1-5 オトリ
「よく訊いておけ。お前たちには、四、三、三の三チームに分かれて逃げてもらう」
荷物を纏めた後、奇跡的に生きて帰って来た七人を合わせた計十一人で、これからのそれぞれの行動を話し合っていく。
とはいっても、俺が一方的に作戦を話しているだけなんだが。
「四人のチームに仔竜二匹、三人のチームに仔竜一匹を持たせる。三チーム共に固まらないように逃げつつ西を目指せ。集合箇所はアジトだ」
俺は仔竜を入れた六つの麻袋を指差した後、目の前に広げた簡易的な地図の上の三つの石を西側に動かしながら言う。
これだけ説明しても、本番になったらどこかから破綻しそうではあるが、説明しないよりはマシだろう。
「仔竜どもは今は眠り薬で眠らせているが、全てほぼ無傷の生け捕りだ。いくらの金が手に入るのか俺でも想像できない。……だが、知ってると思うが、仔竜を安全に闇市に売れる奴は俺の他に、アジトにいる何人かだけだ。必ず、全員がアジトに向かうように徹底してほしい。つまりは、仲間と山分けしたくないがために仔竜を持ち逃げしたとしても、山分け以下の端金しか得られないと言うことだ」
俺はここにいる十人の顔を見回しながら、念を押すようにゆっくりと、語気を強めてそう言う。
どれくらいが理解しているのかは分からないが、どの道こいつらの運命は同じことなので気にしない。
「あの、兄貴はどうするんですかい? それに、残りの二匹の仔竜も……」
「まさか、残り二匹を兄貴が独り占め……?」
一人が質問すると、もう一人がなんとも真実を貫く発言をして、周りも少しざわめく。
ったく、その勘の良さをもう少し他の部分に活かせないものなのか。
まあいいか。生意気なことには変わりないのだが、その質問は話の流れ的に俺にとって都合がいいので良しとしよう。
「アホなのか。お前ら自分の身体を見てみろよ」
俺の言葉に、各々が自分の体を見下ろす。
そこには、自身の血か仲間の血か、はたまたドラゴンの返り血なのか分からない血痕がべっとりとついている。
「ドラゴンどもは鼻が効く。そんなに血をつけてたら、その装備を放棄したとしても身体に匂いが染み付いていて、どこまで逃げても追われる可能性がある。実際、今こうしている間にも奴らは追ってきているはずだ。だから、お前らは先に逃げて、俺は奴らのオトリになる」
「あ、兄貴がすか?」
「あまりにも危険ですぜぃ!」
「ここは俺が残ります!」
オトリ、という言葉を聞いて、一瞬静かになっていた周囲がさらにざわめく。
非常に威勢の良いことで感心するが、残念ながら既にお前らがオトリという現実。
誰がお前らなんかのためにオトリになるかよ。
「良いか? オトリといっても、ただここに突っ立っていれば良いわけじゃない。お前らが逃げる西から離すために、風上の南に逃げる。そうやって、出来るだけ時間を稼ぐんだ。この役割が失敗すれば、全滅は免れない。だから、ここは俺がやる」
しばらくざわめきは続いたが、次に俺が取り出した二つの小瓶を見ると皆が一斉に静かになった。
さて、今回の目玉だ。
「今回の作戦、さっきのプランだと少し成功率に不安が残る。全滅か生存かを掛ける場面だ、成功率は少しでも上げておきたい。だから、出し惜しみもしていられないんだ」
俺は赤のラベルがしてある瓶を一人に手渡して、皆に見せさせる。
そして残った青のラベルの瓶は俺が掲げる。
「今渡した赤のラベルの方が臭い消しの粉塵、俺が持っているのは臭散粉。臭い消しの粉塵ってのはその名の通り、身体の匂いをある程度消してくれるもので、こっちの臭散粉は逆に匂いを辺りに散らせて気付かせやすくするものだ」
「あれ、でも兄貴、こっちの赤のラベルの方には、臭散粉って書いてあるんすけど……」
赤ラベルの小瓶を持っている仲間が、その表示を見て声を上げる。
「実はな、臭散粉はそうでもないんだが、その臭い消しの粉塵はそのひと瓶で家が一軒建つほど高価なものなんだ。それで、過去に盗まれたことがあってな。そうやって中身を入れ替えておくと、安心だろう? この二つは、ほとんど見分けがつかないからな」
「なるほどぉ」
「確かに、見た目じゃあ違いが分かりませんねぇ」
……。
まあ、もちろん嘘だけどな。
入れ替えなんて、全くの大嘘。
小瓶を受け取っていた男はその価値を勘違いして焦り、その高価さに驚きの声を上げる一同。
臭い消しの粉塵が、バカみたいに高価で貴重なのは事実だ。
しかし、奴が持っているのは臭い消しの粉塵ではなく臭散粉。
こいつらは、匂いを消して逃げていると確信するだろうが、実際のところはその逆なのだ。
なんて都合の良い盾なんだろう。
使い捨てというところが玉に瑕ではあるのだが。
入っているのが臭い消しの粉塵だと疑わない目の前の十人の様子が、滑稽で仕方がない。
思わずにやけてしまいそうになるのをすんでのところで堪えつつ、時間も差し迫っているので手早くそれの使い方について説明していく。
「それを、ひと瓶全部使って十人の匂いを薄くするんだ。ただ、水に弱いから注意しろ。絶対に水を浴びるんじゃない。あと、効果は一日と書いてあるが、持って半日と思っていていいだろう。だから、出来るだけ早くここを離れるんだ。……っと、時間がないからかなり手短に済ませたが。ここまでの話で、何か確認したいことはあるか?」
俺が最後に訊き直せば、各々が大丈夫だと返してくる。
不安なので、その後にもう一度水に濡れないように言っておく。
まあ、水に濡れて奴らの臭散粉の効果が切れたりでもしたら、俺が危ないからな。ちゃんと丁寧に念を押しておかなければならない。
とは言っても、俺は返り血も浴びてないし、臭い消しの粉塵を使っておけば大丈夫だとは思うが……万全を期しておくに越したことはない。
くれぐれも、こいつらには気をつけて欲しいところだ。
「さて、問題も無いようだから、これから早速作戦開始だ。お前らはその臭さ……臭い消しの粉塵を使った後、すぐに村を出るんだ。俺はドラゴンどもを出来るだけ引き付けるためにここにもうしばらく残る。もしかしたら、まだ生き残っている仲間が村に戻って来るかもしれないしな」
さてと、そろそろドラゴンどもが追ってくるだろう時間だ。
『ダミー』はこれで用意完了だな。
「さあ、全員で生きて帰るぞ! 健闘を祈る!」
「「「おぉっ!」」」
俺は最後にそれっぽい台詞を言い放って、適当に士気とテンションを上げておく。
そうして、愚か者どもがその手に持つ小瓶を開けて粉を使い始めたところで、俺は自分で獲った仔竜を入れた麻袋二つを担ぐと、さっさとその場を後にする。
もし俺に臭散粉が掛かったりしたら面倒だからな。
そうして俺は、十人が家から飛び出していくのを遠くから見送ってから、自分と仔竜に臭い消しの粉塵を使う。
ふと夕日の残光も消え入りつつある空を見上げても、未だドラゴンどもが追ってくる気配は無い。
意外と遅いな、と思っていたが、もしかしたらここに戻って来られずに生き残っていた『オトリ』がまだ居たのかもしれない。
そうだとしたら、まずはそっちの始末を優先するだろうから、少し追ってくるのが遅いのも頷ける。
そんなことを考えながら俺は、村のある場所目掛けて歩いていく。
当初から気になっていた場所だ。
別にここでドラゴンどもが来るまで待って、『後始末』を済ませてさっさと俺も逃げても良いんだが、せっかく時間に余裕があるんだ。
あいつらのように、たっぷりと返り血を浴びていればまた話は別だが、確かめに行っても別に大丈夫だろう。
多少のリスクはあるものの、あそこには何か珍しいお宝がありそうだ、と俺の勘が騒いでいる。
こう言う時の俺の勘は、よく当たるんだよ。