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今回ちょっと長いです。
古傷を自分で抉りすぎて死にそう。何でこんな黒歴史掘り出してきてしまったのだろう……。
その後も読書をする気が起きなかった僕はルクナが帰ってくるまで櫻井と喋っていた。黙っていると心の奥から何かが噴き出してきそうだった。反面彼女は落ち着いていて、僕の質問にも律儀に答えてくれた。彼女も一人で音楽を聴いているより僕と話していた方が楽しいと言ってイヤホンを完全に外した。
質問と言っても他愛の無い事ばかりであった。別段魔導界や衝界が絡んだ事でも無く、取り留めもない世間話ばかりを選んで話していた。無意識の内にそんな事ばかりを問うていた。
そんな中で一つだけ現状に関係のある事を訊いた。ルクナの魔導の事である。火力一点張りの櫻井の魔導はもう聞いた。今後行動を共にするなら仲間の力の事は知っておくべきかも知れないと思ったのである。彼女は思い出しながらぽつりぽつりと教えてくれた。
ルクナの有する光魔導は火力こそ櫻井のそれに劣るが、発動させている魔導を重複、派生させる事で多彩な動きを見せる。羽衣の様な補助的な魔導から、攻撃、防御までこなすらしい。また行使している魔導を昇級(Promotion)させて威力を底上げする事も可能である。
唯一にして最大の弱点が、日の当たる所でないと満足に戦えない事である。ルクナの魔導はその名の通り光子を吸収してエネルギーに変換することで成り立っている。
エネルギーは蓄えておくことも可能だが、大技を出したり、魔導を継続的に発動させるにはやはり日光に当たる必要がある。よって完全に日の光が来ない日没後の彼女は驚くほど弱体化するらしい。エネルギーが確保出来ないため睡眠のサイクルも太陽に依存している。
「夜中に動けないのは危険なんじゃないのか?」
「だから最低限の力は溜め込んだ状態で寝るんだってさ。身の危険を感じると体が勝手に起きる体質らしいし」
「猫かよ」
「女からみれば、どんなに日に当たっても日焼けしない方がよっぽど羨ましいけどね」
彼女の話によれば、光魔導は効率の良い日光吸収の為に日焼けという構造を退化させたらしい。色々と驚かされることばかりである。魔導という科学界には無い身体構造が入った事で人の体が進化していると受け止めるべきなのだろうか。
「何で、魔導なんてあるんだろうな」
僕はぽつりと呟いた。櫻井は首を傾げた。
「どういう意味さ」
「魔導が無ければ双子世界は完全に同じ物になっていたんじゃないかなって思ってな。お前さんは魔導の起源を知っているのか?」
彼女は首を横に振った。栗色の柔らかそうな髪が揺れる。
「そういう難しい話はルクナに訊いてよ。……本部で習った事を鵜呑みにするなら、魔導は魔導界を統べる神が与えたもう奇跡、って言われているね」
「随分と魔導界ばかり贔屓するんだな」
「そんな事ないよ。科学界の人間は技術を持っているって言われている。魔導の対義語だね。技術は人間が己の力で得た奇跡だそうだよ。どっちが良いのかは解らないけどね」
「両方はくれなかったんだな」
「世界が違うからね」
「その割には類似点も多いじゃないか。言葉とか、植物とか」
「そこに関しては物議が醸されているらしくって、色々と難しいらしいよ。一番有力な説は何だっけ、確か、ほぼ隣接する近さで存在しているために互いに干渉し合っている、だっけ」
「じゃあ境界とやらはどっちよりなんだろうな」
僕が問うと彼女は頭を抱え込んでしまった。
「これ以上難しいこと訊かないで。頭がショートしちゃうよ……」
あうあうと唸る彼女を見ていると、少し心が和んだ。
冬だからか、日没が早かった。五時くらいには辺りは殆ど暗闇になっていた。櫻井の姿も輪郭だけしか目に映らない。電灯などが一切存在しない魔導界の夜は目隠しをした様に真っ暗闇だった。もう僕達も言葉を交わさずに黙ったまま木の幹に背中を預けて座っていた。
「……只今帰りました」
暗闇の中で突然声が響いた。びっくりして辺りを見渡すと、目の前にルクナの顔だけが浮いていた。
「ルクナ、なのか?」
「そうですけど」
言うと彼女は羽織っていた透明な羽衣を脱いだ。その途端視界に彼女が現れる。
彼女は魔導を解いた瞬間糸が切れたように僕の方へと崩れ落ちた。慌てて彼女の肩を支えると、体重を僕に預けてきた。
人肌に温められた心地良い綿の様なルクナを抱き締める。ほんのりと甘い香りが鼻孔を突いた。条件反射で心臓が高鳴り、頬が熱くなった。こうして彼女を抱き締めるのは二回目だが、どうも、少女を抱き締める行為には慣れない。
ルクナが美少女であるのも慣れない理由かも知れない。顔を赤くして息を詰まらせる僕とは対照的に、彼女は瞳を閉じたまま僕の腕の中でぐったりとしている。
「ど、どうした。大丈夫か?」
彼女の身にただならぬ事が起きていると思った僕はそう言った。途端ルクナは顔を上げると、喉の奥が見えそうな程大きな欠伸を一つした。
「眠いのか?」
「あってま、力使いすぎだよ、ルクナ」
「色々と予想外だったもの……で」
呂律の回らない口調でそう答えた後彼女はゆっくりと腕を上げると、僕が背もたれにしていた木の枝を指差した。意図が判らず首を傾げると、彼女は消え入りそうな声で呟いた。
「あの木の枝の葉を、取ってください」
腕を伸ばしてそれを取る。何処にでもありそうな広葉樹の葉である。
「これで良いんだな」
ルクナは一つ頷くと、突然僕の方へと軽く口を開けた。その仕草が何を示すのかは理解出来たが、理由が判らなかった。
彼女はこの葉を食べようとしている。だが食べたところで苦いだけの様な気がしてならない。僕が黙っているとルクナはいつまでもその体勢で待ち続けた。ややあって考えるのを諦めた僕は彼女の口に葉を入れた。
ルクナはそれを認めると、顎を反らせて葉を口の中に押し込み咀嚼した。口を閉じて食べていても葉が潰れる音が漏れてくる。やがて彼女は口の中のそれを飲み込んだ。そして上目遣いに僕を見ると、また口を開けた。
「もっと」
訳の解らないまま葉を五枚程毟り取り、彼女の小さな口へと運ぶ。それを機械的に嚥下すると、ルクナはゆっくりと僕の身体から離れた。
彼女がどいて残った暖かさに気付いたときやっと自分は少女を抱き留めていたことに気付かされて、恥ずかしさで少し頬が熱くなったが、この暗い森の中でそれに気付いている人はいなかった。
僕から離れたルクナはまだふらふらとしていたが、先程よりは意識がはっきりしていた。目をしきりにこすり何とか起きている状態だった。彼女は大きな欠伸を一つすると、真横を指差した。
「あちらに街があります。今日はもう寝て、明日向かいましょう。二時間くらいで着きますから」
「ルクナ、もう限界なの?」
櫻井が問うと、彼女は緩慢な動作で頷いた。
「詳しくは明日言います。……すみません、私、もう駄目です。暖かくしておいてください……今夜は冷えるでしょうから」
「まあ、いいけど」
櫻井の返答を聞いた瞬間ルクナはまた崩れ落ちた。咄嗟に前に出た僕と櫻井によって彼女の体は支えられたが、彼女は既に深い眠りに落ちていた。
彼女の体を寝かせた僕は櫻井に訊いた。
「これって良くあることなのか?」
彼女は首を横に振った。
「うんにゃ。基本、力の調節はうまいはずなんだけどどうしたんだろうね」
「葉っぱ食べていたけど」
「あたしも初めて見た」
彼女はおもむろに近くの枝から葉を取ると、口の中に放り込んだ。その瞬間苦い顔をして口の中のそれを吐き出した。ぺっぺっと唾を地面へと飛ばしている。
「駄目。苦すぎ」
僕は横になっているルクナを見た。暗闇の中規則正しい寝息を立てているが、時刻はまだ五時を過ぎたところである。先程櫻井から、ルクナは日没と共に寝ると聞かされたが本当だったのだろうか。
「そうでも無いはずなんだけどね。日光を溜め込んでおけば多少は夜中も動けるし」彼女は空を見上げた。「今日は新月でもないから、十時くらいまで起きられるはずだよ」
空には星空が広がっている。その奥で、悪魔が微笑むように科学界が輝いている。ルクナの水色の髪は月光を受けて弱々しく輝いていた。放っておけば彼女はこのままおとぎ話の姫のように眠っているだろう。
「僕達はどうすれば良いんだ?」
「取り敢えず、あたしはもう横になるよ。暖めろって言われているし」
櫻井はそう言うと寝ているルクナの隣に並んで、彼女を抱き締めて横になった。その後何かをぶつぶつと呟くと指を一度鳴らした。
その時一陣の風が冷たい刃を孕んで吹いてきた。季節は真冬である。鋭利な寒気が僕の頬を切り裂かんとしてくる。実際、立ち止まっていてはその場に凍り付いてしまいそうだった。身震いした僕は慌てて上着の前を掻き合わせた。それを見た櫻井は笑って言った。
「あたしの隣に来なよ。暖かいよ」
言われて、寝転んだ彼女の隣に腰掛けた。彼女の周りは見えないカーテンで仕切ったかのように気温が違っていて、ここだけ暖炉を焚いたリビングに似た暖かさがあった。木々の木の葉は揺れているが、この不可視のカーテンの中に風は来ない。
かじかんでいた指もじんじんと痛むと同時に解れてきていた。明らかに超常現象である。
横で少女に抱きつく櫻井に、これも魔導なのかと問うと、そうだと即答された。火炎魔導の初歩的な技能らしい。
周囲の熱を操り、自分の周りだけ暖める。寒さに滅法弱い彼女達にとって初歩且つ一番重要な魔導だと言う。
便利だが、その分周りは更に寒くなってしまうらしく、あまり人がいるところでは使えないと言っていた。
「あたしの体にくっつくと良いよ。もっと暖かいから」
僕の袖を引いて彼女は無邪気に笑った。僕はそっぽを向いた。
「出来るかよそんな事」
「照れなくても良いんだよ。湯たんぽみたいに暖かいって定評があるから」
「別にそういう訳じゃない」
「じゃあ気にしなくて良いじゃん」
ただ他人に触れることに抵抗があるだけである。元々僕は余り他人と馴れ合うのを好まず、暇さえあれば独りで本を広げて過ごす様にしている。
友人と呼べるような人も数人しかいないし、その中で自分から喋りかけた人は一人もいない。今でこそ他人とは必要な時に交友を交わすが、昔は更に酷かった。他人を拒絶し、遠ざけた。そのせいで過去に独り女子を苛めて泣かせた事もある。その事件は今も僕の心を深く抉ってしまっている。
「じれったいなあ」
僕があれやこれや考えている間に彼女が腕を絡めてきた。そのまま予想以上の力で引き寄せられる。完全に虚を突かれた僕は彼女の方へと倒れてしまった。
「何しやがる」
間近で睨み付けたが、櫻井はそれを笑って受け流した。確かに彼女の体は温かかった。更に自分の体温も先程より上がっている気がする。女子と触れている気まずさからではなく、湯船に浸かっているように体が温まるのだ。
「触れている奴にも魔導が効くのか」
「制限はあるし、そんなに暖かい訳じゃないけどね。でも気持ちいいでしょ」
彼女が自慢げな表情を見せたので、僕はケッ、と言い捨ててやった。
本心を言えば今すぐにでも離れたかったが、案外彼女の魔導が心地よかったのでその場で大人しく横になった。横たわり目を瞑った瞬間疲労がどっと押し寄せてきた。朝一で永友を助ける為に動き回り越界を初体験した体は思った以上に疲弊していて、すぐに瞼が重くなってしまった。
このまま寝るのも良いかもしれない、そう思って瞼を閉じたとき隣の櫻井が口を開けた。
「ねえ、あたしの事、どう思う?」
僕は首を曲げて彼女の横顔を見た。幼さの残る可愛らしい顔を夜空へと向けていた。
「それはどういう意味だ」
「やっぱり気味悪い? それとも怖い?」
意外な事を訊かれた僕は戸惑ってしまい、一瞬返答できなかった。
「別に」
「本当に? だってあたしの体火で出来ているんだよ。無くなった腕が炎で再生するんだよ。体から槍が生えてくるんだよ」
僕は答える代わりに櫻井の頭を一発小突いた。
「気味悪かったらこうして一緒に行動しないし、怖かったら隅っこに隠れているさ。嫌いだったら蹴り飛ばして泣かせてやる。僕はそう言う奴だって知っているだろうが。今更人が変わったみたいに変なこと言い出すな。その事の方がよっぽど気味が悪い」
「そう、だよね。ごめんね」
彼女の言葉は悄然としていて、口から出た途端地面にこぼれ落ちてしまいそうだった。
櫻井はややあって息を吸うと、いつも通りの声色で言った。
「ほんとにごめんね。ちょっと気になっちゃってさ。まあ、ほら、色々あって」
僕の方を向いて苦笑したので、僕は溜め息を付いてから顔を背けた。
「……僕はもう寝る。明日起きたときには全部忘れているだろうさ」
「うん、お休み……ありがとう」
櫻井の呟きを聞いた辺りで、僕の意識は睡魔に食われてしまった。




