴の懐に飛び込む勢いで踏み込み、振り下ろされんとする腕へ太刀を走らせた。


 僕が奴の脇を抜けて後ろに回った時、奴の腕が一本地面に落ちた。相手の出ばなの小手を打つ出小手の応用である。


 技の後の僕の残心と奴の止まるまでの移動で彼我の距離は数メートル開いた。太刀を構え直す。先程の連撃を見ていても、奴はただ我武者羅に四本の腕を振り回している風に思えた。特に考えも無しに突っ込んできてくれるならカウンターを決めやすい。僕はそれに懸ける事にした。


 奴が跳んだ。三本の腕を広げて、包み込むようにして僕を斬ろうとしている。後ろに引いて躱す。奴は更に一歩踏み込んで、一本になってしまった右腕で下から切り上げてきた。今度は前に出ながら奴の体の背後に回り込んで回避する。

 

 それと同時に太刀を大上段に振りかぶる。眼前にあるのは奴の無防備な背中。これを脳天から一直線に叩き切る。僕は太刀を振り下ろした。


 鋭い音がして、必中と思っていた斬撃が防御された。僕は唖然として動けなかった。


 切り落としたはずの右腕の一本が復活して背後に回り太刀を止めていた。僕が動けないでいると、残りの三本も後ろへと曲がった。僕の太刀へと添えられたそれらが同時に開く。四本分の衝撃を喰らった僕は吹き飛ばされた。


 体が一瞬宙に浮いた。このままでは壁に激突すると思った僕はすぐに減速を試みたが、足は速度に耐えられず蹈鞴を踏むだけで、返ってバランスを崩してしまった。背中から壁に激突する。肺の中の空気が全て吐き出され、視界が殴られたようにぶれた。


 奴は激突した僕に追撃をしようと走ってきている。僕は一瞬力の抜けた膝にむち打って、体を強引に横へと回転させた。肩から地面に転び痛みが走る。僕はそれを無視してすぐに起き上がると、荒い息のまま再度構え直した。


 切り落としてもすぐに生えてくるとは驚きだった。腕は駄目だ。なら、足を斬るか。


 僕が思案している所へ奴が突進してくる。後ろへと飛び退いて回避する。一撃を躱された奴は飛び退いた僕を追撃せんと四本を大上段に振り上げた。


 それと同時に僕は足の力を一気に抜き、体を急降下させた。更に体を前に倒しつつ、奴の足を狙って太刀を横薙ぎに一閃させる。豆腐を切るような手応えとともに漆黒の足が二つ飛んだ。奴は両足を失ってバランスを崩し倒れそうになったところで、腕を地面に突き刺して転倒を免れた。自分の体のすぐ脇に段平が刺さる。


 僕は体を跳ね上がらせて斬り上げた。だが感覚が無い。見ると、化け物はつい先程まで僕の上にいたのに、いつの間にか一メートルほど離れた所に居る。地面に穿たれた穴は四つ。つまり、腕を地面に突き刺して体を支えた直後腕の力だけで跳躍し、僕の斬撃を避けたというのか。


 化け物め。僕は心の中で悪態をついた。


 脳が命令するより速く体が前に出ていた。狙うのは前のめりになった奴の頭部。刺し面で、最速の打ちで沈める。


 だが相手も僕がそう出る事を予測していたらしく四本の内二本を地面から抜き、前に構えていた。僕が近づくとそれは鋏のように開き、獲物である僕が到来するのを待った。だが僕は止まらなかった。止まれなかった。


 今更体の加速を止める事は不可能だったし、何より傷を負う恐怖より奴を倒す意志の方が強かったからである。奴の頭部を切れるのであれば傷の一つや二つなどどうでも良かった。


 僕の身体が鋏の中に入る。僕は腕を伸ばして刺し面を打つ。鋏は閉じ、僕を断たんとする。段平の鋭利な刃物が肩に食い込んだ。皮膚の切れる嫌な感覚が走る。


 だが僕の太刀は過たず化け物の脳天を斬り、化け物を殺していた。深く食い込んだ刃が肩からずり落ちる。奴は崩れ落ちた。僕が肩から血を流す中、化け物は虚空へと融けて無くなっていった。


「倒した、のか」


 そう独りごちた瞬間肩に強烈な痛みを覚えた。両手で肩を抱くと手の平が自分の血で真っ赤に染まってしまった。見れば二の腕も切り裂かれている。僕は痛みにその場に膝を付いてしまった。火傷をしているようにじりじりと痛む。腕を地面に垂らすと、滴り落ちた血が指下に溜まっていった。

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