1-6 小さな薬術師
ドンドンッ、ドンッ!
「おい、誰かいるんだろう? ここを開けろ! おい!」
二つの麻袋を片手で支えて肩に掛けたたまま、もう片方の手で目の前の木の扉を力任せに叩いて叫ぶ。
俺がやってきたのは、ここに来た時に見つけていた見るからに怪しい家だ。
基本的な造りは木造で、他のものとあまり変わりはないのだが、窓が異様に少なく中を覗けば謎の薬品の瓶が並んでいる。
また、煙突からは真っ白な煙が出ていることから、中には誰かが居るのも確かなはずだ。
ドンドンと、さらに扉を叩く。
開けなくても強引に壊して入るだけだが、出来れば開けてほしいところ。
俺は一度扉を叩くのをやめて、そっと自分の腹を押さえる。
痛てて……、あのオスドラゴンの尻尾のダメージが、今になって出てきたからな。もしかしたら、肋骨を少しやられてしまったのかもしれない。
「クソ……、おーい! 居るんだろう? さっさと開けねーとぶち壊して入っちまうぞ」
「全く騒がしい奴だ。一体何だっていうのさ」
俺が再び扉を叩こうとしたところで、軋むような音を立てて扉がゆっくりと開いた。
家の中に居たのは、身長が俺の半分程度しか無いガキだった。
全身黒のローブのようなものを着ていて、フードから垂れる三つ編みにした茶色の長い髪の毛だけが浮いて見える。
分かりにくいが、声質的にこいつは女か。
「ガキはすっこんでろ。この家で一番の責任者を──」
「誰がガキだ。オレはあんたよりもずっと年上なんだぞ? いきなり押しかけておいてそのデカい態度は一体なんなんだ」
目の前のガキは俺の言葉を遮って、呆れたようにため息を吐きながらそう言う。
少し腹が立つが、ガキ相手に本気になるほど俺も落ちぶれちゃいない。
俺は少し空いた扉を強引に開いて、入り口の壁にドカッと腕を打ち付けるように寄りかかった。
「そう言うのは良いから、さっさと大人を呼んできてくれねーかな。と言うか、若い女を全員集めろと言ったのに何故お前はここに居るんだ」
「だから、オレしかこの家に住んでないし、そもそも子供じゃないって言ってるだろ、阿保かお前は。ドラゴンの方が頭が良いんじゃないか? それに、何故集めないって、逆にこんな幼女体型のオレを相手にするつもりなのか? そーゆー趣味も持ってるんだな」
……。
目の前のガキは、全く動揺する様子も見せずに腕を組んで俺を見上げてくる。
こいつ、なんかガキっぽくねぇな。
なんと言うか、言葉遣いも仕草も、俺に全く怖気付かない様子も、どこか大人びたような雰囲気が無いこともない。
俺は、部屋の中を見回してみた。
本棚には怪しい図鑑や魔術書と言った分厚い本が天井近くにまで積まれていて、棚には何に使うのか分からない液体の入った瓶が大量に置かれている。
俺の予想していた通り、薬を作る奴の家のようだ。
そしてまさかとは思うが、本当にこいつがこれらを作っているとでも言うのだろうか。
「本当に、お前がこの家の持ち主なんだな?」
「そうだ。さっきから言ってるだろう」
俺はそっと麻袋を扉の脇の地面に下ろすと、腰の剣を引き抜く。
それを見ても全く驚く様子の無いガキの首元に、抜いた剣を突きつけた。
「じゃあ聞こう。ここにある体力回復効果のある薬を出せ。あいにく俺にはあんまり時間が無いんでな」
「……さすがは盗賊と言ったところか。手が出るのが早いのなんのって」
俺が腕を少し動かせば命を取られる状況だと言うのに、目の前のガキは依然として哀れなものを見るような目で俺を見てくる。
そろそろ面倒になってきたので、グッと剣先をそいつの首元に押し付けて、さらに圧迫する。「
「時間が無いって言ってるだろう? 分かったのならさっさと用意してくれないか?」
「オレを殺したら、目的のものは手に入らないぞ?」
……チッ。
ああもう、面倒くせぇガキだよ本当に!
もういっそのことこいつなんぞ殺して、中を漁っていれば何と無くどれがどれだか分かるんじゃないのか?
だが、しかしそれはあまりに危険すぎるか。
少しでも薬術でも勉強しておけば大分変わったと思うんだが……。
そうして俺がしばらく何も言わずに考え込んでいると、ガキはどこかわざとらしく諦めたような表情をして口を開く。
「そうだ……あぁ、えっと、どうせ何も渡さなかったらオレを殺すつもりなんだろう? オレだってあいにくまだ死にたくないし、お前にはさっさと何処かに行ってもらいたいところだ。少し待ってろ」
いきなり話し始めたかと思いきや、ふと部屋の奥に向かって棚から小瓶を取り出してきた。
最初の方に、何やらぶつぶつと言っていたし、何だか様子がさっきとは違うように見えるのは気のせいだろうか。
「ほれ、こいつをくれてやる」
「……なんだこれは?」
一度抜いていた剣を腰に仕舞うと、ガキの差し出す小瓶を奪い取るように受け取る。
ガキから受け取ったその小瓶の中には、赤黒くてどろりとした液体が半分ほど入っている。
そのラベルの部分には、手書きで『竜血薬』と書かれてある。
「それは、ドラゴンの血を使って作った回復薬だ。どんな生き物でも、ほんの少し飲むだけでたちどころに体力、気力が回復して、傷や病気も治してしまう。さらに、一定時間その効果は持続する」
「ドラゴンの血か……一体どうしてそんなものがこの村にある? それに、普通そんなもの渡したりしないだろう?」
「前にドラゴンの怪我を治してやったことがある。その時に、竜の血を得たんだ。本当なら不老不死のための薬を作ろうと思ったんだが、古代書の通りに作っても効果は少ししか持続できなかった。で、こんな村でそれを使う機会なんて無くて、そろそろ使い物にならなくなりそうになってたところだ」
俺は手の中の小瓶を見つめる。
たちどころに傷が治る、まさに究極の回復薬だな。
……まあ、こいつの話が本当ならの話なんだが。
小瓶、ラベルときたら、さっきの俺がそうだったように、何処か怪しく思えてしまう。
と言うか、それを抜きに考えても、なんか明らかにヤバそうじゃないか?
ここはひとつ、確かめた方が良さそうだな。
俺は一つ頷くと、いかにも話を理解したかのような表情をして、言った。
「分かった。じゃあ、まずはお前が飲んでみろ」