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双子世界のパラドックス  作者: 喫茶店ラギ
Ⅱ、鼓動 ――Pulse――
17/32

2-7

 ルクナは僕と手を繋いで、僕の後を付いてきている。綺麗な水色の髪の少女はずっと俯いたままだった。


 来た道を記憶を頼りに遡り市場まで帰って来た。老若男女様々な、しかし聞き取れない声がそこかしこから聞こえてくる。注意して聞いていなければ、英語とは気が付かない程の喧噪の中にいると、まるで海外旅行でもした風な気分になれる。


 だが更に注意して彼等を見てみると市場にいる人間の半分ほどの人の話題は衝界である事が判った。上を見上げて、何かを心配する顔で話し込んでいる。選択肢が少しでも違えば僕もまたこうした人達の一員になっていたのだ。そう思うと他人事には思えなくなってきた。


 引っ込み思案で消極的な僕だけだったら金を握らされても来ない様な所だが、今回はバイリンガルのルクナがいたから、恐れることなくこの異界の地を歩くことが出来ている。僕は後ろを振り返って少女を見やった。


 僕の勝手な要求で城まで案内させた結果彼女は何故か泣きだしてしまった。その理由は全く判らないが、罪悪感を拭うことは出来ない。


 途中何度か迷いそうになりながら来た道を戻り、市場を抜けた。城下町の中間部分である。道を行き交う人は殆ど見当たらない。買い出しに行く者は市場に行き、それ以外は自宅に籠もっているのだろう。子供はどうしているのかとも思ったが、街の所々に簡素な遊具のある公園が設えられていて合点がいった。


 ここなら丁度良いかもしれない。僕は急に止まると、ルクナの方を向いた。彼女も僕を怪訝な表情で見返してきた。涙は引いていたが、まだ少し目元が赤かった。


「ごめん」


 僕はただそれだけ言った。それ以外に言葉が続かなかったのである。


 ルクナはいきなりの出来事に驚いた素振りを見せたが、すぐに首を横に振った。


「謝る必要なんて無いです」

「だが」

「拓斗さんは何も悪くありません。先程のは私個人の問題ですから。謝るのは私の方です」

「そんな事は無い」

「いえ、急に泣き出してしまった私が悪かったです」


 彼女はそう言うとまた俯いてしまった。僕は頭を掻きながらいいや、と続けた。


「それじゃあ僕も収まりが悪いんだよ。喩え原因がお前さんにあるとしても女子を泣かせたのは事実だし、それはまあ、男として色々と思うところがあるんだよ」


 彼女は僕の顔を少し眺めてから、ほんの少しだけ、クスリと笑った。太陽の下のその笑顔は輝いて見えた。


「あなたが男だの女だのと言い出すとは思いませんでした。意外です」

「僕にだって常識はある。馬鹿にするな」

「そうですね。でもその気持ちだけで十分ですよ。嬉しいです。お互いもう忘れましょう」


 僕は彼女の微笑に若干渋りつつも頷いて再び帰路に戻った。彼女はまた僕の手を取り、そしてしっかりと握ってきた。もう彼女は俯かなかった。


 民泊に戻ってきたとき空には紅色が差し込み始めていた。受付の所で微睡んでいたおじさんに軽く会釈して、ルクナと曰く付きの部屋へと向かった。


 ギィと年季の入った音を奏でる扉を開いたその先には僕のバッグから文庫本を勝手に取り出してベッドの上に広げている栗毛の少女がいた。櫻井は僕達を認めると、へえ、と口元を歪めながら呟いた。


「あってま、手、繋いでいたんだ。随分と仲良くなったね」


 言われてやっと、僕達がずっと手を繋ぎっぱなしであったのを思い出した。指摘された瞬間弾かれたようにルクナが赤面して手を解いた。


「初々しいねえ」

「そんなんじゃないです」


 茶化した櫻井に向かって彼女は怒鳴ったが、声は震えていた。怒鳴られた櫻井はおどけた動作で首を竦めると、僕を見た。


「邪推は止せ」


 僕はそれだけ言って彼女の手の中から本を取り上げた。推理小説だった。


「お前さんは活字が苦手じゃなかったのか?」

「だってもの凄く暇だったからさ。死ぬかと思ったよ」


 栞が挟まれていた所を開くと、丁度殺人事件が起きたページだった。僕はそれをバッグにしまって適当な椅子に腰掛けた。


「で、面白かったか」

「最後のページから読み進めるという櫻井流読書術を編み出したくらいには」

「邪道め」

「本当の傑作はあらすじを知っていても楽しめるものなの。意外と新鮮だよ」


 僕達が話している内にルクナはベッドに潜り込んでしまっていた。体力の消費を抑えたいと言っていた。


 そう言えば、彼女は出かけるときこそふらふらだったが、帰り際には多少体力が戻っているように感じた。やはり外にいたのが少なからず効いたのだろうか。櫻井も同じ事を思っていたらしくその事をルクナに訊いていた。


 ルクナは一瞬言い淀んでから、自分でも理由がわからないと答えた。街の景観の為に街道に沿って植えられた日輪のせいで、町中にいても日光の供給はままならないらしい。ではどうしてと訊かれても答えはてんで思いつかないのだという。


 手紙も届け終わり、現状で出来る事は全てやり遂げた僕達は途端に暇になった。僕は持ってきていた本を読んだり城下町を迷子にならない程度に散歩して時間をつぶせるし、ルクナはただただじっとしている事が最善であるからベッドに潜り込んでひたすら迎えを待てば良いが、櫻井はそうはいかない。


 夕食を食べた後も暇だ暇だと連呼していた。余りにうるさくてルクナが眠れないと怒ったので一旦静かになったがそれも束の間のこと、彼女の規則正しい寝息が聞こえた途端また暇だと駄々を捏ね始めた。ならば小説はとも思ったが、電灯の無い魔導界において日が落ちた夜は暗闇に近い。小説など読める環境ではなかった。


 こちらでは日が落ちて幾分かしたらもう寝てしまうらしい。遊具があるわけでも、夜更かししてまでする勉学も書物も無いのだから当然なのだろう。起きていても暇なだけなので、僕と櫻井も寝る事にした。ベッドの感触は硬かったが地面に比べればずっと良かった。


 周辺を暖かくする魔導を発動させてから暫くして櫻井の寝息が聞こえてきたが、普段夜遅くまで起きている僕は中々寝付けずにいた。今更になって二人の少女と並んで寝るのが恥ずかしくなったのもある。寝付けない僕は視線をベッドの上にある小さな窓に向けていた。そこから科学界の映る星空を眺めていた。


 月明かりの奥でそれはやけに美しく儚げに光っていた。始めはただ何も考えずに見ていたが、そうしている程に科学界での記憶が思い出されて、僕は耐えきれなくなってベッドを降りて窓を眺めた。窓は丁度目線の高さにある。


 そこには夜空に照らされて夜の海底の様に青く沈んでいる街が広がっている。見える範囲に明かりを付けている部屋は無く、その景色は生き物の気配が感じられない無機質な空間に思えた。街全体が眠っている。音も、風すらも無い。


 ともすれば時が止まってしまったのかと錯覚するような魔導界の夜は、僕がどうしても拭う事の出来ないでいた孤独や不安をいやが上にも掻き立てた。理性が許すなら今すぐにでも胸を掻き毟りたかった。


 ルクナや櫻井が傍にいるのに自分が今独りぼっちであるとずっと感じていた。生まれた世界の違いや知識の違い、魔導という超能力もその原因だろうが、根底にあるのはやはり僕自身の力の事なのかも知れない。


 僕はおもむろに手を左腰の所へ持って行くと、一振りの太刀を抜いた。青い燐光を放つそれを月下に照らした。刀は月の淡い光を受けて、その妖艶な輝きを一層恐ろしくした。これがある限り僕は独りだ。英雄の証であるこの力は僕しか手にしていないのだという。


 つまり、最終的に神に戦いを挑むのは僕だけだ。それがどうしようもなく怖い。起きてしまったことに文句は言えても、結果が覆ることが無いのは重々承知だ。僕が何らかの弾みで覚醒者の力を手にしてしまったことを今更あれこれ言うつもりは無い。


 だけど欲を言えば同類が欲しかった。自分と同じ力を持った誰かが欲しい。境遇を分かち合える誰かが。


 僕は静かに首を横に振った。考えても寂しくなるだけだから、考えないことにした。


 太刀を仕舞った僕はぼんやりと海底の街を眺めていた。無機質であるのに飽きない景色である。僕はふと窓を開けて外気を思いっ切り吸い込んだ。真冬の空気は氷をそのまま吸っているかと思う程冷たく、櫻井の魔導で暖まってきていた体が内側から急速に冷えていくのを感じた。身震いがして、僕は窓を閉めた。


 胸の奥のじくじくとした痛みは引かなかったが段々とそれにも慣れてきた。諦めが付いたのかもしれない。


 僕は窓から視線を外した。窓から入り込むか細い光が部屋をぼんやりと照らしていたが、部屋の隅は吸い込まれそうな程暗かった。部屋の暗闇が押しやられて固まったそこにいる何かがこちらを見ている気がして、僕は慌ててベッドに潜り込んだ。

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