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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅱ、鼓動 ――Pulse――
18/32

2-8

 起きると、部屋の中はまだ真っ暗だった。いつもよりずっと早く寝たせいで起床時刻がその分前倒しになったらしい。向かいの壁に掛けてある時計は五時を指していた。起きていても仕方が無いので寝直すことにした。目を瞑ってじっとしていると、ややあって一度引いた睡魔が戻ってきた。


 二度目の起床。まだ部屋は暗かった。尿意を感じた僕はベッドから出てトイレへと向かい、部屋の寒さに身震いした。櫻井の魔導の結界外が冷えていることは承知していたが想像以上に寒かった。寒気は鋭利な刃となって僕の皮膚を浅く裂いていく。


 お陰で眠気は完全に晴れたが、体の震えが止まらなくなってしまった。僕は自分の肩を抱いて声にならない悲鳴をあげながらトイレへ行った。戻ってすぐベッドに入り直した。櫻井の体に触れると、体が芯から温まっていくのを感じる。つくづく魔導が羨ましくなる。


 そのままベッドの中で震えていると、それまで闇に包まれていた室内に一筋の光が差し込んだ。大窓から入ってきた赤い光は朝日だった。僕が布団から首だけを覗かせて昇り始めた朝日を眺めていると、視界の端で起き上がる物体があった。


 ぎょっとしてそちらを見やると、そこには寝起きとは思えないほど目がはっきり開いたルクナが上体を起こしていた。彼女は僕を認めてお早うございますと言った。僕はそれに返事して、問うた。


「本当に日の出と一緒に起きるんだな」

「ええ。良い兆候です。日常に差し障りが無い程度には魔導が回復してきた証ですからね。どうしてなのかが判らないのが少し怖いですけど」

「やっぱり判らないのか」


 彼女はこくんと頷いた。


「まあ、奇跡が起きたと思って有り難く受け取っておきますよ。それでもちょっと怖いので今日も出来る限り大人しくしておくつもりです」

「それが良いだろうな」


 会話する僕達に挟まれている櫻井は未だに大口を開けて眠っている。ルクナが試しに頬を突いてみたが、嫌そうに首を傾けるだけで起きる気配は無かった。叩き起こす必要も無いので放っておく事にした。


 朝日が終わるのは早い。暫くベッドの中にいると日は驚くほど速く昇って、たちまち外は明るくなった。気温もこれから少しずつ上がっていくだろうか。


「余り期待しない方が良いでしょうね。ここはいつでも夜ですから」


 僕の淡い期待はルクナに一蹴されてしまった。軽く落ち込んでいると、突然部屋の扉がノックされた。すぐさまルクナが駆け寄って開けるとそこには宿主が厚着を着込んで立っていた。英語で対応すること数刻、扉を閉めたルクナが帰ってきた。


「ここにも他の人が沢山泊まりに来る事になりそうだから勘弁してくれ、ですって。ここ、日陰の森の中で唯一の町ですから、旅する人が良く泊まるのですよ。最近は衝界の事もあって森を抜けて祖国へ帰る人が大勢いるらしくって、この二流民泊にもかなりそれが流れ込んでくるらしいです。宿側にしてみれば意外な恩恵ですね」


 その後のルクナの話によればこの日陰の森は山脈の一部に位置しているらしく、そこはこの山脈の中で一番標高が低く歩きやすい通路となっているため、人の往来がそれなりに激しいのだという。この城下町もそう言った登山客によって有名になり、発展していったらしい。外からやってくる客は、大抵が街の中心部の旅館に泊まることが多く、金の少ない少数の人がその周りにある民泊を選ぶ。


 だが今回はいつも以上の客が見込まれている。宿泊施設同士の情報網に寄れば既に中心部も宿泊所は満室のようである。怪我の功名とはよく言ったものだ。


「まあ部屋を出ない僕達には余り関係無いか。誰かさんが曰く付き物件を選んでくれたお陰で誰も寄りつかなさそうだしな」

「そうですね。やっぱりここを選んで正解でした」


 皮肉のつもりで言ったのだが、彼女はそれを褒め言葉と受け取ったのか鷹揚に頷いて見せた。


 今日一日は本部からの返答を待つだけで、僕達が率先してする事は何も無い。トーストとヨーグルトの簡素な朝食を貰った所で僕達は自室に戻ったが、また暇な時間が出来てしまった。宿主の言うとおり何人か客は増えたらしく朝食の場には見慣れない人が見受けられた。


 彼等と話せば幾分か時間潰しにはなるだろうが、その為には通訳としてルクナを挟まなくてはならないし、話したところで特に有益な事も得られないだろう。それよりは部屋で本を読んでいた方が落ち着く。


 散歩もしてみたかったがやはりそれにもルクナを同行させなくてはいけない。昨日の事もあってそれには抵抗感があったので、止めた。


 僕とルクナはベッドに横になって本を読んでいた。僕が彼女に本を貸したのだ。日本語の本で良いのかと尋ねたが、それには即答された。


「構いませんよ。日本語は表現豊かですから、読んでいると面白いですしね。こうして静かな環境の中でただ本を読むのも趣があって良いじゃないですか」


 ただし櫻井はそうはいかないらしい。本を読んでも三分で飽き、それを放り投げて自身のバッグからトランプやらウノやらを取り出してしきりに遊ぶよう誘ってくる。余りにしつこいのでスピードで勝負して圧勝してやると、再戦を申し込まれた。曰く、三本勝負らしい。なのでもう一度ボロ勝ちしてみせてやった。


 拗ねた彼女は今度はルクナの方に向かったが、遊ぼうと声を掛けた瞬間、


「今丁度佳境に入った所なんです黙っていてください」


 と門前払いを受け、半泣きになりながら部屋の隅に蹲ってトランプを切っている。


 その様子が少し不憫に思えたので、丁度一章読み終わった僕は本を畳んで櫻井の所へと向かった。彼女は僕の顔を見るなり頬を膨らませて見せた。二人で出来るゲームはかなり限られてしまうだろう。僕は真剣な顔で本を読んでいるルクナの方を向いた。


「ルクナ、お前さんもやらないか?」

「ちょっと待ってください。今二人目が死にました」

「あ、それ、結局生きているぞ。影武者なんだよ」


 ページを捲る手が止まった。彼女は身を起こすと、僕を睨んだ。


「どうしてネタばらしするんですか。最低です」

「本当の傑作はネタバレしていても面白いものなんだよ」

「喩えそうだとしても、詭弁です」

「かもな」


 僕とルクナはそのまま睨み合っていたが、ややあって本を閉じると、彼女はこちらへと歩いて来た。櫻井の顔色が一気に晴れやかになった。


「ネタばらしの罰を受けるが良いです」

「良いだろう」


 そうして三人で円座しトランプやウノを楽しんだ。ルクナが思いの外強敵で、戦いはかなり白熱した。ポーカーでファイブオブアカインドを二連続で出されたときは泣きたくなった。


 昼食を食べた頃には多少は部屋の中も暖かくなってきた。それでも防寒着は必要だが、朝に比べればかなり過ごしやすくなっている。僕達はまた思い思いの時間の潰し方をしていた。


 この様な日がずっと続くのは流石に耐えがたい。一日二日なら暇も潰せるが、四日も続いたら性根が腐ってしまいそうだ。


「それは無いと思います。多分、明日の昼くらいには迎えが来ますよ」


 彼女は断言した。


「ルクナが絡んでいるから、今頃カインが騒いでいるだろうね」

「そうでなくても覚醒者がいるのですから本部も尽力してくれるはずです。カインは関係無いです」


 櫻井はそれに一言、冷たいねと返した。突如出て来たカインという名の存在に首を傾げていると、それに気付いたルクナが溜め息交じりに教えてくれた。


「私達の仲間です。色黒で紫の髪をした同年代の少年ですよ」

「そいつも魔導者なのか?」

「ええ。暗黒魔導(ダークネス)、私とは正反対の魔導の……生き残りですよ」


 最後のフレーズの時彼女は視線を反らした。僕はそうか、とだけいってそれ以上は訊かなかった。


 日が陰り始めた夕方、ルクナがベッドに潜り込もうとしたその時、不意にベッドの上の小窓がノックされた。良く聞くとそれはノックというより突いている音だった。


 驚いて見上げると、窓の桟に一匹の鳩が止まって首を傾げながらこちらを見ていた。それを見たルクナはすぐに起き上がると、冷たい風が入ってくるもの厭わず窓を開けて鳩を招き入れた。鳩の足には筒のようなものが括り付けられていた。


 僕と櫻井が集まる中ルクナはその筒を開けて、中に入っていた紙を震える手で広げた。日本語で書かれたそれは本部からの返信だったが、ルクナが覗き込むようにして読んでいたので内容は解らなかった。


 読み終わったルクナは紙を丁寧に畳んでベッドの上に置くと、鳩を抱えて小走りに部屋を出て行った。櫻井の話によると届けに来た鳩には何か餌をやって返すのが作法らしい。


 僕達はルクナの残していった紙を広げて二人並んでそれを読んだ。簡素な文で、了解の意と、車を使って超特急でこちらに向かうので明日の昼まで待って欲しいとの事が記されていた。車がこちらにもあったのは意外だったが、櫻井曰く、車は魔導界では本部しか有していないのだそうだ。


 二人が読み終わった頃、鳩に餌を与え終わったルクナが勢い良く扉を開けて戻ってきた。抱えていた鳩を開け放したままの窓から飛ばすと、窓を閉めて、大の字になってベッドに横たわった。


「良かったね、ルクナ」

「これで今日は安心して眠れます。でもまさか車まで使うとは、本部も必死ですね」

「そんなに貴重なのか」

「当然です」彼女は頷いた。「本部も一台しか持っていない宝物ですから。部品、燃料、運転技術、それら全てが科学界に依存していますから、持ってくるのは勿論維持するのも大変なんですよ」

「でもどうにかなっているんだろう?」

「私を含めた越界が出来る魔導者をフルに使っても難しいレベルです」

「バッテリー上がるだろう。それとも買って交換しているのか」

「電気なら自力で起こせますから。魔導で」


 運転者も、科学界にいる世界結合結社(ユニバース)のメンバーから連れてくれば良いのでなんとかなるらしいが、魔導界に比べて科学界出身のメンバーは非常に少ないらしい。燃料やオイルなども万引きするわけにはいかないので、ただでさえ金欠気味の本部にとってはかなりの出費になるのだとか。


 その分馬を越える効率性があるので、本当の有事の際にのみ使用される、奇跡の乗り物と言われているらしい。ただし道が舗装されているわけ無いので乗り心地は大変悪い。


 事が予定通りに進むのであれば明日僕は本部に行き、本格的に世界を救う為に動くことになる。それが今怖く感じられた。後ろめたいと言っても良い。どうしても自分が救世主である実感が湧かず流されるがままになっている気がしてならなかった。何かとてつもない過ちを犯しているのではないか、その不安はずっと心の影の部分にへばりついている。


 だから、ルクナが楽しそうに早く明日が来ると良いですねと呟いたのにも、生返事しか返せなかった。その夜は酷く寝心地が悪かった。

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