ナンパ霊
深夜、仕事が終わり、アパートに帰ると、この前死んだはずの、二歳下の弟が部屋にいた。
ベッドに寝転がって、うまい棒を食べていた。
おれは目を丸くした。
「ちーす、兄ちゃんお帰り」
「え?ちょっ、何これ?え?もしかして、おまえ幽霊?」
「うん」
「うわ、まじで?」
「うんマジ」
「うわうわうわうわ、初めて見たわ。ちょっと触らせて触らせて」
おれは弟の体に、触ってみた。予想通りに手がすりぬけた。透け透けだ!スケスケ!
「うおおおっ、スケスケ!」
「ちょっと兄ちゃんくすぐったいよ!」
「ああ、悪い悪い」
おれは弟から離れた。
弟は3ヶ月前、実家の風呂場ですべって転んで頭を打って死んだ。二十歳。即死だった。
ヘラヘラしたチャラ男だったので、あの世でうまくやっていけるか心配だったが、元気そうで何よりだ。
「で、何しに来たんだ?」
「ああ、そうだった」
弟は残りのうまい棒を飲み込むと、おれの前に立ち、急にいやらしい顔つきになり、おれの背後に向かって話かけ始めた。
「ねえねえ、そこのお姉さん。初めまして。おれ、こいつの弟です。兄がいつもお世話になってます。いやあ、それにしても、お姉さん、きれいっすねえ」
「・・・・・・何だおまえいきなり?キモいぞ?」
「うっせーよ。いや、実はさ、おれ死んでから、見えるようになってわかったんだけどさ。兄ちゃんの守護霊、すっげえ美人なんだよね。石原さとみにそっくりで。それでお近づきになりたいと思って、今日ここに降りてきたってわけ」
「・・・・・・・・・」
・・・マジかこいつ?兄の守護霊をナンパしに来やがったのか。
「お姉さん、もし良ければ、おれといっしょに、三途の川沿いを散歩しに行きませんか?」
「ちょって待てよ!守護霊ナンパされて、連れていかれたら、おれはどうなるんだよ?」
「あ?知らねーよそんなの」
「おま、ふざけんなよてめえ!」
おれは弟を殴ってナンパを阻止しようとしたが、例によってスケスケなので、拳が当たらない。弟は、それを無視して、おれの守護霊を口説きつづけている。
やばい。守護霊を連れていかれたら、本当におれ、どうなってしまうんだ?
「え?」
突然、弟の表情がくもった。
「・・・・・・?」
「あ、お姉さん、そうだったんですか?・・・・・・はあ、じゃあ、その胸は・・・・・・手術?・・・・・・ああ、そうなんですね」
「・・・・・・どうしたんだよ」
弟は、なんともいえない微妙な表情になって、言った。
「兄ちゃんの守護霊、オカマなんだって」
「・・・・・・は?」
「そんなわけで、おれあの世に戻るわ。でもすげえなあ、最近のメイク技術って、本物の女性にしか見えないよ。・・・・・・・・あ、でもよく見たら、ヒゲの剃り残しがうっすらと」
そう言い残して、弟は成仏していった。
しばらくの間、ぼうぜんとしたあと、おれはその場にがっくしとひざをついた。
「おれの守護霊・・・・・・オカマかよ」
そのとき、耳たぶに、生暖かい息がかけられるのを感じた。
部屋の電灯がひとりでに消え、真っ暗になった。
数分後、おれの悲鳴が部屋に響きわたった。
「あ、そうそう、言い忘れてたんだけど、守護霊さん、今夜兄ちゃんの体を狙ってるみたいだから、気をつけてねって、・・・・・・・・・あちゃあ、遅かったか」