1-8 ドラゴンの襲撃
拠点として使っていた小屋に戻ってくると、起きてしまっている方の仔竜に付いた血をしっかりと洗い流して、再び眠り薬で眠らせた。
「その仔竜を、どうするつもりなんだ!」
「……売り飛ばす以外に使い道があったら逆に教えて欲しいな」
血のついた麻袋はもう使えないので、仕方がないから小屋の中で見つけた、大きな布の生地のようなものを使って仔竜を包んで運ぶことにした。
「そんなことをしたら、親竜が黙ってないだろう!」
「まー、そうだな」
「仔竜を攫って売るなんて、なんて奴らっ!」
「おい、ちょっと黙ってろ。それに、奴『ら』ってのは間違いだ、とだけ言っておくか」
それにしても、女どもは俺を刺激しないようにしているのか比較的静かだが、ヒーロー気取りのクソガキがとにかく五月蝿い。
さっさとこんな所からオサラバしたいが、しっかりと『後始末』はしないといけない。
俺は、用意しておいた藁を山状にして、その上に特に台など付いていない裸のままの蝋燭を半分ほど突き刺す。
そして、火打石で起こした火を一度木の棒の先端に移し、それを使って蝋燭に火を灯す。
外は既に夕日の残光すら残らないほどなので部屋の中も大分暗く、その一つの光がぼんやりと部屋の全体に広がっていた。
「何を、しているんだ?」
「ふん……貴様らの『命のタイムリミット』さ」
「ドラゴンだっ! ドラゴンが来てる! それも、たくさんだ! みんな逃げろぉ‼︎」
その時、外からの村人どもの緊迫した叫び声が響いて来た。
待ってたぞ、クソトカゲども。
ここまで最高のシナリオ、最高のタイミングだ。
俺は灯した蝋燭をそのままに、おいてあった麻袋と布袋を肩に担いで立ち上がる。
「お、おい! どう言うことなんだ⁉︎」
「お前たちは俺らの竜狩りの事実も、アジトの場所も知っちまったからな。残念だがここで確実に消えてもらう。たとえこの家から火が出ようとも、村人どもは迫り来るドラゴンに手一杯、後から確認してもドラゴンに焼かれたとしか思われないだろうな」
俺は突き刺さった蝋燭が、順調に短くなって燃えているのを確認すると、最後に小屋の扉の鍵が閉まっていることも確かめる。
万が一のためにも、扉の前には小屋の中にあったいくつかの木箱を積み重ねてある。
よし、俺もそろそろ行くか。
「この家から火……? あ、待て!」
俺はそれから振り返ることなく部屋の中に立て掛けた梯子に向かうと、それを登って上の方にある窓から外に飛び出した。
これで後始末は完了だ。
地面に降りた後、もう一度臭い消しの粉塵を自分と仔竜に振りかけておく。
それから小屋の陰に隠れて村の北のほうを見てみれば、既に襲撃は始まっているようで、赤く照らされた黒煙が立ち昇っている。
逃げ惑う村人どもに、遠くから響いてくる衝撃音と獣の咆哮。
「あばよ」
そんな光景を尻目に、俺は近くの森の中に駆け込んだ。
◇◆◇
「……さて、これからどうするかな」
俺はあの村から南にしばらく行ったところにある、小高い丘のような場所に辿り着いていた。
ここまで来れば、もう安心だろう。
返り血でも浴びていればまた話は変わってくるが、これだけ念入りに臭い消しもしてオトリも用意したんだ、馬鹿なドラゴンどもに俺の居場所が分かるはずがない。
北側が崖となっているここからなら、北に広がる森と村の全体を見渡すことが出来る。
そしてその村は、ドラゴンの襲撃による炎に包まれ始めていた。
すっかり西の空まで闇に包まれた星空の下で、赤く光輝くその村を眺めるのはなかなかに幻想的だった。
もちろん、自分が安全な場所にいるからそんなことを思えるんだが。
「とりあえず、アジトに戻るか……いや、戻るにしてもしばらく時間を空けたほうが良いかもな」
俺は道具袋の中から一本の酒を取り出すと、傍らに置いた二匹の仔ドラゴンの入った麻袋と布袋を眺めながら酒を煽る。
こいつらさえあれば、目を疑う大金が手に入る。
しかし、今回の俺の収穫はこいつらだけではない。
俺は再び道具袋を開けると、あのヒーロー気取りのクソガキから手に入れたドラゴンのツノと、竜血薬を取り出して掲げる。
こっちはこっちで馬鹿にならない値になるだろう。
竜血薬は、あの女はもう使用期限が迫っているというようなことを言っていたから、出来るだけ早めに使うか売るかしたいところだが、こっちのドラゴンのツノの方はしばらく売らずにとっておく方が良いかもしれない。
金に変えると、便利ではあるが危険でもある。
あまり大金を持ち歩きたくないというのが本音だ。
「……ん?」
と、俺はそのドラゴンのツノを眺めているうちに、どこかで見たことがあるような気がしてきた。
ツノ……ツノ。なんだったかな、何処かでこのツノに関連してそうなものを見た気がするが……。
俺は考えながら、残り半分ほどになった酒をさらに飲む。
……少し、酔っぱらっちまったかな。
俺は考えるのをそこで止めて、再び視線を村の方に戻す。
村の詳しい様子は分からないが、いつの間にかその上空に十匹程度のドラゴンが舞い上がっているのが見えた。
奴らはしばらくそこをグルグルと旋回した後、一斉に西に向かって飛んで行き始める。
「……ははは」
作戦通りだ。
「はははっ」
全て上手くいった。
「だはははっ!」
俺の真の作戦を知る者は一人としていない。
最後の共通行動者であるあの『盾』どもが死ぬおかげで、もしアジトに戻ろうともいくらでも言い訳が出来る。
「いやー愉快、愉快! やっぱり竜狩りはやめらんねぇなあ!」
まさに一攫千金。
俺はまんまと他者を利用し、陥れ、自分だけが巨大な利益を得たのだ。
こんなに愉快なことなど他にあるだろうか。
俺はその場にごろんと寝転がって、顔がにやけるのを隠すことなく夜空を見上げた。
込み上げるこの幸せと優越感に、いつまでもダラダラと浸かっていたかった。
あぁ、別にもう村を監視する必要もないな。
村が燃え尽きるくらいまで、しばらく寝るとしよう。
良い夢が見られそうだ。
そうして俺は、村からとある一つの影が、この丘にまっすぐに歩いて向かい始めたことには、全く気が付かなかった。