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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅰ、接触 ――Contact――
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1-2

 櫻井。本名を櫻井雪風という。小学校の頃に転校してきた少女で、僕の家から近いところにあるアパートの一室に住んでいる。基本的に朗らかで嘘が苦手、そしてアホだが家族と過去については何も教えてくれない為、未だに彼女の経歴は謎に包まれている。その過去でこの青髪の少女と出会っていても確かに不思議ではないのだが、不可解ではあった。


「企業秘密です」


 少女にもその一言で返されてしまった。


 彼女は櫻井に会いに来た。その途中思わぬハプニングが起こり、道に迷ってしまった。それしか教えてくれなかった。助けてしまった義理もあるから櫻井の家まで送るが、余り良い心地はしなかった。


 程なくして櫻井の玄関の前に着いた。僕がインターホンを押すと、どたどたと足音がして扉が若干だけ開いた。傍らの少女はそれを力尽くでこじ開け、その奥に隠れているものを引きずり出した。それはぎにゃ、と奇声を上げて玄関から放り出される。天照大神かお前さんは、そう言いかけたが場違いだろうと思って止めた。


 青髪の少女より小柄な体は、だがしかし程出るところは出ている引き締まったグラマラスなものに仕上がっている。その為なのか何なのか、櫻井は運動神経が抜群に良い。先天性の柔らかそうな栗毛はショートカット、垂れた大きな瞳と低くて小さい鼻が印象的な童顔の少女櫻井は、柳眉を逆立てている青髪の少女を見上げた。


「お、脅かさないでよ」

「それはこっちのセリフです」

「耳が劈けるかと思った」

「それもこっちのセリフです」

「いや、それはないでしょ」

「うるさいのです」


 少女は叫ぶと同時に床を強く踏みしめた。櫻井がびくりと肩を震わす。上下関係が如実に表れた光景だった。


「あなたのせいで私がどんな思いをしたと思っているんですか。運良くあなたのご友人に助けて貰えたから良いものの、あのままだったら私、死んでいますよ?」

「と、取り敢えずごめんなさい、ルクナ」


 そこでルクナと呼ばれた少女は僕の事を思い出したのか、櫻井の家の中へと入っていった。


「中でゆっくりと話し合いましょうか、櫻井さん?」

「……うん」


 少女に続いて櫻井も家に戻る。僕もそれに付いていった。


「失礼ですが、帰って貰って良いですか? 二人で話がしたいのです」


 少女は僕が玄関に入ると水色の髪をなびかせながら振り向いてそう言った。相変わらず瞳は濁っていたが、拒否の念ははっきりと感じ取れた。


「企業秘密か」

「そうです」

「だがそういう訳にもいかないだろう。僕はお前さん……ルクナ、だっけか。助けたんだ。その恩があるよな。ここで返して貰おう」

「見返りなど期待していないと言ったではないですか」

「前言撤回、だ」


 少女は数秒僕の事を睨んでから、溜め息をついた。


「解りました。どうせ聞いても理解出来ないでしょうし」

「それで構わない」


 単なる興味本位であれば、少女が情報提供を拒否した段階で止めている。だが今回は櫻井が絡んでいるのである。僕は少女の言うとおりひねくれ者で、クラスでも友人は少ない。そんな中彼女は僕と仲の良い友人であるから、知っておきたかった。櫻井に何が起こるのか、そもそも彼女は何者なのか。もし遠くへ行ってしまうのであればきちんと別れを言っておきたい。知らぬうちに離れたくはない。


 櫻井の家のリビングにあるテーブルを三人で囲む。少女が口火を切った。凛とした声が響く。


「櫻井さん。自分の罪を答えなさい」


 彼女は俯きながら怖ず怖ずと答えた。


「指定の位置、時間に(げつ)()(せき)を置かなかった事」

「その通りです。そのせいで私がどれだけ苦労したか、今から三時間程語ってあげましょうか」

「勘弁してください」

「謝るのが先でしょうが」

「うう……ごめんなさい」


 僕はやり取りを一歩引いて聞いていた。ただ黙って耳を傾ける。


「まあ、良いです。後でたっぷりと説教しますから。今はそんなに悠長にはしていられないのですからね。櫻井さん、荷造りは出来ていますか?」


 荷造り。それはつまり、遠出をするという事だろうか。僕は思わず櫻井を見やった。彼女は弱々しく頷いた。


「一応。ねえ、本当に行くの?」

「当然です。事は一刻を争うのですから」


 櫻井がいなくなる、それだけは把握できた。それは僕の一番恐れていた事ではないか。少女を助けるんじゃなかった。僕は一瞬後悔した。せめて何処へ行くのかを知りたいと思った僕は二人の会話に口を挟んだ。否、挟もうとした。


 僕の声は寸断された。口を開けた途端、轟音が部屋を通り抜けていったからである。

それは轟音というには小規模だった。地響きがする程の、それはもはや衝撃波であった。

強烈な衝撃波が至る所から襲ってきて、同時に大規模な地震が起こり、僕達は宙に投げ出された。無重力。耳が破裂しそうであったし、視界はぐるぐると回って用を成さなかった。


 衝撃が腹を震わせる。大気を震わせる。世界を、震わせた。


 それは確かに、何かと何かが衝突する衝撃に似ていたかも知れない。世界規模の何かと何かが。恐ろしく強大なものの悲鳴だった。歪んで壊れてしまうその瞬間の慟哭であった。


 実際には数秒程度だけであろうか。宙に放り出された体が床に落ちた。背中をしたたか打ち付けた僕は揺れる視界と酷い耳鳴りと背中の痛みに呻いた。ふらつきながらも起き上がる。テーブルは倒れ、台所の皿も壊滅している。家の中は衝撃波と地震で混沌と化していた。


「何だよ、今の」


 僕は頭を抑えながらそれだけ呟いた。


「……嘘です。そんな、こんなに早く……」


 青髪の少女は立ち上がることもせずに、その場で呆然としてしまっている。


「何が起きたんだよ。知っているのか?」


 僕が問うと、少女は指でベランダに続く窓の方を指した。その白い端麗な指先は何かに怯えるように震えていた。僕と櫻井は訝しみながらそちらを見やり、そして絶句した。


 雨は上がっていた。空を覆っていた灰色の天幕は先程の衝撃で散り散りになったらしく、太陽と空が見える。その空は青々とした見慣れたものではなく緑と青が混在した不可解なものであったが。


 太陽の向こう側は、例えるなら海と陸が広がっている様で、それはあたかももう一つの世界が空一面に映っている様であった。神秘的であり、だがしかし言い様もない液状の恐怖感が足下からにじり寄ってくる。僕にはこれが、世界の終わりを象徴している様にしか見えなかった。


「……ショウカイ、です」


 僕達がその光景から目を離せないでいると、少女が消え入る声でそう呟いた。それに応えたのは櫻井

だった。


「世界が衝突する、衝界――これがそうだって言うの?」

「そうです。最も恐れられていた事態。衝界は双方の世界の消滅を意味します。予言ではまだ数週間先の出来事のはずなのですが」

「世界が消滅するだと?」


 少女は頷いた。


「一定の距離を保ち、付かず離れずの関係を保ってきた二つの並行世界――私達の世界と、あなた達の世界。この二つが衝突し、交わろうとしているのです。二つの世界の理が混ざり、犯され、融合したただ一つの世界は始まりに帰る。そう、予言は言っています。実際どうなるかは解りませんが……まあ、人類は無事では済まないでしょうね」

「何を言っているのかさっぱり解らないぞ」


 僕の呟きは、覆い被さるようにして響いた女性の金切り声によって掻き消されてしまった。少女は軽く舌打ちすると、おもむろに立ち上がり玄関の方へと歩き出した。


「櫻井さん、来て下さい」

「や、ちょ、何があったのさ」

「今の声を聞いて解りませんか? 屑が近辺に出たんですよ。見過ごすわけにはいきません」


 櫻井はそれを聞くと神妙な顔で頷き少女の後に付いていった。少女は途中で訳が解らず立ち尽くす僕の方に振り返ると、硬い表情で言い放った。


「残念ですが、この人数ではあなた一人を守る余地がありません。ここに屑が現れたらきっとあなたは殺されてしまうでしょう。死にたくないのなら、死ぬ気で逃げ切って下さい。私達が帰ってくるまで逃げ切れば助けてあげます」

「ルクナ、ならあたしが……」

「駄目です。屑の掃討が先です」


 少女はそのまま出て行ってしまった。櫻井は玄関を出て行く際に、頑張れ、とだけ言い残してくれた。扉が閉まる音と共に室内は淀んだ静寂が立ち込めた。その後すぐに至る所から人間の叫び声が聞こえたが、それは僕の耳には届かなかった。脳がそれを音だと認識しなかった。僕の脳はその時、何も考えられなかった。


 もう一つの世界が映る空。彼女等がクズと呼ぶ不可解な何か。衝界という現象。僕の住む世界と、少女が住む世界。その二つが融合し、世界は始まりからやり直される。


 僕は再び窓に近づき空を眺めた。絵本のような光景だ。これが破滅の印なのか。訳が解らない。僕の周りで、いや、世界中で何が起こっているのか、それが解らない。頭は既に考えることを放棄していた。少女は、屑が僕の近くに現れれば僕は死ぬだろうと言った。成る程、そうなのだろう。僕は何かを知っている少女の言葉を信じるしかなかった。


 僕は空から視線を外し、眼下の町を眺めた。家々から人が出て来て、天を仰いで何かを叫んでいる。その近くに黒い人影が見えた。背を丸めた長身の人であるが、全身が漆黒で右腕は肥大化し段平の様になっている。人の形をした化け物、あれが屑であることはすぐに解った。右腕を振り上げる。男はやっとそれに気付いたが、腰が抜けてしまったのかその場に尻餅をついてしまった。


 だが段平が振り下ろされる瞬間を見ることは出来なかった。突然目の前が真っ暗になったからである。目の前に黒い壁が現れた。見上げると、眼孔だけがくぼんだ顔の様な何かが僕を見下ろしていた。それは僕を認めると口を開いた。口があるであろう所に亀裂が出来たと言った方が正しいであろうか。大きく開けた亀裂の中もまた暗い。


 それは微笑んでいるようで、蔑んでいるようで、高笑いしているようであった。視界の端で段平が振り上げられていく。体が金縛りを受けたように動かない。目は限界まで見開かれてそれを眺めている。もう少しで自分が死ぬであろう事も把握していた。それでも尚、体は床に根を張ってしまっていた。恐怖が体中の神経を抜いてしまったらしい。


 これが、彼女が言っていた屑というものなのか。僕はそれを理解した。あの時彼女は何と言ったか。


 ――ここに屑が現れたらきっと、僕は殺されてしまうだろう。


 横に突き飛ばされた。それと同時に窓が割れる音が響く。欠片が辺りに飛び散り、その割れ目から屑が室内に侵入してくる。横に転がった僕はそれを他人事の様に眺めていた。横に突き飛ばされたと感じたのは自分が無意識の内に反射的に横に跳んでいたからだと気付くのに数秒を要した。


 バクバクと弾けそうになる心臓に手を当てながら僕は思った。まだ生きている。あの一撃を、僕は躱すことが出来たのだ。


 少女の言葉を反芻する。彼女達が帰ってくるまで逃げ切れば生きていられる。まだ希望はある。死ぬと決まった訳ではないのだ。力の入らない足を叱咤して立ち上がり、化け物を正面から見据える。


 まだ、死んではいない。


 目の前の化け物と一定の距離を保ちながらそれを観察する。段平の威力は高いが、本体の行動は遅い。走ることも出来ないようである。この距離を保てば生きていられる。自分でも不思議なくらい、奥底から力がわき上がってくるのを感じた。五感が研ぎ澄まされている気がする。


 背後でガラスの割れる音がした。慌てて振り返ると、屑が一体後ろに立ち、右腕を振り下ろそうとしていた。僕は横に走ってそれを回避した。化け物の足下にはガラスの破片が落ちている。幸か不幸か、屑を侵入させた窓のガラスが屑の奇襲を教えてくれた。


 だが二体は厳しい、それはすぐに解った。櫻井の家は広いわけではなく、むしろ独り暮らしに適した程度の広さしか無い。この中で屑二人を相手にするのは厳しい。なら外に出るか。外は広い上に、何処へでも逃げられる。


「……良し」


 小さい深呼吸を数回繰り返した後、僕は玄関へと走り出した。


 玄関を出た瞬間鼻の奥を生臭い血の臭いが穢した。思わず鼻を押さえて周りを見やると、左手に女性が倒れていた。肩から腹に掛けて切り裂かれ、中の物がそこからあふれ出している。傷は心臓にまで至っているのか、女性の周りは血の海となっていた。この傷では即死であろう。僕は心の中で手を合わせると、右手にある階段へと駆けていった。


 櫻井の部屋は二階建てアパートの二階にある。階段を下ればすぐに開けた駐車場へと出られる。一瞥した限りではそこに櫻井の姿は無かったが、そう遠くへは行っていないはずだ。


 階段の前に屑が一体いたが、丁度僕に背中を向けていたのが幸いした。脇を通って一気に階段を下る。喩え僕に気付けたとしてももう追いつかないはずである。全速力で階段を駆け下り、踊り場へと進む。


 踊り場に差し掛かったとき急に飛び出してきた誰かとぶつかってしまい、僕は尻餅をついてしまった。文句を言おうと顔を上げ、そして固まった。


 あ、と小さく声が漏れた。それは屑の口が開くのと同時だった。右腕が重たそうに振り上がる。すぐに立ち上がりそれの脇を通り抜けようとした。だが立ち上がった瞬間狼狽して自分の足に足を引っ掛けて転んでしまう。


 僕は完全にパニックに陥った。再び起き上がろうとした腕が宙を掻く。屑を見上げた。段平が振り下ろされる。意味など無いと解っていたが、僕は反射的に腕をかざしていた。重力に従って落ちてくる腕がとても遅く感じられた。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。傷の付いたカセットテープの様にそれだけを繰り返していた。青髪の少女の言葉を思い出す。やはり駄目なのか。僕は死ぬのだろうか。


それだけは、嫌だ。


 ――まだ僕は、死ぬ訳にはいかない。×××を果たすまでは。


 それが振り下ろされる瞬間、僕は目を瞑った。だが痛みも衝撃も襲ってこなかった。恐る恐る目を開け、そして目を疑った。


 伸ばした右腕に刀が握られていた。段平はそれによって軌道をずらされ僕の横に落ちている。屑がもう一度攻撃するまでかなりの時間が空くだろう。僕はゆっくりと立ち上がって右腕に収まっている刀を見た。長さは普通の日本刀と同じ、淡く青白い光を放っていること以外は普通の太刀である。重さは竹刀と同じだろうか。それは剣道部の僕の手の中に丁度良く収まっている。


 切れる。そう確信した。これなら、化け物を切れる。


 目の前の屑が再度振りかぶろうとしたのを認めた僕はそれより速く太刀を振り上げ、頭頂部から一気に切り裂いた。豆腐に包丁を入れた感触。一拍おいて、屑が中央で縦に二つに裂け、倒れた。地面に落ちたそれは形を留めることが出来ないのかどろどろと溶けて液化し、そして流れ落ちること無く気化した。


 階段の上にもう一体いたのを思い出した僕はそちらを見やった。既にそれは踊り場に来て腕を振り上げようとしていた。僕は再度太刀を踏み込みと共に振り下ろし、化け物を仕留めた。


 それが虚空へと消えるのを見届けた後、更に追っ手はいないかと周囲を見渡した。いつの間にいたのだろうか、踊り場には二人の人影があった。二人は僕と、僕の手の中の太刀を見て、阿呆の様に口を開けたまま硬直してしまっていた。


「……覚醒者」


 少女は綺麗な水色の髪を風に揺らしながら、ぽつりと呟いた。

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